坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

夜の墓場には、もったいないオバケが出る

2006年09月08日 | 坊主の家計簿
 9月8日

 雑費   缶コーヒー         120円
      たばこ           300円
 外食   らーめん野菜餃子メシ    619円
 食類   発泡酒           175円

 合計               1214円
 9月累計            21378円

 大阪、暑つ。。。
 なので、夕方のお参りが終わってから山の方へブラブラと涼みに行く。虫の声と緑の匂いが気持ちよかった。
 のはエエねんけど、帰り道に幸楽苑に寄ってシソ入りの餃子セットでラーメン喰ったら腹一杯やし、部屋に帰ったら22時30分過ぎてるしやな、んが、どうしても今日中にやっておかんとあかん事務(?)仕事みたいなもんをやったら0時30分か。。。

 一応目的にしておいて山の中の村に着く。あくまでも『一応の目的』にしか過ぎないのだが、好きな村。墓場があったので原チャリを止める。聞こえるのは虫の声だけ。
 今日は満月なのか、月がまん丸だった。でも曇って月は隠れたまんま。雲を通した月明かりで墓石が浮かび上がる。
 私が知らない人達の墓。でも、それは『私が知らない』だけの話。大阪郊外の山の中で産まれ育ち亡くなられて行かれた方々の古くからの墓。きっと誰かにとっては大切な墓。『私が知らない』だけの話。

 自分の価値観を誰か他人に預けていないだろうか?
 他人と比較する。「あいつよりはマシ」で満足する。価値観を得られ安心する。
 それは『自分』ではない。『他人』の人生観。
 そんなもんに振り回される事はカッコ悪いし、みっともないし、もったいない。

 【人見るもよし 見ざるもよし されどわれは咲くなり】(武者小路実篤)

 墓石の静寂さに比べると、私の心は揺れ動く。怒り、喜び、迷う。
 静寂ではない。墓石ではないから、生きているから揺れ動く。

 【有漏路より無漏路に帰る一休 雨降らば降れ風吹かば吹け】(一休禅師)

 揺れ動き、他人と、あるいは自分の中の幻想の『自分』と比較して一喜一憂する。
 カッコ悪く、みっともない。
 そういう自分『達』を捨てない、見放さない。捨て、見放すと、もったいない。

 オバケ「もったいない生き方をしとらんか~~、わ~れ~~。」
 わたし「してません」
 オバケ「それが『もったいない』んや~~。嘘つかんでもエエねんで~~、わ~れ~~。」

 信仰って、「救われたい」と云うのがないと成り立たない。


 救いを真に求めるならば、テーリーガーター『十六の詩句の集成』中に出て来るバラモンの様に、『水汲み』という差別階級の、今など比べようもないくらいに差別されていた

 【インドには驚くべきことがある。そこには女性の哲学者たちがいて、男性の哲学者たちに伍して、難解なことを堂々と論議している!】(岩波『尼僧の告白』あとがきより)

 女性の言葉を聞く事が出来る。
 っちゅうか、この詩句はすごいなぁ。。。
 あ、感想を書き始めると長くなりそうになったので削除して寝る。

 でも、『戒』がない真宗教団には当然男女の区別など立ち入る余地はない。
 ついでに書くと、あるとするならば、小乗(厳密には違うが)と蔑む原始教典から学べばエエのではないのか?

 で、やな。皇室典範改正なんだが、あれは仏教徒としてはやはり
 1 男系男子
 2 男系女子
 3 女系男子
 4 女系女子
 のうちの1『男系男子』しか天皇になれない事を、『日本国民である仏教徒』として問題にすべきではないのか?
 大峰山という僻地の話ではなく、象徴である天皇家の話だ。