[4月23日]
今年最初の峠越えハイキングに東海道53次の内「関宿」「坂下宿」(鈴鹿峠)「土山宿」のウオークと三角点巡りの≒19kmを歩いてきました、因みに「関宿」から「鈴鹿峠」までは文化庁の「歴史の道100選」に選ばれている由緒ある峠道です。
君津BT(10::05)出発し東京から東海道新幹線「ひかり」で名古屋へここから関西本線で関宿(16:18)着、早速駅の近くに有る三角点を探したところ四等三角点「水落」(85.2m)は駅の西300m程のお茶畑の草叢の中にありました、次に駅から北へ700m程の中学校々庭の中に有る電子基準点「関」(105.9m)も直ぐ見つけました。
幸先良く二つの基準点を簡単に見付けられたので気分を良くして関宿通りを歴史を偲びながらのんびり散策していたら店の中からおじさんが出てきて街道の歴史などを長々説明し始めて先に進めず困りましたが良い勉強になりました。
≒700m程の関宿通リをのんびり歩いた後急坂を登って高台(140m)の国民宿舎「関ロッジ」(17:30)にチェックインしました、トータルタイム1時間、コースタイム40分、≒3km、≒5.500歩でした。
夕食時隣にいた3人組(男1人女2人)の人達は数年かけて東海道を日本橋から三条大橋迄歩いている人たちで明日は私たちと同じ関宿から土山宿迄歩くと言うので話が弾みました。
[4月24日]
宿を(7:45)出て観音山(224m)を左に巻く静かな道を抜けると沢山の車が走リ抜けるR1の東海道に出ました、北に500m程進みR1東海道を左に分け鈴鹿川を右岸に渡ると静かな市瀬集落に入りました、集落を抜け再びR1東海道に出て更に北に進むと道路脇の土手に蕨が沢山出ていたので暫く蕨採りに夢中になりました。
暫くR1東海道を歩いた後R1から別れ鈴鹿川を左岸に渡って静かな旧東海道に入リ沓掛集落を通リ抜けると坂下宿に入りました、三つのピークが並ぶ「三つ子山」(昔は鈴鹿山)の直下にある坂下宿は江戸時代峠越えを控え或るいは越えて来た大名行列一行の宿場として大変賑わったらしく本陣跡3ヵ所脇本陣跡1ヵ所もありました。
坂下宿を過ぎると右に岩屋観音を見ていよいよ峠直下の険しい石畳の急坂を登りました、片山神社前を右折しジグザグに登って行くと国道の下を潜リ更にきつい胸突き八丁を登り切って鈴鹿峠(380M)(10:50)に着きました、峠の先は傾斜の緩やかなお茶畑が続いておりその端れの「峠の茶屋」跡には大きな常夜灯と休憩所があり小休止しました。
峠から標高差20数メートル下ると再びR1東海道に下り立ち北に進むと又歩道の脇に蕨が出ていたのでそれを採リ乍ら進みました、暫くすると高架橋の「新名神高速道」が東西に延びた下に「鈴鹿馬子唄記念公園」がありその休憩所で昼食休憩(11:50)(12:10)をとって宿で作ってもらった「むすび」を食べました。
昼食後国道の歩道を歩いていると前方からザックを背負い菅笠を被った中年男性が歩いてきました、その人は「三条大橋から日本橋へ25日かけて完歩する」のだそうです、お互い情報交換し健闘を祈って別れました。
≒3km程国道を歩いて漸く終点土山宿の「道の駅」にゴールしました、早速四等三角点を探しましたがどうしても見つかリません、諦めて中学校の校庭に有る電子基準点「土山A」を探しに行き直ぐ見つけました、暫く休んでからバス(13:50)で水口町に有る今晩の宿「グリーンヒルサントピア」に向かい(14:40)チェックインしました。
トータルタイム5時間15分、コースタイム4時間30分、≒16km、≒26.000歩でした、二日合計トータルタイム6時間15分、コースタイム5時間10分、≒19km、≒31.500歩でした。
天気は快晴でハイキング日和のうえ同じ趣味の街道歩きの仲間とおしゃべりできたリ蕨(500g)も採ったりと楽しいハイキングでしたが只一つ四等三角点「田村神社」を見つけられなかったことは残念です。
HP URL outdoor (hacca
Ⅳ△「水落し」(85.2m) 関宿通リをのんびり散策 峠を目指し旧街道を登る
昔の鈴鹿峠(380m) て 胸突き八丁の石畳坂を登る 峠の「万人講大石大灯籠」
歩いた軌跡(1/2,5000)の縮小図