ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

宇宙よりも遠い場所・論 45 宇宙よりも遠い場所 03

2019-01-13 | 宇宙よりも遠い場所
このオゾンホールですが、じつはここで観測していた隊員が発見し、世界で最初に報告したんですよ。その観測には、こうした、高層気象観測用の気球が使われ、毎日2回、世界で同時に放球されます


 例によって、南極での暮らしや研究・観測のもようを織り込みながら、キャラたちの心情や、置かれた情況をビジュアル化する詩的な暗喩。ここでの発見が世界初のものになりえたのなら、藤堂たちが計画している天文台にだって同じことができるかも知れない。そうやって今回のプランに一定のリアリティーを持たせつつ、ほんとうに描きたいのは、この映像が人のこころに喚起するもの。


 さながら「魂」のように宇宙(そら)を目指して駆け上っていく気球。それを見上げるキマリたちもこんな目になる。


 結月「報瀬さん、来ませんでしたね」
 日向「ひとりで考えたいんだろう。隊長から話きいてから、ずっと口数少なかったし」


 報瀬もまた、すこし離れた場所で見上げている。そこに、中学時代の情景が重なる。

訪問した担当者が「ここです。このポイントで、通信が途絶えました」と祖母に説明している。それを背中で聞きながら……


母に向けてメールを打つ……いや、打とうとして、この時はまだ言葉が紡げない



 「おー、峠の茶屋復活したんだね、ビールある?」という敏夫の声が、報瀬を現実に引き戻す。いつの間にか側まで来ていたキマリが「冷えてますよー」と缶ビールを差し出す(冷えてますよ、は南極ジョークとでもいうべきか)。「気が利くね。サンキュー」
 そのあと……。



 「今日はあったかだよね」「さっき気球飛ばしたんだよ」「今日のおやつはアンパンだって」と、どうにかして話の糸口を見つけようとするキマリだが、ことごとく空回り。



 あげくに……。

どーじよう


 報瀬の「それはこっちの台詞……」という声が入って、シーンチェンジ。



 食堂。ここで涙腺を刺激する玉ねぎを剥いているのがまた巧い演出なのだが、ジャージの袖で目をこするキマリに対し、報瀬はまったく泣いていない。
 いったいに、最初に女子トイレで「しゃくまんえん」を返してもらったとき以来、報瀬はけっこう泣いてるようだし、昂れば、目じりに溜まった涙を溢れさせたりもするけれど、結月が10話で、日向が11話で見せたような、「心の底からの涙」を見せたことは一度もない。

 日向「キマリがノープランすぎるからややこしくなるんだ」
 結月「どうして話してくるなんて言ったんです?」
 キマリ「だって……」


 ごめん。べつに落ち込んでいるとか、悩んでいるとかじゃないの。むしろふつうっていうか。ふつうすぎるっていうか。



 日向「ふつう?」


 私ね、南極きたら泣くんじゃないかってずっと思ってた。これがお母さんが見た景色なんだ、この景色にお母さんは感動して、こんなすてきなところだからお母さん来たいって思ったんだ。そんなふうになるって。


中学時代。自宅の縁側。見ているのはもちろん貴子の『宇宙よりも遠い場所』



 でも、じっさいはそんなことぜんぜんなくて、なに見ても写真といっしょだ、くらいで。

これは現在。基地の自室にて


 日向「たしかに、到着したとき最初に言ったのは、ざまあみろ、だったもんな」

 え? そうだっけ。

 結月「忘れてるんですか?」

 うん……。


 キマリ「でも、報瀬ちゃんはお母さんが待ってるから来たんだよね。お母さんがここに来たから来ようって思ったんだよね」

 うん……。
 
 キマリ「それで何度もかなえさんたちにお願いして、バイトして、どうしても行きたいってがんばって」

 わかってる。

 キマリ「お母さんが待ってるって、報瀬ちゃん言ってたよ!」

 3人の中でも、報瀬にここまで言える「資格」があるのはキマリだけだ。あとの2人もそれはわかっているけれど、さすがにどこかで口をはさまざるをえない。

 日向「キマリ」
 結月「そんなふうに言ったら、報瀬さん可哀想ですよ」
 キマリ「う……」

 わかってる。なんのためにここまで来たんだって。
 でも……

 キマリ「でも?」

 (声がふるえる)でも、そこに着いたらもう先はない。終わりなの。


 もし行って、なにも変わらなかったら、私はきっと、一生いまの気持ちのままなんだって。



あ……



宇宙よりも遠い場所・論 44 宇宙よりも遠い場所 02

2019-01-13 | 宇宙よりも遠い場所
 結月が「友達」のなんたるかを実感できぬまま結構みんなとわちゃわちゃやってたように、日向がつらい過去を引きずったまま相当みんなとわちゃわちゃやってたように、報瀬もまた、随分みんなとわちゃわちゃやっていたけれど、じっさいには、ずっと「醒めない夢」のなかにいた。
 そういうことって確かにある。
 心の傷……ともまた違うかな、南極が舞台ってことでちょっと気取った言い方をすれば、心の底の「凍土」みたいなものはじつは誰もが抱えてて、それはひどく冷たくて暗いものなんだけど、そういうものを抱えたままでも、それなりに日常は営めるもんだし、現に営めてしまう。
 考えてみると、それは怖いことなのかもしれない。心の底の「凍土」は外から見えなくて、往々にして、自分ですら気がついてないこともある。そのせいで、本来あるべき「生」の姿が歪つになってたり、稀薄になってたりしても、わからない。
 我と我が身を振り返っても、現実には、むしろそれがふつうなのかなあ……とすら思う。
 とはいえ、報瀬のばあい、やはり背負った課題の重さが他の比ではない。生死定かならぬ母の面影に囚われつづけるのは、高校生には、辛すぎる。
 だから、是が非でも、南極に来なければならなかった。南極でなければならなかった。
 この12話の中盤あたりでキマリはいう。「南極は大好き。でもね、一人だったら好きだったかわからなかったかも。みんなと一緒だから。みんなと一緒だったら、北極でも同じだったかも」
 あのキマリにして、そうなのだ。日向と結月だってそうだろう。もちろん南極は好き。でもそれは、みんなと一緒だから。
 しかし報瀬は違う。報瀬だけは、南極でなくてはならなかった。どうしても、この地でなければ、報瀬の課題ははたせない。


 この12話はとくべつだ。OPはない。EDもない。「提供クレジット画面」のお遊びもない。サブタイトルのバック画像も至って真面目。
 なんというか、番組そのものが「居住まいを正している」感がある。
 「それぞれに輝きの異なる13粒の宝石」とも評され、ファンごとにご贔屓の回がある「よりもい」だけど、テーマの上からも、作品の構成の上からも、この第12話が全編の核心であることは疑いえない。なにしろサブタイトルがメインタイトルと同一なのである。
 前にも書いたが、「宇宙よりも遠い場所」とは南極そのもののことだ。2007年に昭和基地に招待された元宇宙飛行士の毛利衛氏が、「宇宙には数分で辿り着けるが、昭和基地には何日もかかる。宇宙よりも遠いですね」と話したことに由来する。
 だからこれは、ふつうに読めば「宇宙(うちゅう)よりも遠い場所」だ。
 しかしその、うちゅうよりも遠い場所の深奥に、報瀬が真に赴かねばならない場所がある。
 それこそが、宇宙(そら)よりも遠い場所だ。
 そこは、3年前に貴子が消息を絶った、「けして安全ではない」場所。藤堂隊長は前回の第11話まるまる掛けて悩みぬき、大晦日の夜、中継直前の4人の「連係プレー」をみて覚悟を決めた。
 報瀬たち4人を、高校生4人をそこへ連れていく覚悟である。
 それは相当に重い決断なんだけど、それを藤堂とかなえが4人に向かって伝える絵柄は、いかにも「よりもい」らしく洒脱なものだ。
 並の作品なら、隊長室の奥に壁を背にして藤堂が座り、その傍らにかなえが控えて、4人を呼びつけ、横一列に並べたうえで、緊張した面持ちで申し渡す、といったところだろう。
 よりもい流はこうである。


 理容室にて、副隊長が隊長の髪をカットしながら。キマリたちは周りにばらばらと居並んでいる。これは、雪上車で行くと聞いて「キター!」とキマリと日向が盛り上がっている図。
 藤堂は「そんな楽しいものじゃない」といつもの厳しい口調でいうが、かなえのほうは、「遅いわよー。クレバスや危険な場所を避けながらだから、こっち行ったり、少し向き変えたり」と身ぶりを交えて喋るので、藤堂の髪をジョキンとやってしまう始末。このひとは常に人前では明るくふるまう。なかなかできることではない。
 藤堂が「かなえ……」と青筋を立ててみせたあと、「ま、貴子に切られるよりはましだけど」といって、カメラは報瀬に移る。表情は暗い。というか虚ろだ。
 その顔にかぶせて、フレーム外から「どうする?」と藤堂の声が入る。


「え?」と報瀬。全員が報瀬をみる。藤堂だけが鏡のなかから報瀬をみるこの構図がまた絶妙だ。ミシェル・フーコーに多大なインスピレーションを与え、大著『言葉と物』の着想の源ともなったベラスケスの名画「ラス・メニーナス(女官たち)」を髣髴とさせる。



(画像は一部を切り取ったもの)


 「ラス・メニーナス」のほうは部屋を訪れた国王夫妻が奥の鏡に小さく映り込み、「よりもい」のほうはメインの藤堂が中央の鏡から報瀬の側を見返している。だから根本的に違うんだけど、構図としてはやはり似ている。いしづか監督が意識してなかったはずはない。
 とにかくすべてのカットが緻密に計算されている。だから本来、要約などは烏滸がましいのだが、アニメというのは名作であっても右から左へと消費されてしまいがちだから、こういうかたちで留めておきたいと思ってやっている次第だ。



 報瀬「いいんですか?」
 かなえ「(にっこりして)いいから誘ってるんだけど?」
 報瀬「少し……考えさせてもらってもいいですか」
 藤堂「わかった」
 報瀬はそのまま部屋から立ち去る。気づかわしげに見送るキマリたち。藤堂はわずかに動揺しつつ、それを隠すように髪をまとめる。
 かなえ「行く、って、とびつくかと思ったんだけど」
 さすがのこの人も、このせりふでは少し顔を曇らせている。