ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

宇宙よりも遠い場所・論 38 訣別すべき過去もある。04

2019-01-08 | 宇宙よりも遠い場所
 報瀬と日向とのかかわりで忘れてならないのは、やはり6話のシンガポールでの一件だろう。しゃくまんえんを投げ打ってでも4人で行く、私ゃオマエと南極行きたいんだよ、というその心意気に日向も涙した。
 その前の晩、ベッドを挟んで2人は対話を交わしている。
「……私、こういうのダメでね。それがふつうだっていうのはわかるんだけど、誰かに気ぃ使われるとさ、居心地わるくなるっていうか、本心がわからなくなるっていうか……だから、高校もムリ~ってなって、なるべく一人でいようと思って。結局、私が誰かと一緒にいると、こういう感じになっちゃうんだよな。だから気にしなくていい。ぜんぶ、私の問題だから……」
 あれは日向が、初めて「陰」の部分を垣間見せた瞬間だった。それを見たのは報瀬と、あとは視聴者だけだ。キマリと結月は与り知らぬことである。
(厳密には2話で、「私さあ、集団の中でぐちゃぐちゃ~みたいなの苦手でさあ、だから高校ムリだったんだけど」と言ってはいたが、軽い口調だったし、出会ってすぐだったこともあり、キマリは深くは受け止めなかった。)
 いずれにしても、ここまで、それ以上のことは語られていない。だが、いつもあんなに元気で明るく、コミュニケーション能力も高い日向が、じつは過去に対人関係で躓いたらしいということは、報瀬には(ついでに視聴者にも)わかっている。そこに自分と相通じるものを見て取ってもいる。
 このたびの日向の異変にたいする報瀬の鋭い感受力が、そこから来てるのは間違いない。ひとの心に巣くう闇、集団のもつ悪意の陰湿さを知悉する者同士の共鳴だ。


 シーンが変わり、夜。昭和基地の周りはまた荒天。「屋外にいる隊員は、ただちに基地主要部、または非常食のある建物に避難してください」と、敏夫の声でアナウンスがひびく。南極の地ほんらいの苛酷さ怖さは、このような形でちょくちょく挿入される。
 とはいえ基地内は長閑なもの。しばらくはギャグパートである。まず、いきなり歌舞伎の隈取をしているキマリのアップ。キマリ、日向、結月の3人が入浴しており、キマリは「タヌキマリ」を解消すべくパックしてるのだが、それがなぜか隈取メイクになってるのだ(すぐに剥がすが)。
 ぼくははじめ、スタッフによるお遊びなのだと思い込んでいたが、コメント欄でのご教示で、「歌舞伎フェイスパック」なる商品が実際に販売されているのを知った。とはいえこれが、3話の「二人羽織」と並ぶ楽しい趣向であるのは確かだろう。
 3話の二人羽織とは、結月の母親に対し、「ルックスはいいが喋りがポンコツな報瀬」と、「喋りはうまいがルックスに難のある日向」とが自分たちを売りこむためにやったもので、どこでどう用意したのか、瞬時にしてこの状態となったのである。

03話より。ちなみに、これをみた結月の母は「失礼します」とソッコーで帰った




 湯船の中から日向が「報瀬は?」と訊く。「誘われて麻雀やってる」とキマリ。「面白そうだから私うしろで見てたんだけどー」といって、画面がその場面になる。面子は藤堂、かなえ、保奈美に報瀬。報瀬のうしろに張りついたキマリが「ねえ、ニンベンに五って書いてなんて読むの?(伍萬のことである)」「あ、予備の白いの混じってるよ(白牌のことである)」「わー、そのトリ可愛い(一索のことである)」などと、手牌を(結果的に)バラしまくるので、報瀬が「ふんぬっ」と怒る。

報瀬の後頭部に、「腹立ち」を表すマンガ的記号が出ている。となりの茶色いのはもちろんキマリの頭



 画面が戻り、「出てけーっ(って言われた)」と、キマリ。時間が少し進んでいて、3人はもう脱衣場でトレーナーを着ている。「ひどいですねー」と結月。「あいつ心せまいからなー」と日向。みな麻雀を知らぬらしい。日向はスマホの画面を見ている。さっきモニターの向こうにいた3人の名が表示されている。「削除」ボタンを押そうとして、押せない。


日向、どうしても削除できない

05話より。結月、すっぱり削除


 このくだりは、5話にて、出立の準備を整えた結月が「ユリ」と「あいな」の名前をあっさりと削除するシーンと対になっている。まだ「友達」の何たるかを知る前だったから、結月は今よりもクールだったわけだが、それにしてもさっぱりしたものだ。一方、ここにきてまだ引きずってる日向は、逆に、過去に囚われすぎている。そして今回、その「過去」が向こうから押しかけてきたのである。
 画面はまた麻雀部屋に。報瀬が「ロン」といって、でかい手を上がる。「あんた、小さい頃から貴子と卓囲んでたの?」と、かなえ。「はい、たまに」「やめやめー、吟と貴子の娘に敵うわけないわー」
 面子の中に藤堂がいるし、雰囲気からしてかなり腕も立ちそうだから、これは「吟」と「貴子の娘」ふたりを相手に勝てるわけない、という意であろう。ただ、何回も見返していると、「吟と貴子の娘」である報瀬には勝てない、と聞こえる時もある。13話のラストまでいってから見返すと、後者のようにも聞こえるのだ。今の時点で、かなえがそこまで言うのは言い過ぎなので、前者だろうとは思うのだが。
 ともあれ、ここではもう、報瀬と藤堂とのあいだがかなり近くなってきてるのは確かだ。
 敏夫が「三宅さん居るー? 基地あてに友達からメールが来てるんだけどー」と入ってくる。「友達」ということばに胸騒ぎをおぼえる報瀬。
 報瀬は通信室に行く。パソコンは一台だけで、ユウくんからのメールを待ちわびる信恵が無駄に粘っている。じいっと横から凝視して、信恵を追い立てる報瀬。問題はここからである。
 メールの送り主は、「羽生第三高校陸上部一同」。
 間違いない。あのときモニターに映った3人だ。日向がその姿を見るなりカメラを両手でふさぎ、そのあと一人で怒り狂っていた、そのきっかけになった3人だ。
 迷いに迷い、逡巡に逡巡を重ねたあげく、報瀬はついにメールをひらく。このかん20秒近く。この場面でかかるサントラは「心に絡まる鎖」。荘重で、胸に迫ってくる名曲で、全編を通じても、よほどの場面でしか掛からない。
 思わず目をつぶった報瀬、そっと瞼を開ける。短いあいだ映るだけだが、文面は大体こんなである。


 国立極地研究所
 三宅日向様 羽生第三高校陸上部一同

三宅さんが陸上部をやめて
学校も急にやめちゃうし心
テストでは一瞬だけど

安心しました。

あの時先輩達に一言、私達が言ってあ
三宅さんを一人にしちゃってごめんね

三宅さんが南極行くって聞いた時は
しました



 そこに、日向、キマリ、結月が入ってくる。



日向「報瀬ー?」(はっと気づいて駆け寄り、椅子ごと報瀬を押しのける)「……おまえ」
キマリ「日向ちゃん!」
日向「見たのか……」
報瀬「少しだけ……」
結月「え……日向さん宛のメールですよね……」
日向「勝手にそういうことするか」
報瀬「(目尻に涙を溜めて)……だって、だって心配だったから。だって、一人でなんか怒ってたから。なのに、なんにも言わないで」
キマリ「怒ってた……?」
日向「見てたのかよ……」
報瀬「ちゃんと言ってよ。心配になる。なにもかも隠してるんじゃないかって。なにも話してくれないんじゃないかって」
 動揺して歪む日向の顔が、もういちどメールの文面の画像に切り替わり、前半(Aパート)終了。


CM前にちらっと映るメールの画像。おや、この感じどこかで……と思ったら、第4話「四匹のイモムシ」のCM前画像だった(07 名づけてコンパサー 参照)。あの時の「仲間を孤立させないでください」と、この「一人にしちゃって」とが照応しているようだ



 追記)コメントにて、「10話は喜、11話は怒、12話は哀、13話は楽を、それぞれモチーフにしている。」とのご指摘があり、初めは「考えすぎではないか……」と思ったのだが、そのご、「なるほど確かにそうかも知れぬ」と思えてきた。ことにこの11話は、全編のなかで唯一、日向と報瀬が本気で怒りをみせる回なのだ。だとすれば湯船でのキマリの「歌舞伎フェイスパック」(この「暫(しばらく)」は怒りをあらわす隈取りである)も、たんなるお遊び画像に留まらず、この話数の主題に寄り添っているとみるべきだろう。なるほど。後半の4話で喜怒哀楽かあ。そう考えて初めて、全13話を観終えたときの、「人間のもつあらゆる感情にふれた」かのごとき感動に説明がつくのだ。さながらそれは、バッハの無伴奏チェロソナタを聴き終えたときの感じに似ている。