ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

宇宙よりも遠い場所・論 36 訣別すべき過去もある。02

2019-01-06 | 宇宙よりも遠い場所
 OP明けは、地上に置かれた発煙缶を目印にして着陸するプロペラ機の映像。「ドロムラン」(ドロンイングモードランド航空網)によって、天文台建設のための部品が運ばれてきたのだ。
 藤堂とかなえが、重苦しい顔で話し合っている。
 藤堂「行くべきよね……」
 かなえ「みんなはそう思ってる。ただ、そこは貴子が消息を絶った場所。けして安全ではない。どうする?」
 藤堂は卓上に肘をつき、顔の前で手を組み合わせた姿勢のまま、答えない。
 「その場所」を示す地図に、貴子が帰らぬ人となった、あの辛い夜の情景がかさなる。




 いっぽうキマリたちはテーブルを囲んで年賀状書き。到着直後の慌ただしさが一段落して、ゆとりが生じているのがわかる。

 お母さんぜったいSNSで拡散してるよー、と嘆くキマリに、いいんじゃないですか、中継の宣伝にもなるし、と結月。
 日向は苛立っている。しかし気づいているのは報瀬だけだ。日向ちゃん、さっきの友達には年賀状いいの? と訊ねるキマリに、いいよ、どうせ届くのは日本に船が戻ってからだし、と日向は答え、慌ただしく「ちょっとトイレ」と席を立つ。ドアの静電気に「ああっ、もう」。キマリは「そんな痛かったのかな」、結月は「切迫してるんじゃないですか」と呑気なもの。
 報瀬が席を立ち、あとを追う。「あれー? 報瀬ちゃんもー?」と、いぜんとして呑気なキマリ。
 トイレに姿はなかった。管理棟の外に出る報瀬。寒さに思わず身をすくめる。そこに、「うあああ、ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな!」と、日向の怒声が響いてくる。


 日向は地上で荒れていた。積もった雪塊を両足で交互に蹴りつけ、勢いあまって長靴が埋まる。「うおおお」と唸りながら引き抜き、反動で尻もち。倒れ込んだ所にあったバケツを持ち上げ、雪に向かって投げつける。その激しさは、陰でみている報瀬を怯ませるほどのものだった。こんな日向の姿を見るのはもちろん初めてだ。
 さすがに疲れたか、膝に手を当て、肩で息をする日向。体を起こし、深く息を吸って、ぐっと感情を呑み込む。それから少し悲しげな顔になり、管理棟の中へと戻っていく。
 報瀬は反射的にあとを追うが、声はかけられない。いったん立ち止まってその場で俯く。その表情のアップ。あきらかにショックを受けている。
 管理棟に戻ると、階段の上からキマリが「天気回復したから、海氷と地質の調査に連れてってくれるって」と声を掛けてくる。


 「カメラ用意するから、リポート考えておけよ」と報瀬に指をつきつける日向は、もう、いつもの明るく元気な日向だ。


 「え……ああ……うん」と棒立ちになっている報瀬の横を、キマリが「探検探検」、結月が「リポート言いましたからねー」、日向が「あとでイヤだって言っても聞かないからなー」とはしゃぎながら通り抜けていく。
 「あ。日向、え、と……さっき」
 「さっきのはテストだから借りにはしないぞ」
 「違う、さっき」
 そこにキマリが下から「早くー。すぐ出発だってさー」と声をかけ、日向が「いま行くー」と足早に降りていったため、この件はここでいったん宙づり。


 今回、日向に生じた異変にたいし、報瀬とキマリの態度がもう露骨なまでに対照的だ。とはいえもちろん、キマリという子が他人の気持ちに冷淡なわけではない。まるきり逆で、むしろ共感能力が高すぎるほどで、それは前回の一件をみても明らかだ。
 むろん、寝相の悪さにもみられるとおり、じつに無頓着におおらかに、相手のパーソナル空間に入り込んでしまう一面もある。それを日向は第10話で、「あいつ気の小さい所と大きい所が極端だからなー」と表現した。それはけっして矛盾ではなく、いわばコインの裏表だ。
 ふだんからそんな調子だからこそ、「あっ」と感じたら即座に抱きしめてしまう=ゼロ距離になってしまえるし、なってしまうわけである。
 その優しさは前回、年下の結月に向けられた。そしてまた、じつは報瀬にも、ずっと向けられている。
 じっさい、この11話においても、キマリはけしてマイペースでやってるわけじゃない。報瀬のことはずっと気遣っている。外に出て、いろいろな調査に同行したがってるのは、そりゃもちろん基地内に籠ってるより南極探検に出かけたほうが楽しいせいだけど、それだけではなく、報瀬たちと4人で、かつて貴子が踏んだ場所を訪れられるからである。それはこのあとのストーリーラインを追っていけばよくわかる。
 そんなキマリが、なぜ日向にかんしてはこう鈍感なのか。
 ぼくはこの第11話を何回も見返しているが、最初のうちは、とにかく報瀬と日向との友情が尊くて、そちらにばかり気が行っていた。いうまでもなくそれはこの第11話の眼目で、ふつうの鑑賞態度であろう。どこまでできるかはわからないけれど、あとでなるべく丁寧に見ていきたい。ただその前に、キマリにとっての日向はどんな存在なのか、少しだけ考えてみたいのである。
 あれほど優しくて、共感能力の高いキマリが、正直、日向にだけはさほど気を使ってるとは思えない。キマリには日向の抱える闇が見えない。ところで、ぼくたちがよく知っているキャラのなかで、キマリにその「闇」がまったく見えなかった、見ようともしなかったキャラがいる。
 めぐっちゃんだ。
 キマリがめぐっちゃんの「闇」に対して、無邪気にも目をつぶってられたのは、キマリにとってめぐっちゃんが、姉貴分みたいに頼れる相手だったからである。
 まあ、めぐっちゃんと日向とでは、知り合ってからの年数も違うし、かんたんに比較はできないが、少なくとも他の2人に比べて、日向のことをキマリが(どこまで意識してるかは別として)いちばん頼もしく思ってるのは確かだろう。
 報瀬は学校での孤立ぶりを知ってるし、何よりも母親のことがある。結月にしても、そもそも「私、友達いないんです」から始まったことだ。この2人の欠落については十二分にわかってるのである。
 しかし日向は、もともとバイト先の先輩で、知り合ってからずっと、明るくて元気なところしか見ていない。
 まさに「日向」しか見てないのである。
 茶目っ気たっぷりで、芝居っ気もあれば、ガキっぽいことも好き、バカやるのも好き。そのくせ芯はしっかりしていて、アタマもいい。抑えるべきところはちゃんと抑える。パスポートの件ではちょっとミソを付けたけれども、あれだって、もし本当に紛失してたんだったら、一人で大使館に行って、しかるべき処置をしただろう。
 日向というのはそういう人で、そういう人だということは、キマリにもしぜんとわかっている。この人は大丈夫なんだと思っている。まるで、あの旅立ちの朝が来るまでのめぐっちゃんのように。
 とかく報瀬と日向にばかり目がむく11話だけど(そしてそれは、まったく至当なことなんだけど)何度となく見返しているうちに、キマリと日向との関係性のことが自分の中で立ち上がってきたので、とりあえず書き留めておいた。見返すたびにあれもこれもと書きたいことが沸いてくる。とにもかくにも中身の濃い作品であり、中でも特に濃密な11話、および12話なのである。