報瀬と日向とのかかわりで忘れてならないのは、やはり6話のシンガポールでの一件だろう。しゃくまんえんを投げ打ってでも4人で行く、私ゃオマエと南極行きたいんだよ、というその心意気に日向も涙した。
その前の晩、ベッドを挟んで2人は対話を交わしている。
「……私、こういうのダメでね。それがふつうだっていうのはわかるんだけど、誰かに気ぃ使われるとさ、居心地わるくなるっていうか、本心がわからなくなるっていうか……だから、高校もムリ~ってなって、なるべく一人でいようと思って。結局、私が誰かと一緒にいると、こういう感じになっちゃうんだよな。だから気にしなくていい。ぜんぶ、私の問題だから……」
あれは日向が、初めて「陰」の部分を垣間見せた瞬間だった。それを見たのは報瀬と、あとは視聴者だけだ。キマリと結月は与り知らぬことである。
(厳密には2話で、「私さあ、集団の中でぐちゃぐちゃ~みたいなの苦手でさあ、だから高校ムリだったんだけど」と言ってはいたが、軽い口調だったし、出会ってすぐだったこともあり、キマリは深くは受け止めなかった。)
いずれにしても、ここまで、それ以上のことは語られていない。だが、いつもあんなに元気で明るく、コミュニケーション能力も高い日向が、じつは過去に対人関係で躓いたらしいということは、報瀬には(ついでに視聴者にも)わかっている。そこに自分と相通じるものを見て取ってもいる。
このたびの日向の異変にたいする報瀬の鋭い感受力が、そこから来てるのは間違いない。ひとの心に巣くう闇、集団のもつ悪意の陰湿さを知悉する者同士の共鳴だ。
シーンが変わり、夜。昭和基地の周りはまた荒天。「屋外にいる隊員は、ただちに基地主要部、または非常食のある建物に避難してください」と、敏夫の声でアナウンスがひびく。南極の地ほんらいの苛酷さ怖さは、このような形でちょくちょく挿入される。
とはいえ基地内は長閑なもの。しばらくはギャグパートである。まず、いきなり歌舞伎の隈取をしているキマリのアップ。キマリ、日向、結月の3人が入浴しており、キマリは「タヌキマリ」を解消すべくパックしてるのだが、それがなぜか隈取メイクになってるのだ(すぐに剥がすが)。
ぼくははじめ、スタッフによるお遊びなのだと思い込んでいたが、コメント欄でのご教示で、「歌舞伎フェイスパック」なる商品が実際に販売されているのを知った。とはいえこれが、3話の「二人羽織」と並ぶ楽しい趣向であるのは確かだろう。
3話の二人羽織とは、結月の母親に対し、「ルックスはいいが喋りがポンコツな報瀬」と、「喋りはうまいがルックスに難のある日向」とが自分たちを売りこむためにやったもので、どこでどう用意したのか、瞬時にしてこの状態となったのである。

03話より。ちなみに、これをみた結月の母は「失礼します」とソッコーで帰った
湯船の中から日向が「報瀬は?」と訊く。「誘われて麻雀やってる」とキマリ。「面白そうだから私うしろで見てたんだけどー」といって、画面がその場面になる。面子は藤堂、かなえ、保奈美に報瀬。報瀬のうしろに張りついたキマリが「ねえ、ニンベンに五って書いてなんて読むの?(伍萬のことである)」「あ、予備の白いの混じってるよ(白牌のことである)」「わー、そのトリ可愛い(一索のことである)」などと、手牌を(結果的に)バラしまくるので、報瀬が「ふんぬっ」と怒る。

報瀬の後頭部に、「腹立ち」を表すマンガ的記号が出ている。となりの茶色いのはもちろんキマリの頭
画面が戻り、「出てけーっ(って言われた)」と、キマリ。時間が少し進んでいて、3人はもう脱衣場でトレーナーを着ている。「ひどいですねー」と結月。「あいつ心せまいからなー」と日向。みな麻雀を知らぬらしい。日向はスマホの画面を見ている。さっきモニターの向こうにいた3人の名が表示されている。「削除」ボタンを押そうとして、押せない。

日向、どうしても削除できない

05話より。結月、すっぱり削除
このくだりは、5話にて、出立の準備を整えた結月が「ユリ」と「あいな」の名前をあっさりと削除するシーンと対になっている。まだ「友達」の何たるかを知る前だったから、結月は今よりもクールだったわけだが、それにしてもさっぱりしたものだ。一方、ここにきてまだ引きずってる日向は、逆に、過去に囚われすぎている。そして今回、その「過去」が向こうから押しかけてきたのである。
画面はまた麻雀部屋に。報瀬が「ロン」といって、でかい手を上がる。「あんた、小さい頃から貴子と卓囲んでたの?」と、かなえ。「はい、たまに」「やめやめー、吟と貴子の娘に敵うわけないわー」
面子の中に藤堂がいるし、雰囲気からしてかなり腕も立ちそうだから、これは「吟」と「貴子の娘」ふたりを相手に勝てるわけない、という意であろう。ただ、何回も見返していると、「吟と貴子の娘」である報瀬には勝てない、と聞こえる時もある。13話のラストまでいってから見返すと、後者のようにも聞こえるのだ。今の時点で、かなえがそこまで言うのは言い過ぎなので、前者だろうとは思うのだが。
ともあれ、ここではもう、報瀬と藤堂とのあいだがかなり近くなってきてるのは確かだ。
敏夫が「三宅さん居るー? 基地あてに友達からメールが来てるんだけどー」と入ってくる。「友達」ということばに胸騒ぎをおぼえる報瀬。
報瀬は通信室に行く。パソコンは一台だけで、ユウくんからのメールを待ちわびる信恵が無駄に粘っている。じいっと横から凝視して、信恵を追い立てる報瀬。問題はここからである。
メールの送り主は、「羽生第三高校陸上部一同」。
間違いない。あのときモニターに映った3人だ。日向がその姿を見るなりカメラを両手でふさぎ、そのあと一人で怒り狂っていた、そのきっかけになった3人だ。
迷いに迷い、逡巡に逡巡を重ねたあげく、報瀬はついにメールをひらく。このかん20秒近く。この場面でかかるサントラは「心に絡まる鎖」。荘重で、胸に迫ってくる名曲で、全編を通じても、よほどの場面でしか掛からない。
思わず目をつぶった報瀬、そっと瞼を開ける。短いあいだ映るだけだが、文面は大体こんなである。
国立極地研究所
三宅日向様 羽生第三高校陸上部一同
三宅さんが陸上部をやめて
学校も急にやめちゃうし心
テストでは一瞬だけど
安心しました。
あの時先輩達に一言、私達が言ってあ
三宅さんを一人にしちゃってごめんね
三宅さんが南極行くって聞いた時は
しました
そこに、日向、キマリ、結月が入ってくる。
日向「報瀬ー?」(はっと気づいて駆け寄り、椅子ごと報瀬を押しのける)「……おまえ」
キマリ「日向ちゃん!」
日向「見たのか……」
報瀬「少しだけ……」
結月「え……日向さん宛のメールですよね……」
日向「勝手にそういうことするか」

報瀬「(目尻に涙を溜めて)……だって、だって心配だったから。だって、一人でなんか怒ってたから。なのに、なんにも言わないで」
キマリ「怒ってた……?」
日向「見てたのかよ……」
報瀬「ちゃんと言ってよ。心配になる。なにもかも隠してるんじゃないかって。なにも話してくれないんじゃないかって」
動揺して歪む日向の顔が、もういちどメールの文面の画像に切り替わり、前半(Aパート)終了。

CM前にちらっと映るメールの画像。おや、この感じどこかで……と思ったら、第4話「四匹のイモムシ」のCM前画像だった(07 名づけてコンパサー 参照)。あの時の「仲間を孤立させないでください」と、この「一人にしちゃって」とが照応しているようだ
追記)コメントにて、「10話は喜、11話は怒、12話は哀、13話は楽を、それぞれモチーフにしている。」とのご指摘があり、初めは「考えすぎではないか……」と思ったのだが、そのご、「なるほど確かにそうかも知れぬ」と思えてきた。ことにこの11話は、全編のなかで唯一、日向と報瀬が本気で怒りをみせる回なのだ。だとすれば湯船でのキマリの「歌舞伎フェイスパック」(この「暫(しばらく)」は怒りをあらわす隈取りである)も、たんなるお遊び画像に留まらず、この話数の主題に寄り添っているとみるべきだろう。なるほど。後半の4話で喜怒哀楽かあ。そう考えて初めて、全13話を観終えたときの、「人間のもつあらゆる感情にふれた」かのごとき感動に説明がつくのだ。さながらそれは、バッハの無伴奏チェロソナタを聴き終えたときの感じに似ている。

いやいや此れも暗喩でしょう。(論20でコメントした者です。)
怒りの仮面で悲しみを隠す、対して日向は笑顔の仮面で悲しみを隠すって言う。
「歌舞伎フェイスパック 一心堂本舗」って商品が実在しています。
「麻雀」シーンの報瀬の怒りも……いや其処迄コメントするのはしゃしゃり出過ぎと思うので控えます。
因みに此のシーン、他の3人が件のパックを持ってきているとは考えにくいので、大人組の誰かに貰ったんだと思います。
大人組との交流も深まりを示す描写でもありましょう。
蛇足乍ら「二人羽織」シーンは劇中に偶に有る、ギャグの為に前後の状況を若干無視した展開ですね。
あんなに早く「二人羽織」が準備出来る筈が無い。
同様なシーンでパッと思い浮かぶのが、9話「南極恋物語」で吟へのインタビューを嫌がる報瀬、2話のリフレインギャグ。
瞬時に消えるアイスクリーム。
何時の間に食った、と心の中で突っ込むのが正しい視聴者の楽しみ方であります。
何度も見返すと気付く故意にやっているであろう仕込みは未だ未だ未だ未だ有りそうで恐ろしい。
例5話プリンシェイク:めぐっちゃんと飲んでいるプリンシェイク→皆で自販機のシーンで又飲んでいる。
更に「ウェッデルアザラシソーダ」も飲んで、カラオケ中はどうだか判りにくいが、帰宅したらば「卵パラダイス」!!
良く食えるな、飲めるな!!
尚、自販機シーンでは、報瀬は「こんぶ」なんちゃらを飲んでいる。
……何だ?「こんぶ」なんちゃらって(汗)
キャ~~ッて例の効果音を入れたくなります。
いや~~『よりもい』って何度も見れますね~~~。
いやあ、心堂本舗の「歌舞伎フェイスパック」はこっから先も知りませんでした。キマリがしてるのは「暫」ですね。世間は広いなあ。あれこれ勉強になりますね。ブログやっててよかったです。大人組の誰かから貰ったというのも、きっとそうでしょうね。
ただ、それを「仮面」とみるのは、少なくともぼくの感覚としては、「深読みかな?」という気がしますね。このあたりはもう、証明しようもないことなので、それぞれの楽しみ方だと思います。いうまでもなく、ここに延々と書き連ねていることは、ぼく個人の読みであって、それを誰かに押し付ける気は毛頭ありません。
「二人羽織」のほうは、本文でも述べたとおり、もう完全にギャグでしょうね。
ぼくなんかまあ、子供のころから「トムとジェリー」とか、誇張したギャグ満載のコミックアニメで育ってきたんで、ああいうのはぜんぜん違和感ないし、「どんどんやって」という感じなんですよね。急にポケットからダイナマイトを取り出すとかね。さっきまで食べてたものが次のシーンで消えてるなんて、かわいいもんです。
ところで、たびたびコメントを頂くので、そろそろ「unknown」ではなく、なにかハンドルネームを、と思うのですが……。
「二人羽織」が11話の前振りだったらと思うと更に怖いですね。
ただ、4人の関係性があまりに濃密で、絡まり合ってるもんで、意図せずして暗喩(なんかこればっか言ってますけど)みたいになっちゃってるってことは、他にもあるかもしれないですね。そういうのは本作に限らず、よくできた作品には、往々にして起こりうるんですよね。
脚本・監督をはじめとする制作陣がはっきりと設計した事と、作品(物語)そのもののもつ力のせいでしぜんとそうなってしまった事。ぼく自身、その二つをどこまで腑分けできてるかどうか定かではないですが、そのへんはまあ、じぶんの培った勘を頼りにというか、そういう感じでやってます。
元々文学を扱っておられるブログらしい、と言えば失礼に当たるかもしれませんが、用語にも物語を読み解くご姿勢にも感銘を覚えつつ、良い刺激をいただいています。ありがとうございます。
・・・・てな硬い挨拶はここまでとしまして・・・・
「吟と貴子の娘」というかなえさんの発言については、かなえさんはまず間違いなく『「吟」と「貴子の娘」二人』との意味で使っているはずですが、スタッフは(いしづか監督か花田先生かわかりませんが)敢えて意図的にダブルミーニングを仕掛けているように感じます。
すなわちかなえさんは、自分の意図しない部分で「天の意志」によってそういう語順を選ばされ、真理を視聴者に告げる「天使」の役割をあの場面において負わされているのではないかと・・・・こういうのも「天の声」というのでしょうかね。メタ的に。(笑)
まあ貴子が企図した通り、報瀬は吟の魂を受け継いでいるはずですから、報瀬が「吟と貴子の娘」であることはまず間違いないわけで。スタッフさん、遊びおったなw と私などは思いましたね。
ところで、eminusさんのご高察の中でも私は特に5話と6話にうならされたのですが、高く評価されているこの11話、そして12話はどのように解釈されるのか、楽しみにしております。(というとプレッシャーになるかもしれませんがw)がんばってくださいね。(^^)
なるほど。ダブルミーニングですね。かなえさん、あそこでちょっとメタな役割を担っていると……。その解釈がいちばんきれいですね。
報瀬にとっての吟は、貴子を挟んでの「恋敵」のようでもあり、亡き母の代理のようでもあり、「南極」という特別な地における偉大な先達であり、「魂」を注入してくれた「父」のようでもあり……と、なかなかに複雑な存在だなあ……と、ぼくは感じているのですが、13話において、帰国の途に就くときは、やはり「亡き母の親友」という、いちばん真っ当な位置に収まったように思えます。
でもやっぱり、幼い頃に影響をうけた相手だし、「父」的な要素はずっと残っているんでしょうね。それに、「親友」みたいな「夫婦」だって、いないわけではないし。
11話については、やっと半分くらいまできた感じですが……思いのほか長大になって自分でも少々不安ではあります(笑)。「ちょっとくどいんじゃないか?」と心配になってもいるのですが、とりあえず、自分の納得がいくようにやってみる所存です。ほんとにこれが、スタッフへの収益アップに結び付けばよいのですが。