ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

さよなら、アドルフ

2014-01-12 13:18:41 | あ行

この題材を、こういうタッチで描いてくるとはなあ!


「さよなら、アドルフ」70点★★★★


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1945年、敗戦直後のドイツ。

ナチ幹部の父親を持つ14歳の少女ローレは
突然、母と妹、双子の弟、まだ赤ん坊の弟と
逃げるように言われる。

田舎の家に身を隠したものの、
やがて母親も連合軍に出頭することに。

ローレは妹たちを連れて、
遠く離れた祖母の家を目指すように言われる。

旅の途中、様々なものを目にしたローレは
それまで自分が信じていた世界が
少しずつ崩れていくのを感じていた――。

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ホロコースト問題を
ユダヤ人側から描いた作品は多々あれど、
殺したナチス側の、その家族や子どもたちを描いたものは
ほとんど観たことがなかったと思う。
(まあ「縞模様のパジャマの少年」とかあるけど)


だから、すっげ難しかったです、最初は。
「なんで、この題材を選ぶかな?」と。

残虐行為をしたナチス側にも家族がいて、子どもがいるのはわかっていても、
心が拒絶するのを、どうも止められない。

しかも、その映像が
異常に繊細でリリカルで美しいんですよ。

「この絵でこのテーマを描いてくるか!」という
驚きとその複雑さに、
心中穏やかでなかった。

しかも
ローレの旅はかなり過酷で
幼い弟たちや、泣き叫ぶ赤ん坊を連れていても
人々は容易に食べ物も与えてくれず、
誰も助けてくれない。


さらに
旅の途中で目にする敗戦後の混沌とした世界の描写が
言ってはなんだけど、かなりホラー(苦笑)。

無人の民家に入れば
レイプされ殺された女性や
自殺した男などが目に入ってくるという。

しかし
少女がそれらを目にした驚きや心ざわめく感情が、
レースを通して透ける光、指先からしたたる黒い水――
そんな繊細な映像の切り取り方によって、
観客にビンビン伝わってくるんです。

そうなると、もうどんどん引き込まれていく。

監督が、ものすごい勇気と信念を持ち、
しかもこの手法で映画を作った、その意味がわかってくると
入り込めるんです。

そして旅の途中、ユダヤ人の少年に助けられたことで
ローレの心は揺らぎを増していく。

ナチス教育をされ、自分が正しいと思っていたこと、その信念が
だんだん崩れていくわけですね。

その経験を経て、彼女はどうなっていくのか。

ラスト、祖母の家にたどり着いたあとのローレの行動や心情の変化は
資料にあった姫岡とし子さん(東京大学大学院人文社会系研究科)の文章で
すごくわかりやすくなりました。

要約して、転載させていただくと

祖母の住む北ドイツはプロテスタント地域で
南ドイツよりも規律を重んじ、しつけも厳格だった。
それは過去に自分が受けてきたナチの教育と重なる。
それがローレには耐えがたいものになっていた――(プレス資料より抜粋)

そうか、やっぱりそういうことね、と。


ローレのような“ヒトラーの子どもたち”は
現実にいるわけで

彼ら彼女らが、アイデンティティの崩壊と、
どう折り合いをつけていったのか、は
いまの世にも、続く問題。

目を背けてはいかんな、と
反省しつつ、またひとつ映画から学んだことを喜ぶのでした。

ちなみに
ユダヤ人の少年役カイ・マリーナは
ハネケ監督の「白いリボン」の小作人の次男カール役の少年です。
って、思い出しにくいか(笑)


★1/11(土)からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開。

「さよなら、アドルフ」公式サイト
コメント
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