ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

ダ・ヴィンチは誰に微笑む

2021-11-28 00:12:13 | た行

ヤバめのロシア富豪から、かの国の王子まで取材してるのが

なかなかやるなぁ、と。

 

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「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」68点★★★☆

 

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2005年、ごく普通の民家での遺品整理で出てきた

1枚の絵画。

美術商が13万円で買い取ったその絵が

レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の作品にしてイエス・キリストを描いたとされる

「サルバトール・ムンディ」(ラテン語で『世界の救世主』の意味)の

“本物”だとされ

2017年に史上最高額510億円で競り落とされた――!という

驚きの騒動を描いたドキュメンタリーです。

 

 

いや、ドキュメンタリーというかこれは

“ノンフィクションムービー”と宣伝文句にもあるので

そっちのほうが近いかも。

 

実際、純粋なドキュメンタリーと思って観ると

あちこちに違和感があるんですよね。

 

例えば、取材されている識者や関係者が

その時々に起こった出来事を、そのときに話しているようにみえて、

いやいや服装が同じだし

「いや、これ1回しか取材してないんじゃね?」とか。

 

資料にないので、推測なのですが

ジャーナリストでもあるアントワーヌ・ヴィトキーヌ監督(1977年生まれ)は

おそらく、この問題を最初からずっと追いかけたわけでなく

2017年前後に、この絵の落札が話題になってから

追ったのかなと思うんです。

 

で、取材対象者の話に合わせて

出来事が起こった年代を入れ、再現フィルムのようなテイストも含み、

観ている我々に、リアルタイムで問題を追っている感覚にさせる、という

巧妙な演出法で作られている。

 

禁じ手とかではないし、ありな方法だと思うのですが

その微妙なフェイク感、とでもいうのだろうか

どこかひっかかる違和感が

そのまんま、この奇妙な絵画をめぐる話そのものを表している感じ。

 

それも監督の意図なんだと思いますが。

 

 

2005年に、民家で見つかった絵画が

専門家の鑑定をへて「本物」とされ

2017年にオークションにかけられて、史上最高額で落札される。

 

13万円が510億円になった!

じゃあ、誰が儲けたのか?

誰がこの絵を買ったのか?

――を、映画は追っていき

 

で、結局「この絵、本物なの?」となり

国際問題にも発展していく。

 

絵画の真偽をめぐるドキュメントとしては

由緒正しき家柄に生まれた若き美術商の成長物語でもある

「レンブラントは誰の手に」(19年)と似ているところもあるのですが

決定的に違うのは、そこにある「品」の有無。

 

失礼ながら、この絵画に関わる人々には

一貫して、品が欠けているんですよ(苦笑)

 

絵を発見した美術商、鑑定をした人、

絵を売る仲介業者、オークションを操作する人、

さらに、絵を買ったとされる人――

誰にも

芸術を純粋に「愛している」こころが感じられない。

結局、マネーゲームなのかよ!っていうね。

 

まあ第一に、ワシ自身が

この絵画に魅力を感じない、ということが大きいと思うのですが。

 

ただ、そうしたアート業界の裏側を見せ、

絵画の購入者と噂されるロシアのヤバい富豪や、砂漠の王子まで追っかけていく

フットワークと心臓は

さすがジャーナリスト、と思う。

 

果たして、この絵は本物なのか?

虚実とは、真偽とはなにか?

――そのオチは、これはこれでなかなか爽快だったりもするのでした。

 

★11/26(金)から全国で公開。

「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」公式サイト

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ディア・エヴァン・ハンセン

2021-11-27 13:43:24 | た行

伝えたいことが明確で音楽もいい!

 

「ディア・エヴァン・ハンセン」72点★★★★

 

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高校生のエヴァン・ハンセン(ベン・プラット)は

シングルマザーである母(ジュリアン・ムーア)と二人暮らし。

 

日常にさまざまな不安を抱える彼は

学校でも目立たず、孤独を抱えていた。

 

彼はセラピーの一環として、自分宛の手紙を書くことになる。

「親愛なるエヴァン・ハンセンへ」――

 

だがエヴァンは学校でその手紙を

同級生コナー(コルトン・ライアン)に持ち去られてしまう。

 

数日後、エヴァンは学校で校長に呼び出され

コナーが自殺をしたと知らされる。

そしてやはり友人のいなかったコナーのポケットに

「親愛なるエヴァン・ハンセンへ」という

エヴァン宛の手紙があったことも――。

 

悲しみにくれるコナーの両親に

「息子と友達だったのね」と問われたエヴァンは――?

 

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「ウォールフラワー」(12年)(大好き!)「ワンダー 君は太陽」(17年)(良作!)で

お墨付きのスティーヴン・チョボスキー監督が

トニー賞&グラミー賞&エミー賞受賞の人気ミュージカルを映画化。

 

舞台版で初代主演を務めた

ベン・プラットが主人公を演じ、それはそれは見事な歌唱を魅せてくれます。

 

で、お話は

冴えない高校生エヴァン・ハンセンが、

あることからSNSで人気沸騰し、人生を変えていく――という展開なのですが

 

彼が注目されるきっかけになるのが

「自殺した同級生と友達だった」という嘘なんですよね。

それは彼の両親からの

あまりにも大きい「そうあってほしい!」というプレッシャーと

彼らを悲しませたくない、という善意からなる

小さな嘘だったのに

それがどんどん大きくなっていってしまう――という。

 

序盤はその「嘘」というモチーフの存在が大きいのと

自殺してしまった同級生が妄想のなかで歌い踊り始めたり、と

ビミョーにどう立っていいのか、入りにくい?という印象があった(苦笑)

 

しかし

中盤、エヴァンの同級生で

バリバリの元気印で、アクティビスト風な女子生徒が

「自分も問題を抱えている」と、エヴァンに打ち明けるんです。

 

「どんな人も、みんな何かを抱えているんだ――」と

ここからパーン、と視界が開けて

メッセージが、がぜん明確になっていく。

 

誰もがなにかを抱えてる。手を伸ばせば、誰かがいる。

あなたは、ひとりじゃないよ、って。

 

最後、どう収集するのか?もなかなかよくて

ああ、やっぱり監督うまいなあ、裏切られなかったなあと思いました。

 

SNS世代には特に響くのでは、と思いましたが

エヴァンの母親役のジュリアン・ムーア、

自殺してしまったコナーの母親役エイミー・アダムス、

それぞれの母像と、子どもへの愛の贈りかた、というのも大きなテーマなので

家族で観てもいいかもしれない。

 

それにしても。

ミュージカルなので、みんな歌います。

「ラ・ラ・ランド」を手がけた作曲チームによる音楽もいいし

エイミー・アダムスの歌も久々だけどやっぱうまいし

あら、ジュリアン・ムーアもうまいのね!

それに

ベン・プラット、すごく気になって調べたら

その生き方もカッコイイじゃん!

がぜん注目してしまいました。

 

★11/26(金)から全国で公開。

「ディア・エヴァン・ハンセン」公式サイト

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DUNE/デューン 砂の惑星

2021-10-16 22:36:08 | た行

いや~IMAX、堪能しましたよ、これは。

 

「DUNE/デューン 砂の惑星」IMAX版  75点★★★★

 

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ときは1万1091年。

 

砂の惑星(デューン)と呼ばれるアラキスには

「スパイス」という貴重な天然資源があり

その利益をめぐり

長年、激しい争いが起きていた。

 

そんななか宇宙帝国の皇帝が、

アラキスを収める権利を

凶暴なハルコネン家から、民衆から愛されるアトレイデス家に委譲する、と命じる。

 

そしてアトレイデス家の子息ポール(ティモシー・シャラメ)は

父(オスカー・アイザック)と

母ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)とともに

砂の惑星に降り立つ。

 

だが、それは恐るべき罠だった――!

 

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いや~、久々のIMAX体験。

「テネット」(20年)ぶりくらいですかね)

堪能&没入いたしました!

 

CGに頼らず作られた

ズッシリとくるメカの重みと、砂の重み。

地響きをたて、腹に響くハンス・ジマーの音楽。

 

そんなドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のアート世界に

ティモシー・シャラメの美しさがハマって

眼福でございました(笑)

 

SF大作ながら決して「アベンジャーズ」的にならないところが

ドゥニ・ヴィルヌーブらしさなんですよね。

 

 

ストーリーは宇宙規模。

強大な権力を持つ皇帝や公爵家どうしの裏切りと闘い――という王道SFサーガで

なんか「スター・ウォーズ」みたい?

二翼の乗り物とか完全に「ナウシカ」っぽいけど?とか思うけど

いやいや、この原作が、それらすべてのもとになってる、と知ると

また深ーい。

 

ヴィルヌーヴ監督の足跡も、ここに来るべくしてきた、という感じで

空に浮かぶシンプルにして謎めいた宇宙船の造形は

「メッセージ」(16年)のイメージだし

ハンス・ジマーの腹響き音楽との効果は

「ブレードランナー2049」(17年)

で実証済みだもん。

 

自分の世界観の構築は完璧で

そこにハマる俳優も、完璧に想定している。

 

ということで

ハッキリ言って、これはティモシー・シャラメでなかったら

ちょっと考えられないというか、つらい155分になったかもしれん(笑)

それほどに、彼の

ちょっと浮世離れした、ビジュアル的に現代社会では異質なほどの

「王子感」がハマってるんですよね。

(本人がクレバーで気さくな青年、というところがまたスゴイんですが)

 

確固たる世界観を表現できる、技術の進歩もあれど、

これは彼を得てこそ、の映画だったのではつくづく。

 

個人的には

 

砂が水のように、海のように流れて見える様子が

めちゃくちゃ美しくて、好きでした。

 

1965年にフランク・ハーバートによって書かれた原作が

どれほど映画人やクリエーターたちを魅了したのかを

改めて感じ入りもするのですが

 

その魅力をひもとく手がかりには

アレハンドロ・ホドロフスキー監督がかつて挑戦した本作への思いと

デヴィッド・リンチ版への爆笑なダメ出しを含む

ドキュメンタリー「ホドロフスキーのDUNE」(13年)が最高なので

こちらもぜひ合わせてご覧ください!(笑)

 

★10/15(金)から全国で公開。

「DUNE/デューン 砂の惑星」公式サイト

コメント (3)
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TOVE/トーベ

2021-10-05 00:57:52 | た行

シンプルな伝記じゃないところに

北欧の成熟を感じますねえ。

 

「TOVE/トーベ」74点★★★★

 

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第二次大戦下のフィンランド・ヘルシンキ。

画家の卵であるトーベ・ヤンソン(アルマ・ポウスティ)は

爆撃のなか

落書きのように「ムーミントロール」を描き始める。

 

戦争が終わると

トーベは廃墟と化したアトリエを借り、

本業である絵画制作に励む。

 

トーベの父は著名な彫刻家(ロバート・エンケル)で

母(カイサ・エルンスト)は挿絵画家。

サラブレッドな彼女だが

しかし保守的でまだまだ男社会な美術界で

自分の作風を見い出すことができず、葛藤を抱えていた。

 

そんななか、トーベは

舞台演出家のヴィヴィカ(クリスタ・コソネン)と出会い

恋に落ちるのだが――。

 

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あのムーミンの作者、トーベ・ヤンソンの半生を描いた作品です。

 

ムーミンの作画シーンは所々に出てくるものの、

決してシンプルな伝記ではなく、

悩み、葛藤のただ中にいた、若き日にスポットをあて

「その人」に迫り切った感じ。

 

トーベ・ヤンソン好きなので

女性パートナーと生涯暮らしたことは知っていたけれど

本作は、関係各所がよく許したな、と思うほど

ある意味、赤裸々に

ある意味、自由に描かれている。

 

監督が好きに解釈して、描いてよし!とされている感じ。

こういう作品を見るたびに、

北欧社会の成熟度を感じてしまいますねえ。

 

 

有名な彫刻家を父に持ち、母もアーティストという

サラブレッドなトーベ。

しかし

まだまだ保守的な美術界で、二世としてもうまく泳ぐことを拒否し

ひたすら自分の「芸術」を生み出そうともがく。

 

彼女がノートに落書きのように描くムーミンの絵や、イラスト画は

めちゃくちゃ味があって「いい!」のだけど

本人はそれをアートと認めていないふしがあり

ひたすらキャンバスに向かって、苦戦している。

 

そうそう、自分のいいところって

自分ではなかなかわかんなかったりするんですよね。

 

 

で、そんな彼女のイラストに目をとめたのが

裕福な夫を持つ舞台演出家のヴィヴィカ。

もちろん実在の人物ですが

 

彼女を愛するようになったトーベは

彼女の後押しで現在につながるムーミンの物語を描きだすんです。

 

 

型にはまることをよしとせず、

率直にエネルギッシュに

自由に芸術を、人を愛するトーベ。

 

そんな彼女だからこそ

まだまだ性的マイノリティへの理解がないこの時代

(というか、当時、同性愛は重罪だったらしい)

男性と結婚しつつ「そんなの体裁よ」と言い放ち、自分を愛してくれる

ヴィヴィカの自由さに共鳴したのでしょう。

 

が、そこで

ヴィヴィカへの愛でいっぱいになり、

かつ、よき理解者で、しかし既婚者でもある男性アトスにも

寄りかかってしまう。

(このアトスさんは、スナフキンのモデルになった方らしいですよ)

 

自由でまっすぐな心を持つがゆえに

結局、愛に縛られてしまうトーベの姿が切ない。

 

 

なんといっても、あのムーミンの生みの親が、

厳格な父に悩み、自らの才能に悩み、愛に苦しんだこと

そのことを率直に描いた本作に

勇気づけられる少年少女が

どれだけいることだろうと思うのです。

 

ムーミンがおばけ話として始まっていたことも興味深いし

ファブリックや小道具に

狙い過ぎない自然なかわいさがある点も、さすが北欧、と思うのでした。

 

★10/1(金)から全国で公開。

「TOVE/トーベ」公式サイト

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テーラー 人生の仕立て屋

2021-09-05 00:13:14 | た行

予想外の味がして、おもしろい。

 

「テーラー 人生の仕立て屋」73点★★★★

 

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ギリシャのアテネ。

50歳のニコス(ディミトリス・イメロス)は

厳格な父と二人で高級スーツの仕立て屋を営んできた。

 

無口でマジメ、腕の立つニコスだが

しかし、ギリシャは不況の嵐。

スーツを仕立てる人もほとんどおらず

店は危機に陥っていた。

 

が、ニコスはあるものから発想し

移動式屋台の仕立て屋をはじめることに。

 

しかし、店をのぞいた女性たちに

「紳士服しかないの?」と言われたり

なかなかうまくいかない。

 

そんなとき、ある啓示が空から振ってきて――?!

 

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ギリシャ発。

言葉少なで、控えめながら意外に大胆だったりと

知らない異国のお菓子を食べたような

驚きと味わいがありました。

 

まず主人公ニコスのルックスと佇まいが

Mr.ビーンにちょっと似ていて

無言でマジメなんだけど

ちょっとした仕草やテンポがコミカルでおもしろい。

 

さらにおもしろいのは「出来事のきっかけ」の描写。

 

あるものの車輪から移動の洋服屋台を思いついたり、

落ちてきた洗濯物から婦人服を作り始めたり。

 

そんなニコスは隣家の少女と仲良くなり、

少女の母オルガ(タミラ・クリエヴァ)の力を借りて

婦人服作りをはじめるんですね。

 

で、ひょんなことからオーダーされた

ウェディングドレス作りが軌道に乗っていく。

 

主婦だったオルガは仕事にやりがいを見出し

ニコスも新しいチャレンジで生き生きとしていき

二人はだんだんと、ちょっといいカンジになっていく。  

 

でもオルガにはダンナもいるし娘もいるし

ニコスは奥手っぽいし

さあ、どうなるか――?と思っていると

海辺の夕暮れから

あっさりさわやかに添い寝シーンに(笑)

 

この切り替え早っ!な感じがおかしくもあり

意外に不倫ドロドロなどとは違って

清々しくさえある。

 

しかし、そこで

ニコスと仲良しだったオルガの娘が

複雑さをもって絡んできたり

どうなるのかしら??とさらに気を揉ませられるというw

ラストどうなるかはお楽しみ。

 

それにしても

ニコスがいつも口にする

小道具キャンディの意味はなんだろう?と

ずっと考えていたのですが

まだわからない。

なにか見落としてるかもしれないので

どなたか、わかったら教えてください。

 

★9/3(金)から新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で公開。

「テーラー 人生の仕立て屋」公式サイト

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