ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

コーヒーをめぐる冒険

2014-02-28 20:30:10 | か行

タイトルひねりすぎるのもどうかと。


「コーヒーをめぐる冒険」67点★★★☆


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ベルリンに住む青年ニコ(トム・シリング)は
その日、朝からツイていなかった。

恋人から些細なことで追い出され
立ち寄ったカフェでコーヒーを飲み損ね

免停確実になり、
アパートの上の階の妙なオヤジに絡まれ……。

ツイてないニコの明日はどっちだ?!


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どう見てもジーン・セバーグな恋人との
ファーストシーンからして

いろんな映画へのオマージュというか、愛を感じるし
モノクロの画面も洒落ている。


洒落ているけど、
それ以上ではないのが「ネブラスカ」のモノクロと
ちょっと違うところっつうか。

なにより
「なにもかもツイてない、ある1日」というプロットに
さほど新味がないんですよねえ。


朝の一杯を飲み損なったのが運の尽き、
カフェでもどこでも、
どうやってもコーヒーを飲めない青年の

何をやっても 「カスッ」の連続な1日は
初めこそ笑ってたけど、
やがて哀切となっていくほど、けっこう念が入っていて(苦笑)。

運転免許を取りあげようとする役人とのやりとり、
アパートの上階の住人とのやりとり、
昔の同級生だった女の子との再会……

どれもこれも、まあよくここまで、
些細なガクッを思いつくなあと(笑)。

結局、大学を辞め、自分探しで動けなくなっている
モラトリアムな主人公の
それを言い訳にした怠惰が、自分に返ってくるだけの話って気もするし。

コーヒーはあくまでも
小道具であり、シンプルなメタファーなんで
タイトルは原題の「OH BOY」(「あーあ…」「なんてこったい」みたいな意味らしい)で
よかったんじゃないかと思うのでありました。


★3/1(土)から渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

「コーヒーをめぐる冒険」公式サイト
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家路

2014-02-26 22:56:04 | あ行

3.11から3年。
いま一番響いた作品。


「家路」74点★★★★


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3.11以降、立ち入り禁止地区となった
福島県のある山間の村。

その無人の地域にある家で、田畑を耕す青年がいる。

次郎(松山ケンイチ)だ。

高校の途中で村から出ていった彼は
なぜいま、この場所に帰ってきたのか?

いっぽう家を離れ、
仮設住宅で暮らす次郎の母(田中裕子)と兄(内野聖陽)は
それぞれに途方もない無力感と問題を抱えていた……。


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誰もいなくなった土地で黙々と田植えをする主人公。

カッコウの声以外なにも聞こえない、
シンとした時間。

誰もこの時を邪魔しないでほしい……と
切に願った作品でした。
エンディングも染みたなア。

立入り禁止地区に戻り
自分の分だけの作物を作り、大地と共に暮らそうとする青年は

ある意味ファンタジーではあるけれど、
じゃあ世の中に
もっと不要なファンタジーはあるじゃあないか?
見えない敵に向かって、
憤りを発散させたくなるような気持ちになりましたわい。


ドキュメンタリー出身監督らしく、
訥々と静かに、演出を意識させない作りで、
ドラマを煽ることなく、方言もそのまま。

そうやって
仮設に暮らす人々の日常
農民同士が保障を巡って衝突する様などを
リアルに
しかしシリアスになりきらずに、
ふっとはぐらかす。

それは描き手の優しさであり、
これが“人が生きている現場”のリアルかもしれない。


主人公の描き方にも、うまい”そっけなさ”があって
子供時代から妙に達観した雰囲気を持つ
主人公のエピソードを一つ二つと、
松山ケンイチ氏の無言の芝居で

彼の行動を納得させるのはなかなかに恐れ入りました。

彼の母親役、田中裕子さんの存在感もでかいですけどね。

立位置が難しい問題を扱った本作ですが
企画協力の是枝裕和監督、諏訪敦彦氏、

さらに出演した役者さん全員の心持ちを思い、
深くリスペクトします。


★3/1(土)から新宿ピカデリーほか全国で公開。

「家路」公式サイト
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グロリアの青春

2014-02-24 22:49:18 | か行

あははこりゃ確かに青春だ!(笑)


「グロリアの青春」74点★★★★


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チリの首都、サンティアゴ。

58歳のグロリア(パウリーナ・ガルシア)は
夫と離婚し、自らも職を持った自立女性。

だが、子どもたちも独立し
どこか寂しさもあるのか

夜にはシニアの独身男女が集まるパーティーに
顔を出している。

あるときグロリアはパーティーで
年配男性ロドルフォ(セルヒオ・エルナンデス)と意気投合。

さっそくデートを重ねるが、
しかし彼にはある事情があり――?!


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フツーの、いやどちらかといえば地味~な
中年女性の日々をただ追うだけなのに、
とにかく、吹っ切れていて楽しくて
なーんか「前を向けちゃう」良い作品。

58歳のグロリアの(もっと歳いってるかと思った……。笑)
“肉食”っぷりというか

「歳がなんだっての?あきらめないわよ?」という姿勢が最高で
ホントに楽しい映画でした。


日本じゃこういう女性像はほぼあり得ないし、
(なんとなくチャーミング路線が多いよね)
ほら「晩節を汚さず」みたいな言葉もあるし、

正直言って同性からしても
あまりガンガンいく先輩って見たくない感じですが

でも、この主人公は許しちゃうんだなあ。


トンボメガネといい、知的さといい、その美人度といい、
どことなく戸田奈津子さんを思い浮かべてしまうのでありますが(笑)
(戸田さん、その生き方もお人柄も、私は超リスペクトしておりますよ!)

いやはや、ホントに魅力的です。


一見、お堅い“しっかり女子”ふうなのに、
シニア合コンパーティーには行くわ、ナンパされまくるわ(笑)

ベッドでは、年相応にたるんだお腹も
ちゃんとさらしてくれるんですもん!

主演のパウリーナ・ガルシアは1960年生まれで、まだ53歳。

この演技にはかなり勇気がいったでしょうが、ホントに素晴らしく
第63回ベルリン国際映画祭で
金熊賞 主演女優賞を受賞してます。すんばらしい!


ガリガリの猫(スフィンクスってやつね)や
商業施設で見るガイコツ人形、
グロリアが好むやたらポップなラブソング……とか、
小道具効かせ方も、うま~い!


★3/1(土)からヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で公開。

「グロリアの青春」公式サイト
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ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅

2014-02-22 23:16:26 | な行

アレクサンダー・ペイン監督作のなかで
一番好きだな~。


「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」77点★★★★


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40代のデイビッド(ウィル・フォーテ)の
ちょっとボケかかった父ウディ(ブルース・ダーン)は

ある日
「貴方様に、100万ドルが当選しました!」という
手紙を受け取る。

ありがちな“釣り”のダイレクトメールなのに
父はそれを信じ
「ネブラスカまで換金に行くのだ!」と言ってきかない。

しかたなくデイビッドは父を連れて、
車でネブラスカまで行くことに。

だが案の定、道中はトラブル続きで――?!


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40代息子が、疎遠だった父親と旅をしながら
いままで向き合うことのなかった父や
その過去を知っていく――という話。

ミカ・カウリスマキ監督の
「旅人は夢を奏でる」といい

父と息子のモチーフは
今年、けっこう“キテる”素材だと思います。


本作はモノクロですが
そのことに、実に意味があるのがいい。

父と息子が巡る、かつて住んでいた町――
閑散とした田舎町の風景、
昔と変わらずそこにあるもの、止まっている時間……

そんな“枯れ”を描くのに
モノクロがとても有効に働いている。

単なるファッションとかでなく
それをすることの意味があるのが素晴らしいですね。


ブルース・ダーン演じる父親の
ボケてるようで、意外と要所はついてくる
“ヨボ芸”が見事だし

“ヒューマンドラマ”というには面映ゆいような、
何処にでもある家族噺の加減が、
ゆるりオフビートなユーモアとうまく噛み合って
ものすごく気持ちがよかったです。


アレクサンダー・ペイン監督って
「アバウト・シュミット」も「サイドウェイ」も「ファミリー・ツリー」も
けっこう同じモチーフを扱っているんですよね。

ロード・ムービー要素があったり、
知られざる過去(妻の浮気とかさ)があったり。

好きだし、うまいけど
どこか
コショウの一ふりが足りないような感じを持っていたんですが

本作は味も内容も、ピコーン!ときた。

音楽もよかったです。


★2/28(金)からTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国で公開。

「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」公式サイト
コメント (2)
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ドストエフスキーと愛に生きる

2014-02-21 22:59:41 | た行

このチラシを仕事場の壁に貼っています。
自らを律し、戒めるために(マジで。笑)


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「ドストエフスキーと愛に生きる」70点★★★★


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ドストエフスキーの『罪と罰』などの
ロシア文学をドイツ語に翻訳してきた
名翻訳家、スヴェトラーナ・ガイヤーのドキュメンタリー。

撮影当時は84歳、2010年に87歳で亡くなってます。

一見
「おだやかでゆったりとした老婦人の、暮らし系映画?」かと思わせて、
実はナチス時代を生き延びた女性の過去を巡る旅でもあり
贖罪の記でもあるという

器の大きさが、かなり意外でした。

でも、この映画はおそらく
彼女の過去を撮るというよりも
彼女の日常に寄り添うことから、自然に始まったのだと思う。

日々の食事を丁寧に作り、
同じように丁寧に翻訳を仕上げていく彼女の日常は
とても素敵で

翻訳家として言葉を大事にし、愛する彼女の発言はどれも深い。

アイロンをかける作業ひとつにしても
本当に大切なことを教えてもらったようで、
慧眼があります。

だからチラシを貼って、
日々のアイロンがけの際に見てるわけで(笑)

その言葉の大切さだけでも
作品になりそうなんですが

そんな風景のなか、冒頭で
「私には負い目があるのよ」というような発言がある。

それはなんなのか、が段々と明かされる。

ウクライナに生まれた彼女は
スターリン政権を生き延び

生きるためにドイツ語を学び、
友人のユダヤ人が殺されるなか、
ナチス将校の元で働いていたんですね。

そしてドイツに渡り、暮らすようになる。

そこに彼女が背負った贖罪があるのだとわかる。


さらに現在進行形の撮影のなか、
ある悲劇が起こるなど、
かなりドラマチックな展開になっていくんです。

監督は1965年生まれのドイツ人
ヴァディム・イェンドレイコ氏。

ドストエフスキー調査からスヴェトラーナさんに出会い、
彼女の暮らしや人柄、その過去に興味を持ったそうですが

まさか映画がこんな道筋になるとは、思っていなかったと思います。
そこにドキュメンタリーのおもしろさがある。

テーマが想像以上に大きく
捉え方が一通りではないので
「こんな人におすすめ!」がしにくい難しさもありますが

逆にすべての人を
深い思考へと呼び起こす作品だと思います。

“知”を大事に、生きてゆきたいなあと
つくづく感じるのでありました。


★2/22(土)から渋谷アップリンク、シネマート六本木ほか全国順次公開。

「ドストエフスキーと愛に生きる」公式サイト
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