ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

1001グラム ハカリしれない愛のこと

2015-10-30 23:36:33 | さ行

「ホルテンさんのはじめての冒険」の
ベント・ハーメル監督の新作です。


「1001グラム ハカリしれない愛のこと」72点★★★★


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マリエ(アーネ・ダール・トルプ)は
ノルウェー国立計量研究所に勤める科学者。

彼女は生活の基準となる「計測」のエキスパートだが
人生はハカリどおりにはいかず

離婚し、殺風景な家で
一人でワイングラスを傾ける日々。

そんなとき同じ研究所に勤める
最愛の父が倒れてしまう。

父の代わりにパリでの重要なセミナーに
出席することになったマリエだが――?!


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映画の98パーセントは、
計量を仕事とするヒロイン・マリエの
四角四面で、味気なさそうで、無味乾燥な日々の描写が続く。

でも
最後の数パーセントで
温かみと有機的な雰囲気、人間味と、愛を添える。

これ、なかなかに粋なやり方だと思う。


「ホルテンさん~」も、定年退職の日に初めて遅刻する
マジメな鉄道員の話だったけど

この監督は、勤勉さを必要とするような職業と
そこで働く人の特性に
よほど興味があるのかもしれない。


日々の積み重ねの大切さ、マジメさをリスペクトし、
尊重しているからこそ
ときにそこから逸脱して得られるものの
輝きが増すんだと思うんです。


マリエが愛用しているちっちゃな電気自動車が
パリでの出来事のキーとなる設定も
1001グラムの意味がわかるシーンもよかったけど

ノルウェー国立計量研究所の
壁と壁に挟まれた狭~い「一服スペース」で
いつも一服してるマリエが

ある体験から、人生を吹っ切り
そのとき、夜空の星を見上げるシーンが
最高にいいな!と思いました。


★10/31(土)からBunkamura ル・シネマほか全国順次公開。

「1001グラム ハカリしれない愛のこと」公式サイト
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わたしの名前は・・・

2015-10-28 23:37:35 | わ行

これは、予想を超えてきた!


「わたしの名前は・・・」78点★★★★


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12歳の少女セリーヌ(ルー=レリア・デュメールリアック)は
幼い弟や妹の面倒を見るしっかり者。

だが、仕事のない父(ジャック・ポナフェ)は
彼女を二階に呼び、あることをさせる。
働きづめの母(シルヴィー・テステュー)は、そのことを知らない。

ある日、セリーヌは
こっそりトラックに忍び込み、家出を計る。

セリーヌを見つけた
トラック運転手(ダグラス・ゴードン)の反応は――?!


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あのアニエスベーが
本名のアニエス・トゥルブレとして監督した作品。

オシャレ映画?と思ってると
脇腹にドカンと重いパンチを喰らいます。

8ミリ映像やコマ飛ばしなど
センスのいい仕掛けは多々あるけれど

芯がえらくしっかりしているので
ストーリーものとして、魅了されるんですね。


家出した12歳の少女と
何も聞かずに、彼女をいるままにさせてやる
屈強そうなスコットランド人のトラック運転手。

言葉も通じない二人が
次第に心通じ合わせていく過程の描写も
とても繊細で、見事。


例えば
トラック運転手がカフェで女性に声をかけて
ちょっといい雰囲気になったとき
少女が微妙なジェラシーを見せるシーン。

少女が紙のランチョンマットに悪口を落書きして
それを
さりげなく腕で隠すとか、

「うわ」と、ハッとさせられて
忘れられません。


二人の関係は、とても自然でやさしく、ホッとするものだけど
それが決して長く続かないことは
誰もがわかっている。

少女がなぜ家を出たかには
重く暗い理由があるし、

どんな理由があろうとも
世間は「少女を連れ回した」男の犯罪としか
見ないから。

やるせなさは残るけど
彼は少女にとって真の聖人、天使だったのだろうと
思えます。

そして、この少女が
アニエスベー自身の体験を重ねていると知ったとき

あらためて、それを作品にこう昇華するのか!
才能とセンスに、敬服した次第です。


★10/31(土)から渋谷アップリンク、角川シネマ有楽町ほか全国順次公開。

「わたしの名前は・・・」公式サイト
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氷の花火 山口小夜子

2015-10-27 23:40:37 | か行

これは
「見たいものを、ちゃんと見せてもらえた!」
というドキュメンタリー。

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「氷の花火 山口小夜子」72点★★★★


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1970年代にパリコレに舞い降り、
「東洋のミューズ」として脚光を浴び
その後、舞踏やパフォーマンスにも活動を広げ、

2007年に57歳で亡くなった
モデル・山口小夜子さんのドキュメンタリー映画。


1970年代、おかっぱで和風一重目の女の子は
多くが
「小夜子さんみたいね」と言われたのではなかろうか。

そして、当時はまだそのことを
当事者がそんなに嬉しいと感じなかった時代でもあった。

でも振り返ると、この方は
本当に美しく凄い人だと、改めて思います。


監督は小夜子さんの仕事仲間だった松本貴子氏で、
実にさまざまな人に取材してる。


東京都現代美術館での
「山口小夜子 未来を着る人」展を見ていたこともあり
その歴史には重なる部分もあったけど
映画ならではのおもしろさもたくさんあった。

特に少女時代を知る方が語る
エピソードが面白かったですねえ。

あと、クライマックスでの
小夜子さんを再現するようなコンセプトでの
撮影の風景もいい。

丸山敬太氏の最後の涙にうるっときました。

映画を見て、心の底から
こんなふうにスッと美しく生きて、去っていきたいと
本当に思った次第。


おなじみ『週刊朝日』(今週発売11/6号)の「ツウの一見」で
映画にも登場されている
資生堂のヘア・メーキャップアーティスト
富川栄さんにお話を伺いまして

光栄!かつ、とても興味深かったのです。

誌面にも載っていますが、ワシが一番気になったことは
映画の冒頭で、没後8年を経て、
小夜子さんの遺品が開封&公開される様子が映されていること。

展覧会用の公開だったようですが

でもね
先の
「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」でも感じたのだけど
死後に自分の段ボールを空けられるのなんて
自分だったら、絶対にイヤ!なんですよ。
(全っ然、立場違うだろワレ。笑)

実際、小夜子さんを知っていた監督や富川さんは
このことをどう思ったのか、ということを
ワシはすごく聞きたかったのです。

で、聞いてみたところ
富川さんはおっしゃってました。

「遺品はすべて『幼少期に見た本』『少女時代に影響を受けたもの』など
きっちりファイルされて、きちんと分類されていた。
たぶん、小夜子さんは生前から、自分の展覧会を考えていたのだろう、と思った」と。

小夜子さんを知る方々が、みんなそういう思いで
映画や展覧会のために動いたんだと知って
なんだか、心が解放された気になりました。

よかった~。


★10/31(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

「氷の花火 山口小夜子」公式サイト
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裁かれるは善人のみ

2015-10-26 23:59:58 | さ行

風景はめっさ印象的だったんですが。


「裁かれるは善人のみ」54点★★★


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ロシア北部の入江の町に住む
自動車修理工コーリャ(アレクセイ・セレブリャコフ)は

若い妻(エレナ・リャドワ)と
前妻との10代の息子と暮らしている。

だが強欲な市長(ロマン・マディアノフ)が
再開発のため
コーリャの土地を狙う。

コーリャは対抗すべく
モスクワから友人の弁護士を呼び寄せるのだが―-?!


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1964年、ロシア生まれで
「父、帰る」「エレナの惑い」の
アンドレイ・ズビャギンチェフ監督作。

ゴールデングローブ賞外国語映画賞やカンヌ国際映画祭脚本賞など
受賞多数の話題作。
140分です。

しかし
なんだろう、もっと圧倒的な絶望とか、
壮絶な喪失とかを想像して
肩に力を入れすぎたのかもしれない。

トマス・ヴィンターベア監督とか
ダルデンヌ兄弟系のテーマかなと思ったけど
もっと違う、別の系譜ですね。


主人公はまじめな小市民コーリャ。

彼を愛着ある家から追い出し、
再開発をしようともくろんでいる市長。

悪徳市長に対抗すべく
コーリャはモスクワから友人の弁護士を呼ぶんだけど

その弁護士が違う方面で“仕事”をしちゃったり
「え?社会派ストーリーじゃないのか?」と
ちょっと拍子抜けしたり(苦笑)

深刻でヘビーな話かと思ったら
不思議にのほん、とした空気もあったり。


そう、万事において
どこか「そういうこと」と、
諦めているような感じがあるというか。
すごく不思議だ。

シビアな状況でもウォッカをあおり
どんどんグデングデンになっていく男女を見ながら
「これは……こういうもんなの?」みたいな(苦笑)

これはロシアの空気なのでしょうか。

そういや
「父、帰る」も印象的だけど、不思議なリズムだったか。
監督の持ち味なのか。


話のつながりも
ワシにはちょっと読み取りにくかったんですよね。


舞台となる入江の町を囲む海や
鯨だろうか、巨大な骨がぽつんと置き去りにされた浜辺など
壮大で、印象的なんですけどね。


★10/31(土)から新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

「裁かれるは善人のみ」公式サイト
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アクトレス ~女たちの舞台~

2015-10-21 19:28:19 | あ行

素晴らしい!
映画と、女優に拍手したい。


「アクトレス ~女たちの舞台~」80点★★★★


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大女優マリア(ジュリエット・ビノシュ)は
有能なマネージャー、ヴァレンティン(クリステン・スチュワート)を伴って
ある授賞式のため
スイスのチューリッヒに向かっている。

マリアには、いま
自身の出世作である舞台のリメイク版への
出演オファーがきている。

だが、かつて自分が演じた役は
若い女優ジョアン(クロエ・グレース・モレッツ)が
演じることになっていた。

オファーを受けるかどうか悩むマリアだったが――。


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「夏時間の庭」(08年)オリヴィエ・アサイヤス監督作品。

女優と若いマネージャー、そして若い女優という
女3人が絡むドラマなんですが

いやいや、全然ドロドロじゃなく、でもリアルで深くて
ガチでおもしろい。


役者が“役者”を演じる映画って
よく役と自分自身が混じったリ、虚構と現実があいまいになったり……とか
混迷方向に行きがちじゃないすか?
(特に男性主人公ものに多い気が……。苦笑

この映画にはそういうことがないんですねえ。
終始、生身な“女優”がそこにいる感じで、
ひとときも現実から離れない。

ゆえに、女優業の大変さを、
ここまでリアルに痛感したのも初めてだなと。


かつて一世を風靡した大女優マリア(ジュリエット・ビノシュ)と
有能な若いマネージャー(クリステン・スチュワート)。

そしてマリアは昔の自分の当たり役を、
若い女優(クロエ・グレース・モレッツ)
取って代わられようとしている。


でもここに描かれるのは
若さへの嫉妬とか、過去の栄光への郷愁とか
そんな単純なものじゃあない。

もっとでかいもの
人間が向き合わねばならない自分自身や、
一人で立つ勇気、孤独を感じさせるというのかな。

大女優だって、マネージャーだって、いろいろ悩むんだけど
それに向き合う覚悟がにじみ出ているというか。
とにかく、この女性たちは
甘くなくってカッコいいんですわ。

特に
ビノシュとクリステン・スチュワートの関係は
尊敬と対等のバランスをうまく取っていて
サバサバと潔く、
見ていて気持ちがよかった。


感情や余韻を引きずらず
暗転でパスッと次に行く、場面転換も効いている。

唯一、合間に挿入されるアルプスの美景が
感傷を一手に引き受けているような。


しかし
「アリスのままで」でもうまいと思ったけど
クリステン・スチュワートって
本物ですよ、ホント。
特に、年上女性との演技合戦で輝くタイプなのかもね。


10/24(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国で公開。

「アクトレス ~女たちの舞台~」公式サイト
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