ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

私は確信する

2021-02-12 01:37:00 | わ行

見ごたえ120%!

 

「私は確信する」78点★★★★

 

*************************************

 

2000年2月27日。

フランス南西部トゥールーズで

38歳の女性スザンヌ・ヴィギエが忽然と姿を消した。

 

スザンヌの夫で、3人の子の父であるジャック(ローラン・リュカ)に

殺人の容疑がかけられるが

スザンヌの遺体は見つからず、事件かどうかもわからない。

 

ジャックは証拠不十分で釈放されるが

マスコミはジャックが映画マニアだったことから

「ヒッチコック狂による完全犯罪!」と無責任にセンセーショナルに

事件を書き立てた。

 

そして9年後の2009年。

ようやくジャックの裁判が始まる。

 

ジャック一家と関わりのある

シングルマザーのノラ(マリーナ・フォイス)は

ジャックの弁護士(オリヴィエ・グルメ)から

事件に関わる膨大な通話記録を調べるよう依頼される。

 

その記録を聞くうちにノラは

スザンヌの愛人だった男の、不審な通話記録に気づくのだが――?!

 

*************************************

 

フランスで現実に起こった事件をもとに

限りなく事実に近く、

しかしあえてフィクションで描かれた作品です。

 

過剰にドラマな描写など一切なく、骨太で

それでもまったく退屈させないのが

スゴイ。

 

2000年に、遺体なきまま、

妻殺しの犯人にされた夫ジャック。

 

すぐに証拠不十分で釈放されるんですが

2009年にようやく裁判がはじまり(裁判まで、長っ!

そこで有罪になる確立が高まってしまう。

 

フランスでは裁判まで長い時間がかかることは

ままあるらしいんですが

それにしても、この裁判は特殊だったと

監督も言ってました。

 

で、ここで

一家と縁があるヒロイン・ノラが登場。

彼女の存在はフィクションなのですが

それこそが、この映画のキモなんですね。

 

で、ノラはジャックの弁護士デュポン=モレッティからの依頼で

関係者の膨大な電話の通話記録データを聞き起こすことになる。

 

そのうちに、ノラは

妻スザンヌの愛人だった男の怪しい通話記録に気づき

「ジャックは無罪だ!」と独自の捜査をしていく――

という展開。

 

血痕の謎、消えた電話帳や鍵など

ミステリー展開のハラハラ

さらに裁判の行方のドキドキも

存分にあるのですが

 

この映画のミソは

このノラの無償の奔走にある。

 

シングルマザーのノラは

息子との時間や、ついには仕事まで失いながら

「ジャックは無罪だ!」「真犯人は愛人だった男よ!」という確証を得て

そのことを証明せんと、突っ走るんですね。

 

彼女がいなければ、ジャックは有罪だったかもしれないし

観客も完全にノラの正義に引っ張られ

「それいけ!」となる。

 

のですが、ここが妙というか、おもしろいというか

意外なことに

監督は彼女の正義を、賛美するようなことをしないんです。

 

「ジャックは無実よ!これが証拠よ!」と

息巻くノラを

デュポン=モレッティ弁護士は、すごーく冷静に、突き放す。

 

我々観客も「え?」「ええ?もっと褒めてよ!」と思うほどの冷淡さなのですが

でも、そこに監督の意図があるのだと思うのです。

 

自らを正義と信じ、突っ走るノラの姿は

そのまま

ジャックを有罪だとする検察側(警視)や

彼を有罪と決めつけて騒ぎ立てた

マスコミの合わせ鏡にもなっている。

 

結局、人間は自分が見たい、と思うものを信じてしまう生き物なのだ、ということ。

その危うさを、

監督は示しているのだと思うのです。

 

ノラを演じるマリーナ・フォイスの熱演も素晴らしいし

実在するデュポン=モレッティ弁護士役オリヴィエ・グルメの名演も、さすがの迫力。

(ダルンデンヌ兄弟監督作品常連の、あの方です)

 

それに「ヒッチコックマニア」だというジャックに絡めて

映画ネタがちょこちょこ出てくるものおもしろい。

裁判官が裁判の冒頭でジャックに

「この(遺体なき殺人)事件のシチュエーションはどのヒッチコック作品だろうねえ?」

と聞き、

ジャックが「バルカン超特急」と答え、裁判官が

「『間違えられた男』もあるよね」とか応じるシーン。

思わず「え? 裁判でそんな話するの?」と思うんですが

実際に裁判を傍聴していた監督によると

ホントにあったことなんだそうです。

 

そのへんのお話、

「AERA」の「いま観るシネマ」で

監督にインタビューしております。

AERAdot.でも読めますので

ぜひ映画と併せてご一読いただければ!

 

★2/12(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

「私は確信する」公式サイト

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わたしの叔父さん

2021-01-29 23:54:30 | わ行

なんでこんなに沁みるのか~♪(演歌調で)w

 

「わたしの叔父さん」80点★★★★

 

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デンマーク、ユトランド半島。

 

27歳のクリス(イェデ・スナゴー)は

叔父さん(ペーダ・ハンセン・テューセン)と暮らしている。

 

昔ながらの酪農を営む二人の日常は

淡々と、静かで、でもなんだか満たされるものだった。

 

だが、クリスはある出来事から

獣医師になる夢を諦めてもいた。

 

そんな事情を知る近所の獣医師が

クリスを助手に誘う。

かつて抱いていた夢を思い出したクリスの心に

さざ波が立ち始める――。

 

************************************

 

2019年東京国際映画祭グランプリ作品。

 

すごく、いいです。

 

冒頭から何のセリフもなく、黙々と

叔父さんとヒロイン・クリスの暮らしぶりが描かれる。

朝起きて、叔父さんの身支度を手伝い、朝食を食べ

(朝食の食卓で、マフィンを半分にして焼くトースターがかわいい。笑)

牛舎で仕事をして、夜にはカードゲームをして、寝る。

 

そんな暮らしぶりを観ているだけで

なんだか、楽しい。

 

なんのセリフもなくても自然な

二人の空気感が、心地いいのですが

実は、このヒロインと叔父さん、実の叔父と姪なんだそうで、びっくり!

 

で、そんな無言のなかで

しばらくして出てくる最初のセリフが

スーパーで叔父さんが言う「ヌテラ」だったりするのが

めちゃくちゃ笑えたりする。

 

とにかく所々に小さなユーモアがあるのがいいんですね。

 

しかし、そんななかで

次第にヒロイン・クリスの不幸な事情が明らかになっていく。

クリスはそれによって、獣医になる夢を諦めていたんですね。

 

平穏な日々のなかで、

ときにどうしようもない憤りを、叔父にぶつけるクリス。

でも、日々の穏やかなルーティンが、自然にそれを巻き込み、沈殿させていく。

それは積もる澱かもしれないが、かき回さなければ平穏だ。

 

かき回す要素は

獣医師への諦め切れない夢であり、

地元で出会った青年だったり。

 

夢を追うか、家族を選ぶか。都会に出るか、地元に残るか。

誰もがぶつかり、悩む問題が、立ち現れるんですね。

 

まあ、まずは観ていただき

さまざまに思っていただきたいのですが

 

ワシが感じたのは

常に前に進むこと、変化してゆくことだけが、人生の必須ではない、ってこと。

どうにもならなくても、人生は続いていく。

何かに縛られていると感じたり、

失われた時間を過ごしたように思えても

振り返ればいつの日かそこに至福があったと、人は気付くのかもしれない。

 

そんなことを、思いました。

 

親の介護が避けられない現状となってきたワシら世代には

特に響くかもしれない。

 

ラストもすごく好きですねえ。

 

おなじみ「AERA」の「いま観るシネマ」で

フラレ・ピーダセン監督にインタビューしております。

AEARdot.でも読めますので、ぜひご一読くださいませ。

 

そして、昨年末から『音楽の友』さまでも

映画欄の連載をさせていただいており

そちらでも本作、紹介しております。

お目に触れる機会がありましたら、ぜひ!

 

 

そしてそして、劇場用パンフレットでも

監督インタビューをさせていただいてます。

映画と併せて、ぜひお楽しみくださいませ~。

 

★1/29(金)からYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

「わたしの叔父さん」公式サイト

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私をくいとめて

2020-12-19 00:01:55 | わ行

綿谷りさ原作×大九明子監督。

「勝手にふるえてろ」タッグ再び。

 

「私をくいとめて」71点★★★★

 

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黒田みつ子(のん)、

都内でおひとりさまライフを謳歌する31歳。

 

休日ともなれば、ひとりで話題のスポットに行ったり

ひとり焼き肉を楽しんだり。

 

彼女には脳内に相談役の「A」がいて

彼と会話しながら、楽しく不自由なく暮らしているのだ。

 

が、そんなみつ子に、最近気になる人が。

それは会社に営業にくる、年下男子・多田くん(林遣都)。  

 

彼もこっちを気にしてるよね?まんざらでもなくない?

いやいや。年下だし、カノジョいるでしょ、ないわー、いや、意外とある???

 

――と、脳内会話も暴走気味のみつ子は

果たしてどうする――?!

 

************************************

 

小気味よく走る会話に

これがいまの30歳おひとりさま女子の最前線かあ――と

興味深く拝見いたしました。

 

 

脳内キャラと会話し、楽しげにおひとり様ライフを送る

黒田みつ子(31)。

 

「すっげーつまんねえ自分」の日々を

ひとりで立つ自由さと、行動力をもって

ワクワク&キラキラにしようとしてる様子は

 

50になったワシからみても

共感できるし、カワイイ。

 

20年の差を超えて

ああ、やってること変わんないなーという感じもあるんだけど

 

反面、

根底にある世代的なあきらめ感とか、

我々の世代より、さらにめちゃくちゃ将来を不安視してるんだろうな――という

たしかな感覚もあって、ちょっと切なかったり。

 

それにね

脳内にいる妄想キャラとの対話とか

やってることが「おらおらでひとりいぐも」のおひとりさま、75歳・桃子さんと同じじゃん?

ってところが、妙におもしろかったり

いろいろ感じ入るものがありました。

 

主演のん氏もとても良く、

イタリアに嫁いだ親友役の橋本愛氏とのやりとりは

やっぱり「あまちゃん」を思い出させて

なんだかホロリするし

 

それに

デキるキャリア女史役、片桐はいり氏が

やばいほど、ナチュラルにリアルなんですよ。

うっ、なんだか自分っぽい・・・(笑)っていうか。

 

あと、脳内の「A」の声は

「劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き あるがままに、水と大地のネコ家族」(2021年1月8日公開)

試写で観ていたので

すーぐに「あ!」とわかりました(笑)

 

★12/18(金)から公開中。

「私をくいとめて」公式サイト

コメント (3)
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わたしは金正男を殺してない

2020-10-11 17:03:03 | わ行

このお二人、憶えてますよね?

 

******************************

 

「わたしは金正男を殺してない」71点★★★★

 

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2017年2月13日、マレーシア・クアラルンプール空港で

白昼堂々、顔に猛毒のVXを塗られて殺された

北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)の異母兄である

金正男(キム・ジョンナム)。

 

ロビーに入ってきた彼が、医務室に行くまでの一部始終が

監視カメラに写っていたこと、

さらに実行犯として逮捕されたのが二人の女性だったことなどで

あまりの堂々たる暗殺っぷりに、衝撃が走ったものです。

 

あれから3年。

あの事件は、逮捕されたあの二人はどうなった?のその後を追う

ドキュメンタリーです。

 

あの事件は日本でも大きく報道されたし

実行させた北朝鮮の男たちがすぐに出国し、とんずらしたことも知ってた。

彼女たちだけの犯罪でないだろうとは、みんな思っていたと思う。

しかし彼女たちが何も知らなかったとは、当時は信じがたく

逮捕後、彼女たちが

「日本のやらせ(ドッキリ)番組だと聞かされていた」と供述し、

「んなバカな!」「すげえ言い訳」と、正直、思ってました。

日本の名前が出たことに、拒否反応もあったのかもと思う。

 

で、その後、どうなったかはまったく知らなかった。

本作を観る前も、「殺してない?」と、やや懐疑的でした。

 

さて、真実は?――をぜひ観ていただきたいのですが

ここでは、結論を言ってしまってもよいかなと思う。

 

事件で逮捕されたのは

インドネシア人のシティ・アイシャと

ベトナム人のドアン・ティ・フォン。

 

映画では二人の弁護団やジャーナリストたちが

監視カメラや、二人がSNSに残してきた足跡、

あらゆる証拠を集め、

さらに田舎から都会に働きにきていた彼女たちの苦境や

これまでの人生をもつまびらかにしていく。

 

さらに、金正恩(キム・ジョンウン)と金正男(キム・ジョンナム)の間になにがあったのか、

どういう関係だったのか――なども、専門家が教えてくれる。

 

そして、

彼女たちが「何も知らずにやらされていた」ことを明らかにしていくんです。

 

しかし、そのことが自明となっても

マレーシアという国と北朝鮮の関係や利権、政治的判断などが絡み

裁判所でも

「彼女たちを死刑にしてしまった方が、都合がいい」という空気が満々なんですよ。

 

弱い立場の女性2人が、利用され、スケープゴートになり、

本当に死刑になるかもしれない――

実に恐ろしい話です。

 

しかし考えてみれば

あれだけの事件も、すっかり忘れ、

この二人のこともすっかり忘れていた

ワシも、その片棒を担いでいたんじゃないか?

 

どんなに衝撃的なニュースも、あっという間に消費し、

関心を失ってしまう。

そんな我々こそが、刃を手にしているのではないか?

そのことが真に恐ろしく、

反省をするのであります。

 

そんななかで、真実を追い続ける

心ある弁護士やジャーナリスト、ドキュメンタリストには

リスペクトしかありません。

 

彼女たちがどうなったかを、ぜひ直視していただきたいと思います。

 

★10/10(土)シアターイメージフォーラム、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。

「わたしは金正男を殺してない」公式サイト

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ワイン・コーリング

2019-11-04 16:11:02 | わ行

こちらは南仏で自然派ワインを造る醸造家たちのドキュメンタリー。

これまた、個性的なのだ!

 

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「ワイン・コーリング」70点★★★★

 

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「ジョージア、ワインが生まれるところ」(19年)とともに

「映画で旅する自然派ワイン」の特集上映で公開中の本作。

南仏ルーション地方で自然派ワインを造る生産者たちのドキュメンタリーです。

 

ジョージアワインから続けてみると、

まずロックミュージック&ゴリゴリにカットを刻んでくる

ハードなオープニングにビビる(笑)

 

同じ自然派ワイン括りでも

これほど味わいが異なるとは!

 

でも、進んでいくと、なるほど~と思う。

彼らはちょっとヒッピーなんだなあ

自然派、というポリシーのもとで

いわばコミューンを形成している人々なのだ。

 

彼らの造る自然派ワインは、

認証機関の規定に基づいて造られる「ビオワイン」ともまた違っていて

超我が道なやり方を貫いている。

 

農薬や化学肥料NOはもちろんのこと

添加物もナシ、ある人なんか機械も拒否し、馬で畑を耕したりもしていて

とにかく「自然のまま」がモットー。

 

注目はされているけれど、

まだまだ、かなりの少数派なんですね。

 

そんな彼らが、いかに闘い、相互互助によって成り立っているかが

この映画からよくわかります。

 

そして

「自然のまま」は当然ながら「放っとけばいい」とは違う。

 

ケミカルは使わないけど、そのぶん

めちゃくちゃ科学的に成分を分析したり、気象変化を読んだり

最先端のアプローチもあるんです。

 

そこのところも、実におもしろかったなあ。

 

研鑽を怠らず、ワインに全身全霊の

反骨者たちって感じ。

 

こちらのワインも希少ですが

試飲会でいただいたものは、どれも個性的で超おいしかった!

ぜひ機会あればお試しください~

映画に登場する生産者のワインがあるのはこちら。

オルヴォー

 

★11/1(金)から

「ワイン・コーリング」公式サイト

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