ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

林檎とポラロイド

2022-03-12 16:48:59 | ら行

いまの時代の空気にあまりにハマる。

 

「林檎とポラロイド」76点★★★★

 

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ある朝、男は部屋を出て、花束を買い、

バスに乗った。

そのまま眠ってしまったのか、夜、バスの中で目覚めると

彼は記憶を失っていた。

 

病院に運ばれた男は医師から

最近、蔓延している「突然記憶を失う病」だと告げられる。

何の兆候もなく発症し、記憶が戻るケースはゼロ。

 

多くの患者には家族が迎えに来るが、

男のもとには誰も来ない。

 

そして男は医師に勧められ、あるプログラムに参加することになる。

 

毎日カセットテープに吹き込まれたミッションをこなし

ポラロイド写真を撮り、人生を再構築していこう!というもの。

 

「自転車に乗る」「仮想パーティーで友達を作る」

それらを淡々とこなすうち、男はあることに気づき――?

 

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あのヨルゴス・ランティモス監督や

リチャード・リンクレイター監督の助監督を務めた

ギリシャ生まれ、クリストス・ニク監督のデビュー作です。

 

うん、好きな感じ。

蔓延する謎の病い、漠然とした不安、

もの哀しさと孤独さと、可笑しみ――

まるでパンデミック禍を予見したようで

いまの空気にあまりにハマる。

 

ほの暗いトーンながら、映画に悲壮さはなく

「新しい自分になるプログラム」に沿って

黙々とおかしなミッションをこなしていく主人公と

そこに生まれるシュールなユーモアに

プッと笑ってしまうんです。

 

「自転車に乗る」とかはわかるけど

なんで「仮装パーティー」?(苦笑)とか

課されるミッションがとにかく珍妙で

でも主人公は大まじめ。

 

「ストリップクラブで踊り子と写真を撮る」ときには

体をくねくねさせる踊り子に

「すみません、じっとして・・・・・・」(写真が撮れない!)とか(笑)。

 

さらにふと気づくと、街角で

自転車に乗って自撮りしている人がいる。

ははあ、同じプログラムを「時間差」でやらされている患者がいるわけですね(笑)

 

まあ、これが映画の重要なキーになっていくんですが

 

映画を覆う

ほの哀しさの理由が明らかになったとき

人にとって記憶とは、喪失とは?を考えさせられる。

それが深くて、沁みました。

 

ネタバレは避けますが

どこで「気づいたか」は、ちょっとワシ遅かった。

リンゴを買うのをやめたときかな――と思ったけど

実は番地のあたりから、のようですね。

 

★3/11(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

「林檎とポラロイド」公式サイト

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リトル・ガール

2021-11-20 14:17:03 | ら行

あまりに重要で、やさしいドキュメンタリー。

 

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「リトル・ガール」75点★★★★

 

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フランス北部、エーヌ県に暮らす

7歳のサシャを

セバスチャン・フリッツ監督が追ったドキュメンタリーです。

 

といっても最初、しばらくはドキュメンタリーと思わずに観てた。

サシャがあまりに可愛らしくて

絵になりすぎたから(笑)

 

サシャは生まれたときの性別は男性だけど

2歳過ぎから「自分は女の子」と訴えてきた。

 

両親も、きょうだいもそれを受け入れてるけど

でもサシャは学校にスカートをはいて行くことは許されない。

バレエスクールでも、チュチュを着ることが許されず

それを着てキラキラする女の子たちを、じっと見ている。 

 

そんなサシャを見ていると、私たちもたまらなくなってしまう。

両親はなんとかサシャを理解してもらおうと

いろいろ手を尽くしているんだけど

学校も全然、理解してくれない。

 

寛容そうなフランスでも、ちょっと地方に行けば

そこはかくも保守的で無理解な社会なのだ、ということにまず驚かされました。

 

そんななか両親とサシャはパリの小児精神科で医師と出会い、

ようやく理解してもらえるんです。

 

自分を理解してくれる第三者と出会った瞬間に

大きな瞳にうるうると涙を溜めてゆくサシャ。

「ああ、安心したんだね・・・!」と抱きしめたくなる。

 

家族の支えや団結は完璧だけれど、

やっぱり社会で受け入れられない状況の苦しみが

決して多弁ではない、この7歳の少女に積もっていたのだ――とわかって

胸が締め付けられます。

 

そして両親とサシャは学校や社会に対して

なんとか理解をしてもらおうと、動き出す――という展開。

 

 

愛らしいサシャと、家族の道のりには

「性別違和」という概念を知る大事さが含まれている。

 

映画を観るだけでも、多くの学びがありますが

プレス資料にあった(おそらくパンフレットにもあると思います)

佐々木掌子さん(明治大学文学部心理社会学科臨床心理学専攻准教授)の解説が

ものすごく勉強になった。

 

子ども時代に性別違和があっても

必ずしもトランスジェンダーにならず、

8割は成長とともに違和感が消えてしまうのだそう。

 

そしてそのうちの約7割が

ゲイかバイセクシャルの性的指向を持つといわれているそうなんです。

 

以前、EduAで松岡宗嗣さんにインタビューさせていただいたとき

彼が話していた

「子ども時代の性の揺らぎ」について、より深く理解できた。

 

子どもが「性別違和」を訴えたとき、例えば親が「そう、あなたは女の子なのね」

と受け入れて、しかしそうだと決めつけてしまうと

今度は本人が「ん?やっぱり男の子かも」と感じても言い出せない、という状況が

起こったりするわけですね。

 

まだまだ知らないことがあるなあと、思いつつ

同時に

すべてを深く知らずとも、

例えば制服のスカートを選ぶかズボンを選ぶかなんて、好きなほうでいいじゃん、と

そんな「なんでもないこと」に苦労する、なんて状況は

変わるべきでしょう。

 

 

人のこころも、性もグラデーション。

なによりシンプルに目の前にいる誰かを

そのままで受け入れることが、一番大事だよなあと

愛らしいサシャと、やさしい家族を見ながら思う。

誰もがそんなふうに感じ、生きられる社会を願わずにいられません。

 

★11/19(金)から新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。

「リトル・ガール」公式サイト

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リル・バック ストリートから世界へ

2021-08-24 03:42:10 | ら行

メンフェスの路上から

世界的ダンサーになった青年のドキュメンタリー。

 

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「リル・バック ストリートから世界へ」71点★★★★

 

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テネシー州メンフェスのストリートから

世界に轟くダンサーになった青年リル・バックのドキュメンタリー。

 

というと、一人のダンサーの立身出世物語――と思いそうですが

それだけでなく

周辺のダンサーや若者たちも紹介しながら

メンフェスという時代に置き去りにされた

「街」の物語になっている点が特徴的です。

 

 

まずは1981年に創業し、

地域の一大レジャースポットとなった

ローラースケートパーク「クリスタルパレス」

が紹介される。

 

名前も建物も”ザ・80年代”な雰囲気がたまらん!なここが

地元の若者にとって

どれほど大事な存在だったか、が描かれる。

 

そこから新たなストリートダンスのスタイル

”ジューキン”が生まれた。

 

犯罪多発するメンフェスでは

ギャングを親代わりに慕い、同じ道に進んでしまう若者も多いなか

一部が

ダンスに自分を見出していく。

 

そのうちの一人が

リル・バックなんですね。

 

義父からの虐待や辛い毎日を生き延びていた彼は

ダンスに出会い、

ひたすらに技を極めていく。

 

「行き止まりの世界に生まれて」(18年)のように

仲間内で撮ってるホームビデオにリル・バックが映っていて

大勢のなかで、あきらかにハッとさせるダンスを見せる様子なども

興味深いのです。

 

そしてなにより

ワルな友人とつるむことを回避しようと

決して余裕のない家庭ながらも

母親がリル・バックをアート・パフォーマンス・スクールに

転校させたことが、運命の分かれ道だったんですねえ。

 

そこでクラシックバレエを学び、ストリートダンスとそれを組み合わせ

彼は才能を開花させる。

 

そのダンスが、ヨーヨー・マに見出され、

彼とのコラボをスパイク・ジョーンズ監督が撮影し、YouTubeにアップ。

300万ビューを超え、

やがて

ナタリー・ポートマンの旦那でもある

バンジャマン・ミルピエに見出され、

 

ルイ・ヴィトンとコラボするなど

世界的な注目を得てゆくんです。

本作の監督もバンジャマン・ミルピエのドキュメンタリーを撮っていて

彼と出会ったそう。

 

彼のサクセスには

多数のなかで、自分にしかない「特性」をいかに見出すか

いかに努力し、いかにチャンスを逃さず、成功を手にするか――が

詰まっていて、勉強になる。

 

さらに、いま彼はストリートの若い世代に

ダンスを教える社会的役割を担っているんですね。エライ!

 

薬や犯罪に走ってきた上の世代と決別する道を

次世代に示すその姿に光あれ! と感じます。

 

と、基本、いい映画なのですが

 

ストレートにリル・バックだけに焦点を当てなかったつくりは

意欲的で、意図もよくわかる反面、

若干、散漫になってしまった感もある。

 

リル・バックのファッションや見た目も

けっこうコロコロ変化するので

いま映ってるのは誰なのか、

後半まで一瞬で見分けがつかなかったりするので

(単にワシの識別能力の低さか。苦笑)

 

それでも、挑戦はすばらしいことです。ホントに。

 

★8/20(金)からヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開。

「リル・バック ストリートから世界へ」公式サイト

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レリック-遺物-

2021-08-15 00:04:41 | ら行

怖くてもホラーはね、

新感覚を持ってくるので、はずせないんですよ。

 

「レリック-遺物-」69点★★★★

 

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森のなかの一軒家で一人暮らしをしている

老女エドナ(ロビン・ネヴィン)。

だが「彼女の姿が見えなくなった」という知らせがあり

 

娘のケイ(エミリー・モーティマー)と孫のサム(ベラ・ヒースコート)が

久々にエドナの家を訪れる。

 

部屋の中には至る所にメモが貼ってあり

もういない犬のごはんが置いてあったりする。

 

どうやらエドナは認知症に苦しんでいたようだった。

 

ケイはしばらく前から

母が「家のなかに誰かがいる」と

電話で不安を訴えていたことを思い出す。

 

しかしいったいエドナはどこに

行ってしまったのか――。

 

愛する祖母を助けたいと

サムは母とエドナの家に泊まることにする。

 

しかし、そこには恐ろしい秘密があった――。

 

**********************************

 

オーストラリア出身の

ナタリー・エリカ・ジェームズ監督による

新感覚ホラー。

 

「マイ・ブックショップ」(17年)のエミリー・モーティマーが

娘ケイを演じ、

三世代にわたる女性の関係に

老いへの嫌悪や不安、忘れることへの不安などを染みこませていて

たしかに新しさがあります。

 

過激なギャッ!は控えめなので

ホラーが苦手な人にも、まずまずオススメできます。

 

まあ、祖母の家や森の中、

目の端に何かが「いる」感じが絶えずあり

ジクジクと怖いんですけどね(苦笑)

 

その怖さより

女同士こそのギクシャク、家族だからこその衝突やいらだちを、

うまく描いているなあと感じました。

 

仕事が忙しく、老いた母を一人にしていた娘ケイの呵責。

そして彼女自身もまた

自分の娘サムとうまくいかない。

「大学まで行かせたのに、なんでちゃんと仕事に就かないの?」的なチクチクを

ケイはついサムに言ってしまって、嫌われてるんだけど

 

たぶん、こういうギクシャクって

自分の母エドナと自分のあいだでも

起こっていたことなんでしょうね。

 

母と娘のあいだに起こりがちな

「こうあってほしい」の押しつけや、支配。

だからケイは家を出てから、エドナとも距離を取っていたのかという気もする。

しょせん、親子は似るもので

因果は巡ってくるものですから。

 

まあ、このへんは想像でもあるというか

そうそう、本題はホラーなのだった!(笑)

 

で、少し話を明かすと

エドナは結局、突然ふっと帰ってくるんですよ。

「おばあちゃん、どこに行ってたの?」と聞いても答えず

あきらかに、なにかに怯えている。

ケイとサムは、しばらくエドナの家で一緒に暮らすことになるんですが

エドナのおかしな行動や言動が

認知症によるものなのか?それとも心霊現象なのか?

わからないところを

うまくホラーにしているわけですね。

 

プレス資料のプロダクションノートによると

家の中が迷路になっていく描写は

認知症をわずらう人が「迷う」感覚のメタファーだそうで

うーん、それは気がつかなかった(ビクっててそこまで考えられなかった

 

最後の展開に「うーん?」と思う部分はなくはないですが

しかしラスト、娘が母の背中に「それ」を見つけるシーンにはゾクリ。

それは、順番に、確実に、やってくる――というね。

 

けっこう奥行きがあるホラーなのでした。

 

しかもこの話、

日本にルーツを持つ監督の体験に基づいているそう。

 

数年前、お母さんの故郷である日本を

久々に訪れたナタリー監督は

大好きだった祖母が認知症になっていた、というショックな経験から

物語を着想したそうです。

 

そういわれると、この映画

全体的に湿り気があるんですよね。

 

部屋の壁や人体にはびこる黒い異物も

どこかカビやシミ、あるいは墨のようにも見える。

 

これも日本的・・・なのかもしれません。

 

★8/13(金)からシネマート新宿ほか全国で公開。

「レリック-遺物-」公式サイト

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ライトハウス

2021-07-12 02:23:48 | ら行

ロバート・パティンソン×ウィレム・デフォーの

演技バトルが最高!

 

「ライトハウス」72点★★★★

 

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1890年代。

ニューイングランドの孤島に

二人の灯台守が赴任してくる。

 

長年、この仕事をしてきた

クセのある先輩トーマス(ウィレム・デフォー)と

今回が初めての若者イーフレイム(ロバート・パティンソン)。

 

孤島に二人っきりなのにも関わらず

そりが合わない二人は 

険悪なムード。

 

さらに嵐がやってきて

二人は完全に島に取り残され、孤立してしまう――。

 

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A24製作のスリラー。

 

サイレント映画やヒッチコックなど

さまざまな古典の匂いをまといつつも

斬新で

 

おっ!と驚かされました。

 

1983年生まれ、「ウィッチ」(15年)で評価された

ロバート・エガース監督は

1801年に実際に起きた事件にインスパイアされて

本作を創り上げたそう。

 

 

イギリスの孤島に赴任してきた二人の灯台守。

年かさで、ちょっとヤバい感じのウィレム・デフォーと

若いのにワケありっぽい

ロバート・パティンソン。

 

ただでさえ閉塞感ある状況に加え、

二人が全然歩み寄らず、不仲だという(失笑)

もうピリピリするなあ!!

 

 

で、さらに大嵐のために

島が完全に孤立してしまい

さらに極限状態に陥っていくんですね。

 

閉じ込められた二人の運命やいかに?!

 

モノクロームでコントラストのある映像は

ひどく陰鬱で、しかし美しく

 

常に不気味に鳴り響く「ボー、ボー」の音が

海鳴りなのか、警告音か、

終始、神経を逆なでしてくる。

 

そんななかで、次第に精神的に追い詰められていく二人。

現実なのか?幻覚なのか?

 

そんな「際(きわ)」が怖ろしい。

 

ウィレム・デフォーのヤバく深い演技は

「永遠の門 ゴッホの見た未来」(19年)でも十二分に味わっていましたが

ロバート・パティンソンの旨みは

「TENET テネット」(20年)後で、より確かになった感じ。

 

その二人の極限ギリギリな演技合戦が最高で

モノクロームの世界に白い火花が散るような

感覚を味わいました。

 

いやいや

ホラージャンルって

ホントに映画界に「新しい」ものをくれるから

目が離せないんだよね・・・怖いんだけどね・・

いや、これはそんなに「ギャー!!」って系じゃないんだけどね・・・

 

★7/8(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国で公開。

「ライトハウス」公式サイト

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