デザインという仕事は、相当に目的的な仕事である。目的的というのは、目の前に編集や制作すべき要素と画面がひろがり、建てるべき建築条件や敷地図が示されたりしている。そうした条件を咀嚼しながら、自らの力を発揮してデザイン実現を果たそうとする行為のことである。そういう仕事の進め方をするのは、普通の真面目なデザイナーである。
では普通でないデザイナーはどうするか。目的や条件を目の前にしながら、それとは全く関係ないことを発想している。本来の仕事とは関係ないことをもてあそんでいたら、別の方向に面白いイメージを発想した。それが使えるという仕事の目途はない。そういう非目的的な世界である。
本来デザインというのは、人間の発想や意識の所産なのだから非目的的行為なのだろう。あるいは一つのきっかけで全く違う世界に横滑りしてゆく行為といえるかもしれない。それが仕事に関係ない方向へゆくかもしれない。だがデザインそのものである。いやそれはアートというべきか。
先日所用で出かけた北白川別当町の喫茶店のテーブルに写った影をみながら、そんなことを考えていた。陽が差し込むと影は消えていった。イメージのあやうさだろうか。それがどうしたって!。別にどうもしないけどさ。
さて今日も午後から打ち合わせだ。休日出勤が続く。
京都市・北白川
OLYMPUS E-M1 M.ZUIKO DG 17mm/F1.8
ISO1600,露出補正-0.3,f1.8,1/80
では普通でないデザイナーはどうするか。目的や条件を目の前にしながら、それとは全く関係ないことを発想している。本来の仕事とは関係ないことをもてあそんでいたら、別の方向に面白いイメージを発想した。それが使えるという仕事の目途はない。そういう非目的的な世界である。
本来デザインというのは、人間の発想や意識の所産なのだから非目的的行為なのだろう。あるいは一つのきっかけで全く違う世界に横滑りしてゆく行為といえるかもしれない。それが仕事に関係ない方向へゆくかもしれない。だがデザインそのものである。いやそれはアートというべきか。
先日所用で出かけた北白川別当町の喫茶店のテーブルに写った影をみながら、そんなことを考えていた。陽が差し込むと影は消えていった。イメージのあやうさだろうか。それがどうしたって!。別にどうもしないけどさ。
さて今日も午後から打ち合わせだ。休日出勤が続く。
京都市・北白川
OLYMPUS E-M1 M.ZUIKO DG 17mm/F1.8
ISO1600,露出補正-0.3,f1.8,1/80