書道家Syuunの忘れ物

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中山成彬国土交通相辞任・異口同音の批判は、戦前の言論統制と同じ。

2008-09-29 22:26:33 | 新聞社説・正論・主張を読み解く

今日の新聞社説、放送共に中山成彬国土交通相の辞任に対する批判ばかりだった。しかも、どの言い方も異口同音という全く同じ口調。
文化放送の午前11時30分からの「寺島尚正ラジオパンチ」に出演したコメンテーター・経済ジャーナリスト荻原博子氏も、全く同じようだった。
特に日教組のことなどにも言及する当たり、その番組の体質を思い起こすところ。
しかし、最後に「戦前の言論統制」に行き着くというところまで話を持って行くなど、どう見ても倒錯している。
今言論統制しているのは、いわゆるマスコミ、新聞、そしてそれに荷担する左派言論人ではないか。

実は、一般人に聞いて見ると「あれはあれでよい」という意見も多い。
なぜなら、そう言う人物として閣僚にして色々言わせればよいのではないかという。
そして、そう言う意見を封殺するというのはマスコミなどによる言論統制になるのではないかと言うことだった。
本来、そう言う人物の言論に対して、「適切か適切でないかは」国民が判断することで、その様に何でも言わせて選挙をすればよいという意見もあった。

要するに、選挙になれば今まで「反日的な行動」を取っていた人物も「きれい事」を言って、国民を騙すのが許せない。
まして、絶対そんなことをしないのに「やるような公約」を掲げたり、「国民のために頑張ります」など心にもないことを言う。
彼らは当選したら国民のことなどこれっぽっちも思っていないというのは見え見えだ。その時は、国民は怒り心頭なのだが、実は諦めてしまっている。
だから、官公労の支援なら、国民のためでなく官公労のために国会議員になりますと言えば、話が分かりやすいというものだ。<wbr>

しかし、日本と言うところは「米軍占領を進駐」と言い換え、大東亜戦争をGHQが示した「太平洋戦争」に。敗戦記念日を終戦記念日‥‥‥

何でもこの様に言い換えるというのは、その実態を薄めるとはいうものの好ましくない。あのヒットラーのユダヤ人虐殺の時に、言葉の言い換えを散々した。
これは、その実態を誤魔化すものだったというのは、間違いないことだ。

何でもきれい事で、嘘も方便という国民を騙す選挙はこりごりだというものだ。


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