それだけに、美砂には大学で見るもの、聞くもの、全てが新鮮に映る。こんな生き生きとした世界があったとは知らなかった。
その意味で、美砂は札幌まで来てつとめたことを悔いていない。
(中略)
「北へ来たのは間違っていなかったわ」
(中略)
札幌には梅雨がない。その梅雨のない六月の街のあちこちに、ライラックの花が咲いている。ライラックは英名で、フランス語ではリラという。日本語名はムラサキハシドイと名付けられている。せっかく日本名があるのに、リラという言葉の方が似合うのは、この花が外国から移し植えられたせいなのかもしれない。
美砂のアパートから北大の低温科学研究所へ通う道にも、至る所にリラの花があふれている。美砂はこのリラの花の香りが気に入っている。パステルカラーの淡い紫色の花とともに、その香りも、どこか秘めやかで慎み深い。
美砂はその花の並木の横を通って研究所に入る。
(渡辺淳一「流氷への旅」より)
もうすぐ、リラの季節を迎えます。その慎み深い香りが、低温研で行われている研究に活力を与えてくれるかもしれません。待ち遠しいですね。