団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

★★英語は日本語と歴史を習得してから勉強すべき

2019年11月10日 | 素晴らしい日本語

  何時もの宮崎さんのメルマガは、ご本人の記事だけでなく書評や読者の声もレベルが高く何時も目から鱗ばかりです。

  今回の読者の声は英語教育について実際に海外で英語を操った体験をされた方々の声だけに貴重なものがあります。
  この部屋でも何度も書いていますが、今の日本の英語教育の可笑しさが浮き彫りになっています。

  特に、政治家で日本語もまともに習得せず、正しい国家観も歴史観も持たないものが英語を使う危険さに恐怖を覚えます。
  特に、宮崎さんが宮澤喜一を挙げているのに納得しました。歴史を知らない為にKoreaに付け込まれニセ慰安婦問題で日本を貶めた張本人でしょう。
  こんなのを総理に選んだ日本人の大きな失敗です。何と、その宮澤喜一の足元にも及ばないようなセクシー政治家を次期総理になんて言ってる日本人は同じ過ちを犯すのでしょうか。

  兎に角、この読者の声は面白い。是非読んでください。

 宮崎正弘 の国際 ニュース・ 早読みより  令和元年(2019)11月5日(火曜日)弐  通巻第6262号 

  (読者 の声2)

 貴誌6262号の「読者の声」で、私の英語教育論を述べさせていただいたところですが、時事通信社11月4日配信の「小泉 氏、得意の英語で環境外交=自民からは不安の声」というニュースが目にとまりました。
 (私には)このいささかの教養も感じられない、無内容な、カッコだけの若造、英語云々以前に、日本語による言動でさえも、 能力に疑問があると思っていましたが、ここでも馬脚を現していますね。
 小泉氏の英語能力の程度を具体的に知るわけではないので、同氏の学歴などから推測するものですが、国内で、英語学習も十分 でなかった者(すなわち、文法応用力も語彙力も十分に身に着けていない者)が、わずかの期間、「留学」して卒業証書をもらっ てきても、そんな程度で、「大臣」が責任ある発言をできるレベルに達しているとは考え難いように私は思い(推測し)ます。
 そもそも中途半端な英語力でありながら、そのことを自覚できず、「国際会議では『通訳を通してでは勝負にならない』」(上 記時事通信社ニュース)などとのたまうことが、教養の浅さを示しています。
 少なくとも、実務者レベルの者ならともかくとして、「大臣」としての外国要人との会話で、語学力不足からの誤解が生じた ら、どうするつもりなのか。
 直接の会話は挨拶程度か最低限の「私的」会話にとどめるのが賢明ではないだろうか。
 相当に語学力があっても、通訳を介することによって、少なくとも、通訳されている間、思考をする時間の余裕を得て、回答が 慎重なものになるだけでなく、最悪の場合、通訳の誤訳だったと言い逃れる余地もあります。
 上記時事通信社ニュースは、「自民党内にはパフォーマンスにも映る今のスタイルを続けることへの不安の声もある」と述べて いますが、そのとおりでしょう。 

https://search.yahoo.co.jp/search?p=%E8%87%AA%E6%B0%91%E5%85%9A&ei=UTF-8&rkf=1&slfr=1&fr=link_direct_nws(椿本祐弘)

(宮崎正弘のコメント)英語をひけらかした宮澤喜一を思い出しました。国益を守るのが政治家のはずでは、と何回も在任中に感 じたことでした。
三十数年前まで、政治家で英語を操る人は稀でしたが、いまは相当数、それも若手が出てきましたが。。。

   ♪
(読者の声3)貴誌6261号「読者の声」における、「昔の英語教師」氏の英語教育・入試論、拝読しました。とりわけ同感し たのは、「むしろ喫緊の課題は、外国語の達人を目指す1割の若者に対する英才教育だ」ということです。小生は、「英才」にも なれなかったのですが、今でも恨みに思って ・・省略・・とは言え、私のように「上級国民」とは言い難い人生を送った人間に とって、いったい、多くの時間と費用をかけても、中途半端な英語学習など、どれほどの「効用」があったのか、また現にあるの か、と思うと自嘲的にもなります。しかし、それを言うならば、数学だって、物理だって、化学だって同じことであって、独り 「英語」だけが『役に立たない』などと誹られるいわれもないでしょう。・・について。
 
自分も英語にはかなりの時間を費やしてきました。英語学習のメリットとしては、WEBの時代に英語でニュースが読める、仕事 で多少使えるなど。時間を費やしたことについては、それに繋がって面白い経験ができたのでなんら後悔はしていません。まーイ ギリス人やアメリカ人にはこの感覚はどうやってもわからないでしょう(笑)。
また日本語と英語の比較を通じ、日本文化と英米文化の違いが分かることは大メリットです。
したがって、「兵隊が攻めてくれば、一緒に酒を飲んで話し合えば、わかる」というような、「ド」日本的な「ド」頭の固い発想 は自分には存在しません。発想を多様化するという英語学習の隠れたメリットはあると思います。英語に限らず、日本の文化とは 異質な世界の言葉を学ぶことは日本を深く理解することにつながると思います。金魚鉢のなかの金魚は水の存在が理解できません から。
 蓋し、将来、本当の英語をしゃべるためには、日本語は子音が少ない言語のため、幼少期に子音、英語のリズムになれることが 必要と思われます。現実に、タイの富裕層は英語がとても上手ですが、幼少期からの学習が成功している好例でしょう。
週に数回数時間の、学校英語にそれは期待すべくもありません。学校英語にもそれはそれのメリットがあって、英語を漢文のよう に読めるようになり、それで十分だし、将来、英語を勉強したくなったり、必要な人にとっての基礎力は築けます。

 自分の時代は、英語を聞く機会はリスニング教材のスローでクリアな英語位でした。あれはいくら聞いても役にはたちません。
それ以外は映画、洋楽、そして今は無きFEN・・・とても懐かしいです。時報の”timeat the tone..”という決まり文句とかいまだに頭にこびりついています。いまは英語なんてユーチューブでいくらでも聞ける時代ですし、洋画はNetflix やUnextなどでいくらでも見れるので良い時代になりました。
この環境下ならば、学校英語の基礎が前提で、仕事で使う英語位は、やる気さえあれば2-3年で可能じゃないでしょうか、と推 測します(事実はわかりませんが)。
 とはいえ、明治維新時に、英語ができる人間なんて人口の1%も存在しなかったでしょうが、立派に改革をやりとげました。
それから推測して、現代でも30人に1人英語が出来る人がいれば、それで十分と思います。極論を言えば、学校英語は3.3% の人間にとって英語学習をするきっかけになりさえすればそれで良いのでは、と思います。
英語圏の子供と同じ知能で英語できたって、何の意味もありません。
   (R生、ハノイ)

  ♪
(読者の声4)私は、アメリカで9年勤務しましたが、私が見ても英語はかなり劣悪な駐在員も、実務においては、それなりにア メリカ人と意思疎通して仕事をしていました。
たとえば10人駐在員が居れば、本当に英語(特に読み書き)がアメリカ人と対等にできる必要があるのは、1人です。
抽象的な経営思想などを語るためには、やや高等な英語をしゃべる必要があります。
またアメリカ人も、高卒の普通の社員は、社内でしょっちゅう文法を間違って英語をしゃべっていました。私の年代で、厳しい受 験で鍛えられた日本人は、文法や単語力では、そういう高卒のアメリカ人には、まったくひけをとりませんでした。
アメリカ人でまともな英語を喋れるのは、大学に入学した経験がある人になって初めてです。
でも、例えば仮定法過去完了など、アメリカ人でも簡単にはしゃべれないとおもいます。こちらは受験のおかげで頭を必死に回転 させれば、しゃべれました。

それから話題がとびますが、バルセロナの話です。
数年前、フランスでレンタカーを借り、アンドーラ経由バルセロナに行きました。カーナビ付の大型のアメ車を借りたのですが、 市内の細かい道までは出ておらず、うろうろしているうちにパンク強盗に会い、色々取られました。
同行者の被害は、過去にも経験していましたが、自分が被害者になったのは初めてでした。そこで盗難証明書を作ってもらおうと (海外で被害に会ったら第一にやるのはこれです)すぐ警察に行ったら、対応してくれた警察官が優秀で、こちらが英語で説明す ると、同時にワープロでスペイン語で調書を作ってくれ、説明が終わるとほぼ同時にコピーを取り署名して、そのコピーを日本に 持ち帰り保険金をもらいました。こんな警官、日本にいるでしょうか。
ところで、バルセロナで話される言葉はスペイン語よりフランス語に近いと聞いていましたが、実際は、英語が相当通じました。 当時すでにトラベラーチェックはほとんど使い物になりませんでした。とにかく物騒なところですが、一般人は親切でした。
(関野通夫)
 
(宮崎正弘のコメント)日本人だって、大学をでた人でも、ろくな日本語をしゃべりませんからね。あの名門のプリンストン大学 ですら『TIME』を辞書なしで読める学生はそうざらにはいないとか。プリンストンの卒業生から聞いたことがあります。

  やはり、まずは日本語です。こんな素晴らしい日本語を習得しないのは余りにも勿体ない。何と言ってもいずれ、世界共通後になるのですから。


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