60歳を過ぎ職を辞した現在、記憶力の衰えは自他共に認めるが、体力はそう急激には減少しない。
自由な身は、今までとまるで異質な分野に挑戦してみたくなる。
まず第一に漁師見習で、ウニ漁と昆布漁に挑戦した。
特別重労働でもないが、体力は使う。楽しみながら頑張り、どうやら漁師の仲間として認められたようだ。
漁師見習は、大海が相手だ、気風のよい男?を磨くには最適であり、そしてダイエット効果があるので、お気に入りの仕事である。
妻の飲食店も手伝うことになり、接客見習いも本格的に始めた。お客様との会話も、妻に注意されながらも、何とか慣れてきた。退職後は人と接触することが少なくなり、寡黙になりがちだが、もともとおしゃべりの私にとっては、適任の仕事のようだ。
50歳を過ぎた頃から、私の頭に白いものが出始めた。
妻が70歳ぐらいになったら白髪もいいが、まだ若いのでと、妻に染めてもらっていた。また、私の髪の毛は天然パーマといわれるもので、その髪の癖をよく知っている妻に、散髪もお願いしていた。散髪は、もう30年近く妻が担当している。
先日妻が、自分の髪の毛を染めていた。妻はこの頃50肩で鍼灸所に通っている。
ついに、あなた手伝って、腕が上がらなくなった、と言う。
今まで、何度か、私が染めてやるかと言ったが、妻は下手に染められたら大変といって、私の親切を?拒否し続けてきたのだ。
今まで、私の美漁師担当をしてもらったことへの恩返しと、丁寧に染めあげた。
結果は「お父さん、なかなか上手じゃない」と、言うことで、これからは、お任せしますということに相成ってしまった。
還暦後の私の見習い業には「美容師見習」と言う肩書きが、また一つ増えてしまった。
自由な身は、今までとまるで異質な分野に挑戦してみたくなる。
まず第一に漁師見習で、ウニ漁と昆布漁に挑戦した。
特別重労働でもないが、体力は使う。楽しみながら頑張り、どうやら漁師の仲間として認められたようだ。
漁師見習は、大海が相手だ、気風のよい男?を磨くには最適であり、そしてダイエット効果があるので、お気に入りの仕事である。
妻の飲食店も手伝うことになり、接客見習いも本格的に始めた。お客様との会話も、妻に注意されながらも、何とか慣れてきた。退職後は人と接触することが少なくなり、寡黙になりがちだが、もともとおしゃべりの私にとっては、適任の仕事のようだ。
50歳を過ぎた頃から、私の頭に白いものが出始めた。
妻が70歳ぐらいになったら白髪もいいが、まだ若いのでと、妻に染めてもらっていた。また、私の髪の毛は天然パーマといわれるもので、その髪の癖をよく知っている妻に、散髪もお願いしていた。散髪は、もう30年近く妻が担当している。
先日妻が、自分の髪の毛を染めていた。妻はこの頃50肩で鍼灸所に通っている。
ついに、あなた手伝って、腕が上がらなくなった、と言う。
今まで、何度か、私が染めてやるかと言ったが、妻は下手に染められたら大変といって、私の親切を?拒否し続けてきたのだ。
今まで、私の美漁師担当をしてもらったことへの恩返しと、丁寧に染めあげた。
結果は「お父さん、なかなか上手じゃない」と、言うことで、これからは、お任せしますということに相成ってしまった。
還暦後の私の見習い業には「美容師見習」と言う肩書きが、また一つ増えてしまった。
好い事ですね。漁師さんもこの頃では 腕が上がったようですね~。
これからは 出来る事はなるべく自分でした方がお得です。
漁師、ウエイター、美容師と肩書きが増えていきますね。たいしたものと感じ入ります。
退職しても勢い止まらずですね、良きお友達も多勢いらしてなによりです。
ところで、散髪のことですが、我が家でも夫の髪は私が刈ります。今は刈る程の髪がありません。レザ-でガガ-とやるだけで、最後に少し鋏を入れて整えます。これは30年以上も通して続いた夫の散髪法です。私は自分の髪も後ろ髪まで自分で切ります。年に3度ほどは美容院に行きますが。
無罪放免と言った感じです。娑婆に出て悪事を繰り返さないで、少しは罪滅ぼしに、妻の手伝いです。なんちゃって!という感じですが。
小学校時代のチリ沖地震の時は、100メートル近くも波が引いた感じがしました。でもひたひたと波が戻ってきて、普通の状態になったのを記憶しています。妻は函館市内の学校でしたが、函館駅のあたりは、波が増して水浸しになったと話しています。自分の髪を自分でというのはすごいですね。私は自分で散髪するようになるときは、たぶん抜け毛で、丸坊主になったときだと思います。遠からじです。