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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

祭りと地域共同体

2022年07月19日 08時33分10秒 | えいこう語る

▼地域の八幡神社の祭りが近づいてきた。8月10日と11日と12日の3日間だ。その中間の11日が私の74歳の誕生日にあたる。

▼私の家は神社の隣だ。祭りの囃子が鳴り響けば、私は母の胎内から脱出する時のように、身体中にエネルギーのようなものが充電される。

▼年齢を重ねても、その感覚のよみがえりに変わりがない。神を村に招き入れる降臨祭の夜は、神社のすべての戸が解放され、笛・太鼓が鳴り響き舞が始まる。

▼神など見たことはないが、神が天から降りてくるのを感じる。他の人も私同様、多分神がこの地に降りてきて、五穀豊穣、大漁祈願、家内安全などを、祈ってくれるに違いないと思っているはずだ。

▼この目には見えない、心の中の共同意識の体験の積み重ねが、地域共同体を支えてきたのは間違いない。お祭りは地域一丸となって祝う、先祖代々から続く儀式だからだ。

▼そのスタイルが徐々に崩壊してきたのは、自家用車の普及だ。それにつれ結婚対象も広範囲になり、地域共同体の純潔?が希薄になってきたのは大きな理由の一つだ。

▼旧態依然とした地域社会には、「よそ者意識」というのがあり、近年はなかなか地域の環境(古い体質)になじめない若い人が増えている。

▼そんな潜在意識の変化が、地域共同体の崩壊につながってきたのではなかと、“しがらみ”も容認できる戦後生まれの私の世代は実感する。

▼これが国家政策でいえば「市町村合併」に顕著に表れる。地域共同体の色合いの希薄化が、合併後に急速に現れてくるからだ。国体というものがあるとすれば、国体でいえば末端細胞の壊死だ。

▼この対応が全くできていないのが行政だ。合併すると合併した行政の枠組みに従わせることが、新自治体の行政の仕事になるからだ。ウクライナを占領するロシアのごとくだ。

▼つまり吸収された地域共同体のアイデンティーティーは、急激に崩壊してくる。このあたりの行政のデリカシーのなさが、地方自治体の崩壊にあたるということを、行政は理解していない。

▼市町村合併というのは、単なる財政基盤の強化だけではなく、日本人の本質というものも、変質させてしまうからだ。

▼少し長くなったが、地域の祭りがほとんど形を変え縮小されててしまったことに、行政は何の意識も払わない。「政教分離」を盾にして無視している。

▼地域の祭りには、地域共同体崩壊の原因と対策を探るヒントがあるからだ。祭りの盛んなところは、共同体がしっかりしているように感じるからだ。

▼神社側も自分たちの存在は地域が守ってくれるものだという、守りの姿勢が強かった。だが、私の地域は人口が800人を切った。祭りそのものも崩壊しそうになっている。

▼組織を元通りにするのは、もはや時代にそぐわないと思う。ウクライナ戦争やコロナで、世界の“常識”は大きな変遷の時代にあるからだ。

▼日曜朝5時のNHK教育テレビ「心の時代」を観た。浄土宗の開祖法然上人に学んだ親鸞は、その教えを理解したうえで、浄土真宗を創設した。

▼全体的なものの中に、何か満足がいかないものができたら、それを変化することが必要だということを講師の方が言われた。深く話し合うことが大切だということも話していた。

▼私たちはまちづくりについて、方法論だけを討議し、本質論に触れることをしてなかったようだ。本質論を避けていたのだ。それは少なからず自己批判を免れないからだ。

▼ウクライナ戦争やコロナ戦争。対処論ばかりで、戦争そのものの本質論を避けているような気がする。経済制裁や武器供与などで、戦争が終わるはずがない。

▼なぜ日本人が米国製のワクチンを4度も打たなければならないのか。いまだに歯止めがかからず、第7波のコロナ軍の侵略を許している。

▼新興宗教がらみだとされる、元総理の射撃事件。報道されるのは犯罪者の生の声ではなく、大本営発表のような一方的な報道だ。一国の元総理の殺害は、政治思想抜きにしては、考えられないのではないかと思う。

▼近年は本質に迫る報道が緩いのではないか。「民主主義の劣化」が叫ばれているが、本質に迫らない現状が「民主主義の劣化」の根本原因ではないかと考える。それは「報道の劣化」とも言える。

▼地域の神社の禰宜(位)が、町会長の私に神社への協力依頼をしたいとの話があった。古事記の世界から、祭りと地域共同体について、少し本質論に触れてみたいと、神社関係の本を読み始めている。