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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

飼育と教育

2022年07月03日 08時49分37秒 | えいこう語る

▼教育とは何ぞやと問われれば、真っ先に思い出すのは「教育とは健全なる人間と健全なる地域社会をつくること」という、プラトンの言葉に尽きると記憶している。

▼昨年北海道旭川市で、中学生女子が凍死する事件があった。壮絶ないじめがあったという。内容は聞くに堪えない。だが、市では来年4月に「いじめ条例」を制定する予定だという。

▼校長権限で、加害生徒を懲戒にできるというものだ。未熟な子供たちを教育により健全にすると言う主旨から、大きく外れていやしないかと懸念する。

▼いじめは学校や教育委員会の責任、もちろん親もだ。それらの責任は問われないのだろうか。加害者を一方的に悪と決めつけ、事前に処罰するというのは「集団的自衛権行使容認」のような、短絡的考えのような気がする。

▼学校でいえば校長、国会でいえば総理大臣だ。だがその資質に劣る人物も目立っている。総じて民主主義の劣化が問われている昨今だ。

▼このままでは民主主義教育の崩壊の危機も、含まれているように思う。戦後、進歩という名の下に、人間の本質も劣化したのを感じるからだ。

▼学校での急激なデジタル化の導入は、さらに教育の本質を見失う恐れを感じる。国家の教育方針に従うだけの教育現場に、教育の権威回復は可能なのか。

▼教育が何たるものか理解しないまま高齢者になってしまった私に、函館市町会連合会の「青少年育成部長」というポジションが与えられた。

▼人には向き不向きがある。私は別な部門に興味あったので希望したが、人事は皆の希望を受け入れれば混乱するといわれ、しぶしぶ受け入れざるを得なくなった。

▼自己主張は「わがまま」だととらえられる風潮は強い。スガ元総理の官邸主導人事の、日本学術会議の任命拒否を思い出した一幕だ。私の場合はそこまでのハイレベルではないが。

▼早速函館市の教育委員会から、ある委員会の委員に指名され、会議の案内が届いた。以前にも市の社会教育委員に就いていたことがある。

▼教育委員会の会議は、決定事項に賛成するものが多いように感じる。そんなことに私の身体がアレルギー反応を示す。

▼でもわずかながらの報酬もある。税金からの支出であれば、無発言で帰るわけにはいかないというのが私の主義だ。

▼プラトンの言葉を絶えず思い出し、今後2年間の務めを私なりにこなしたいと思っている。憲法改正が政治課題のトップに上がっている昨今、教育分野の会議は、爆発的に活発でなければならないと考えているからだ。

▼ここでブログを終了しようと思っていたが、今日のテーマは「飼育と教育」だ。ある動物園で狼の家族を飼育していたが、子供が母親を傷付け、それがもとで母親が死んだという新聞記事があった。

▼園長は、オオカミの習性は動物園で飼うのは適してないと思うので、今後はやめようと思っていると話したそうだ。

▼実はその話を、作家の池澤夏樹が新聞に掲載していた。動物園は楽しい。その一方で動物を不幸にしないように飼うのは相当の工夫が要る。

▼争いを避けるのもその一つだが、野生の環境に近い空間をつくるということもあると、池澤は指摘する。

▼飼育と教育を重ねてみようと思ったが、うまく書けなかった。そんな複雑な思いを胸に置いて、教育委員会の会議に臨んでみたいと考えている。