最終日はダンナの元ホストファミリーのお宅におじゃましました。
ホテルのプールがまだ使えず、残念がっていた子供たちでしたが、
ここで念願叶い、お庭のプールで遊ばせてもらいました。
水はまだ冷たかったけれど、もう夢中。
アサード(バーベキュー)を用意してくれました。
ヒメがかじっているのはチリ人の誇るエンパナーダ(EMPANADA DE PINO)。
ダンナが初めてチリに来たとき、お世話になった家族で、今も家族同然の付き合いをしてくださっている方々。
私はダンナと結婚してから知り合いましたが、本当にとっても温かくて良い人たちです。
私、恥ずかしながらチリ人の友達はほとんどいないのですけど、この人たちは特別って思っています。
が、久しぶりに話し始めてみると、どうしよう、チリ語、全然わかんない。
何言ってるかわからない。話すリズムが違いすぎて、言葉が出てこない。
私、長く南米にいるくせに、スペイン語はまだまだだし、ペルー人の友達がたくさんいるわけでもないけど、
それでも最近、ちょっと会話がスムーズにできるようになってきた気がしていました。
でも、スペイン語が上達していたわけじゃなかったみたい。
チリ語ダメです、私。
これがこの国を好きになれなかった理由のひとつかな、と思う (←ついに書きましたよ!え、そんな理由って思った?ごめんなさいね~)
このチリの家族は好きです、もちろん!
でもこの日、いろいろ思い出したのです。
そういえば5年もチリに住んでいたけど、チリ独特の表現を使う気になれず、なかなか覚えられなかった。
でも、ペルーに来て3年半、私のスペイン語はずいぶんペルー風になってきていると思う。
(あとちょっとで、チェベレ!とかバカン!とか言っちゃいそうですよ)
違う言葉を話す人たちが嫌ではないので(日本語でも方言を話すのも聞くのも好きだし)、
チリ人とは笑いのツボが違うというか、バイオリズムが違いすぎるというか、なーーーーんかきっと合わないものがあるのです。
もちろん全員がそうじゃないとは思うけどね。
今思えば、チリ人たちが冗談を言っていてもまったくおもしろくなかった。
だからチリ人たちの飲み会に参加するのがすごく苦痛だった。
ペルー人たちの冗談はわからないのもあるけど、意味がわかればおもしろいって思うこともある。
あとは、あの頃の私はまじめだったというか、チリになじみたいとか好きになるべきとか、
チリ人と友達になるべきとか心のどっかで思っていたんだろうなー。
周りに反対されたのに自分から南米へ出て行ったわけだし。
気づかないうちに肩に力が入っていたんだろうと思う。
毎日晴れていて街もきれいで、でも、な~んか寂しい気持ちがあって。
きっと自分の好きな部分だけ見て暮らせばもっと楽だったかも、と思う。
(このブログを書き始めた頃がようやくチリ生活を楽しめるようになってきた時期だった)
それに比べるとペルーに引っ越したとき、私の頭の中にそういう「べき」はだいぶ少なかった気がする。
チリとペルー、国の様子がまったく違うからカルチャーショックは受けたけど。
好きになろうとか思っていなかったと思う。どこにいてもいいところと悪いところがあるわけで、
そういうの考えてもしかたないってわかってきたし。
私の場合、
スペイン→チリ→ペルーと来たのだけど、もし、
スペイン→ペルー→チリの順で来ていたら、チリのことどう思ったかな。
まあ、別にどっちでもいいことですけどね。
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ホテルのプールがまだ使えず、残念がっていた子供たちでしたが、
ここで念願叶い、お庭のプールで遊ばせてもらいました。
水はまだ冷たかったけれど、もう夢中。
アサード(バーベキュー)を用意してくれました。
ヒメがかじっているのはチリ人の誇るエンパナーダ(EMPANADA DE PINO)。
ダンナが初めてチリに来たとき、お世話になった家族で、今も家族同然の付き合いをしてくださっている方々。
私はダンナと結婚してから知り合いましたが、本当にとっても温かくて良い人たちです。
私、恥ずかしながらチリ人の友達はほとんどいないのですけど、この人たちは特別って思っています。
が、久しぶりに話し始めてみると、どうしよう、チリ語、全然わかんない。
何言ってるかわからない。話すリズムが違いすぎて、言葉が出てこない。
私、長く南米にいるくせに、スペイン語はまだまだだし、ペルー人の友達がたくさんいるわけでもないけど、
それでも最近、ちょっと会話がスムーズにできるようになってきた気がしていました。
でも、スペイン語が上達していたわけじゃなかったみたい。
チリ語ダメです、私。
これがこの国を好きになれなかった理由のひとつかな、と思う (←ついに書きましたよ!え、そんな理由って思った?ごめんなさいね~)
このチリの家族は好きです、もちろん!
でもこの日、いろいろ思い出したのです。
そういえば5年もチリに住んでいたけど、チリ独特の表現を使う気になれず、なかなか覚えられなかった。
でも、ペルーに来て3年半、私のスペイン語はずいぶんペルー風になってきていると思う。
(あとちょっとで、チェベレ!とかバカン!とか言っちゃいそうですよ)
違う言葉を話す人たちが嫌ではないので(日本語でも方言を話すのも聞くのも好きだし)、
チリ人とは笑いのツボが違うというか、バイオリズムが違いすぎるというか、なーーーーんかきっと合わないものがあるのです。
もちろん全員がそうじゃないとは思うけどね。
今思えば、チリ人たちが冗談を言っていてもまったくおもしろくなかった。
だからチリ人たちの飲み会に参加するのがすごく苦痛だった。
ペルー人たちの冗談はわからないのもあるけど、意味がわかればおもしろいって思うこともある。
あとは、あの頃の私はまじめだったというか、チリになじみたいとか好きになるべきとか、
チリ人と友達になるべきとか心のどっかで思っていたんだろうなー。
周りに反対されたのに自分から南米へ出て行ったわけだし。
気づかないうちに肩に力が入っていたんだろうと思う。
毎日晴れていて街もきれいで、でも、な~んか寂しい気持ちがあって。
きっと自分の好きな部分だけ見て暮らせばもっと楽だったかも、と思う。
(このブログを書き始めた頃がようやくチリ生活を楽しめるようになってきた時期だった)
それに比べるとペルーに引っ越したとき、私の頭の中にそういう「べき」はだいぶ少なかった気がする。
チリとペルー、国の様子がまったく違うからカルチャーショックは受けたけど。
好きになろうとか思っていなかったと思う。どこにいてもいいところと悪いところがあるわけで、
そういうの考えてもしかたないってわかってきたし。
私の場合、
スペイン→チリ→ペルーと来たのだけど、もし、
スペイン→ペルー→チリの順で来ていたら、チリのことどう思ったかな。
まあ、別にどっちでもいいことですけどね。
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