今日は『難病者交流の集い』にボランティアで参加。
記録撮影してきました。
パーキンソン病や透析を必要としている人たちが
「障碍者総合支援法」でどのような福祉を受けることができるか、
保健師さんを招いての講演と、難病者同士の交流を目的とした場でした。
聞けば聞くほど「弱者が法に寄り添う」健常者主体のシステムで、
この社会はどこまでも強者ありきなのだなと。
「トリクルダウン」という言葉が象徴するように、
この社会は強者から弱者へ一方通行で流れていて、
いつのまにやら「おこぼれ」を与る身の振りが大事になってきたようで。
弱者への理不尽に抵抗するより、「エサ」をもらって恩顧を有難く受け取れ的風潮。
でないと「非マイノリティ」と呼ばれる人たちからの「弱者利権」の攻撃が容赦ない。
なんと狭量な世間になったことか。
LGBTQにもオキナワにも「弱者利権」の理屈で攻撃が後を絶たない。
同じオキナワからも佐喜真候補のように、
抵抗より「エサ」を受け取れ…と主張する人たちが出てきているワケで。
元凶を正さず対処法で凌ぐ思考は、生きる土台を失う結果に追い込まれるハズなのです。
今日の集いでも、代表の方が目に涙を溜めて主張されていました。
「しっかり権利を主張して、サポートを受けなければ私たちはこの社会では生きられないのです」と。
この傾向はどんどん増していくだろうと思われます。
「弱者利権」を主張する輩の想像力の欠如が決定的だからです。
#photobybozzo
記録撮影してきました。
パーキンソン病や透析を必要としている人たちが
「障碍者総合支援法」でどのような福祉を受けることができるか、
保健師さんを招いての講演と、難病者同士の交流を目的とした場でした。
聞けば聞くほど「弱者が法に寄り添う」健常者主体のシステムで、
この社会はどこまでも強者ありきなのだなと。
「トリクルダウン」という言葉が象徴するように、
この社会は強者から弱者へ一方通行で流れていて、
いつのまにやら「おこぼれ」を与る身の振りが大事になってきたようで。
弱者への理不尽に抵抗するより、「エサ」をもらって恩顧を有難く受け取れ的風潮。
でないと「非マイノリティ」と呼ばれる人たちからの「弱者利権」の攻撃が容赦ない。
なんと狭量な世間になったことか。
LGBTQにもオキナワにも「弱者利権」の理屈で攻撃が後を絶たない。
同じオキナワからも佐喜真候補のように、
抵抗より「エサ」を受け取れ…と主張する人たちが出てきているワケで。
元凶を正さず対処法で凌ぐ思考は、生きる土台を失う結果に追い込まれるハズなのです。
今日の集いでも、代表の方が目に涙を溜めて主張されていました。
「しっかり権利を主張して、サポートを受けなければ私たちはこの社会では生きられないのです」と。
この傾向はどんどん増していくだろうと思われます。
「弱者利権」を主張する輩の想像力の欠如が決定的だからです。
#photobybozzo