Retrospective...

イラストレーター/ライター遠藤イヅルの困った嗜好をばらす場所

【てつどう】横浜に走っていた市電を見に行く。

2009-08-06 | てつどう。



かつては大都市、中核都市問わず、日本中に路面電車(市電)が走っていました。

現在残るのは北から札幌、函館、富山、高岡、
東京、大阪(阪堺)、岡山、広島、高知、松山、
長崎、熊本、鹿児島...といった場所に残るのみです。
(厳密に軌道線というくくりでいえば、もっとあるが)。


ieがファンを始めてからも、北九州、岐阜などが消えています。


で。市電、路面電車が走っていた都市の中で、
僕らの世代でも「ほんとに!?」というところがあるのですが、
横浜もそのひとつ...。


横浜駅を中心に、西は杉田、東は生麦まで路線を持っていた横浜市電の全線廃止は昭和47年。
日本各地で次々と路面電車が廃止されていった時期と重なります。


でも横浜市は、えらかった。
廃止の翌年には、中核営業所だった滝頭(たきがしら)車庫に路面電車を7両も保存したのです。
路面電車は時代遅れの交通を阻害する存在とまで言われ、
敵視に近い世相だったあの頃に、せめて1両でも、なんてもんじゃなく
この両数を保存した横浜市の決断。すごいですね。


そして、いまもなお横浜市電保存館は建物を80年代に改築し、同じ滝頭に残っているのです。



単車(ボギー台車を持たない)が多かった横浜市電を代表する形式、500型。


貴重な姿をいまに残す、ブリル台車。







500型以外にも、車輛がきれいな状態で保存されています。

うちわけは、1000型(昭和3年)、1100型(昭和11年)
1300型(昭和22年)、1500型(昭和26年)1600型(昭和32年)、
そして花電車の計7両です。

1500型はPCCカーの一種、1600型は6両のみ製造された最後の横浜市電。
どの車両も貴重ですが、この2形式は路面電車の衰退期に登場した、
ちょうど鉄道の技術革新時期と重なった頃のとくに興味深い車両たちです。
車種選択も抜かりなかったようですね(^^



>>実はここに来るのは初めてでは無くて、きっと3回目くらい。
よく覚えているのは最初のスッド...(1.5の4ドア、ボロだったほう)で
猫澤君とかで男4人詰め込んで寒い冬の日に行ったこと...。
もう1993年とか94年とかの話...。懐かしいねえ。

>>ところで、いまの市バスと同じ色がなんだか嬉しいですねぇ。
コメント (5)
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