自分というのは、三角形の頂点、いや、やじろべえというか、あるものとあるものの真ん中の点というような、「両天秤」みたいな役廻りが多い。
あの人とこの人の○面倒を見ている(×世話を焼いている)・・・という感じだろうか。
「点と点を繋いでいる」ようで、そうでもなく。
余談
「世話を焼く」のは本当に相当苦手というか、人間美学的にダメな部分があって、やりたくないのでやらない。
だから「面倒が必要なもの(=困っている、故障している、壊れている)」に関わるのは決心できても、「世話焼きが必要なものに関わる(=自身で普通に出来ることでも依存心から手抜きで、まわりに手を焼かせること。)」のはかなり二の足を踏む。
世話を焼かないといけない相手(人間でもモノでもなんでも)というのは、まわりと○依存(×共存)しているのがなんともうっとうしくてイラッとなってしまうからだ。
(世話焼き同士はどうやら波長が合うようだ。(見かける度に「それぞれ自分自身でやっちまえばいいじゃないのさ~~~ぁ、いちいち人に依存して、そういうのムダだと思うなぁ・・・。」と呆れる。))
「あの人とこの人」「あるものとあるもの」というのは喩えるなら『点』ではなくて『海(○○海といったような海域といいましょうか)』。
そこに意を決して「ザブーン!」と飛び込んでいき、まだ知らない未確認物体を探し続け、「こんなのあったどーーーっ!!!!!」「こんなんでましたけどーーーーっ!!!!」と言っては一喜一憂してきている感じだ。
吉井和哉氏の♪点描のしくみを聴いていて、
「あたしゃ点と点を繋いでいるようなことはしてきてないんだよなぁ・・・
人と人を繋げておく・・・みたいな役回りは確かにあってもなぁ・・・」
と考え初めてしまい。
♪点と点が線になって現在 どんな絵になってんだ
♪点と点が線になって全部 繋がって気づいたんだ
あの人とこの人の○面倒を見ている(×世話を焼いている)・・・という感じだろうか。
「点と点を繋いでいる」ようで、そうでもなく。
余談
「世話を焼く」のは本当に相当苦手というか、人間美学的にダメな部分があって、やりたくないのでやらない。
だから「面倒が必要なもの(=困っている、故障している、壊れている)」に関わるのは決心できても、「世話焼きが必要なものに関わる(=自身で普通に出来ることでも依存心から手抜きで、まわりに手を焼かせること。)」のはかなり二の足を踏む。
世話を焼かないといけない相手(人間でもモノでもなんでも)というのは、まわりと○依存(×共存)しているのがなんともうっとうしくてイラッとなってしまうからだ。
(世話焼き同士はどうやら波長が合うようだ。(見かける度に「それぞれ自分自身でやっちまえばいいじゃないのさ~~~ぁ、いちいち人に依存して、そういうのムダだと思うなぁ・・・。」と呆れる。))
「あの人とこの人」「あるものとあるもの」というのは喩えるなら『点』ではなくて『海(○○海といったような海域といいましょうか)』。
そこに意を決して「ザブーン!」と飛び込んでいき、まだ知らない未確認物体を探し続け、「こんなのあったどーーーっ!!!!!」「こんなんでましたけどーーーーっ!!!!」と言っては一喜一憂してきている感じだ。
吉井和哉氏の♪点描のしくみを聴いていて、
「あたしゃ点と点を繋いでいるようなことはしてきてないんだよなぁ・・・
人と人を繋げておく・・・みたいな役回りは確かにあってもなぁ・・・」
と考え初めてしまい。
♪点と点が線になって現在 どんな絵になってんだ
♪点と点が線になって全部 繋がって気づいたんだ