ねーさんとバンビーナの毎日

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飢えているもの

2008年07月19日 13時56分28秒 | 考えるねーさん
「自分への正直さ」と、
「その場の機転」と、
「回りへの気配り」と、
「ひとまず解決するための知恵」。


きてん【機転・気転】
[意]物事のなり行きに応じて、巧みにすばやく動く心のはたらき。

きくばり【気配り】
[意]細かく気を使うこと。

ちえ【知恵】
[意]道理がわかり、物事をじょうずに処理する心の働き。


ただその場に人がいて、
ただ知識だけあって、
ただ道具だけあって、
ただ情報だけ仕入れて、
ただブレーンをはべらすだけじゃ、


もうホントにダメだ。


ただペットを優しく扱うように人を扱って、
ただロボットに命令するように人を扱って、
ただ道具だけ上手に使いこなせて、
ただ知識をつけるだけに躍起になって、
ただたくさんの情報を知ってるだけで、
ただなんとなく人と繋がってるだけじゃ、

ホントにな~んにも動かないし解決しない。


昨今の「解決」という言葉の意味がなんか変だ。

かいけつ【解決】
[意]もつれた事件や難問題などを、整理したり解いたりして結末をつけること。


単に「みんなが傷つかないで、だれもが変らなくてよく、出来るだけ簡単な方法」の評論会になっている。

(ね)のここ10年間は、印刷/不動産開発/弱電/船/運送業界の一番底辺の現場フィールドで使用する業務用データベース構築をしてきた。

売上入力から請求処理、紙伝票からパソコン集計へのシフト、公式書類作成を軽減してあげるようなシステム作りなど。

とにかく痛感するのは業務を把握して仕事してる人が一昔前よりヤバいくらいに激減しているということ。

「人をからかってない?」っていうくらい、業務の説明をしてたはずが、パソコンの説明にすり変わっていく。
こちらが聞きたいのは業務内容と作業ルーチンだ。
あなたのパソコンの使い方を聞いているのではない。
だけどこれが業務内容であり作業ルーチンなのだ、今は。

つまり、情報化の時間の流れの早さに、脳みその思考が追いつけず「すべて習うことが仕事」になってる証。
本来「仕事」は「習う」ことじゃない。

それに管理監督者がま~るで気が付いてない由々しき事態にハラハラし通し。

おまけに業務用データベースっていうのが「もつれたり重複している作業を整理して解決する」という作業が、どうしてもつきものなんだが、
こんな世の中なので「解決するのが面倒臭い」という雰囲気が満々なのと、業務を充分に把握して仕事していないため、「解決糸口を探し出すことすら自分達で分からなくなってる」という現実を目の当たりにしている。

だから誰も「解決屋」にならず「評論家」なのだ。

「誰か一人くらいはいるだろう?どこにいる??君か?あなたか??」と当たりをつけながら、こちらは解決糸口になる人を探し出す作業もしていたりする。

「ここにいたーっ!」と(ね)がつかんではなさない人物は、まず口ではなく身体が動く人だ。
身についてる人は身体が無反応に動いている。
口が上手は別の使いようで。



今の社会、ホントに変だ。
かなりくるとこまできちゃった感じ。


人の思考が時間の流れについていけてない。

だから考えなくなっちゃう。
思わなくなっちゃう。
感じなくなっちゃう。

その余裕が、ただ習うことと、ただ目から情報収集することで、削られちゃうから。


思いは単なる「被害妄想」へとシフト。

ひがいもうそう【被害妄想】
[意]妄想の一種。常に迫害されていると信じ込むこと。

「被害妄想」は「妬み僻み嫉み」へとシフト。

ねたむ【妬む・嫉む】
[意]他人の長所・幸運などに対して、それをうらやみながら憎む。

ひがむ【僻む】
[意]物事をありのままに理解せず、ことさら自分に不利だと考える。

そねむ【嫉む・妬む・猜む】
[意]うらやみ、憎む。


自分の中だけで処理することが増えすぎて、誰かに確認したくても整理しきれないから。

「確認させてくれない誰かが悪い!」と悪者にして批判しいても仕方ない。
「確認させてくれない誰か。」も多分この時代を乗り切るのにやっとなんだろう。考える余裕がないわけだ。

各自自ら情報量を調整したほうがいいと思う。
あの人は知っていても、自分は知らない情報があったっていいじゃんか。
「自分が情報を知らないと仲間に入れてもらえない文化」ってあるんだけど、あれもあれで終焉に向かわないだろうかなぁ…という願望が(ね)は子供の頃からある。

「ヤンキー」のように「盃を交わした奴しか仲間じゃないから。こちとら素人さん邪魔なんで!」っていうのとは違う、一見非常にオープンに仲良く見せかけておいて、文化に相応しくない人を失笑するような、あの感じ。

いいじゃん、いいじゃん、文化違えど潔く補いあえば。

知ってる人が知らない人に教え、知らない人は知ってる人に聞けばいいだけのいい話。
みんなが流れている情報すべてを詰め込む必要なし。

知ってる人が偉いわけじゃない。
知ってる情報を共有できる人が偉いってもんだ。

ただし世の中には掟がある。
すべての情報を共有できるばかりでもない。
それは隠蔽というわけじゃなく、「共有するためには言えない時期というのもある。」ということだ。

なんで?

「優しさ」であり「誤解の回避策」である。

これを「情報操作だ。」とか勘違いしてる人は、一度底辺で汗水垂らして働いて下さい。
「底辺にいるからな~んにもしいな~い!してもしかたないからぁ。」じゃなくて、
汗水垂らして働いてる偉い人と一緒に働いて下さい。
汗水垂らしてない偉い人とは一緒にいても仕方無いです。楽しくないし。


少し話題がそれるけど、トヨタで「マイクロソフトのパワーポイント使用禁止」とかいう、ネットのニュースを少し前に見たんだけど。

「あのトヨタが分かってきて実践しはじめてる??」

って思って、少し希望が見えたんだけど。


だって、こうなる危惧は10年以上前に話題に出るようなところでは出てたんだ。

何がダメって、企画書の類の資料を、簡単にさもそれっぽくコンピューターが作ってくれちゃうところ。


何が言いたいか。


人があれこれ「どうやったら思いが伝わるか?」とか「どうやったら分かりやすいのか?」とか「どうやったら納得してもらえるのか?」なんていう思考錯誤をしなくても、パソコンがほぼ格好よくやってくれちゃうから、人の思考が低下する。

頭ん中は「思考」より「習うこと」ばかりに使われるようになって、「パワーポイントの使いこなし方」を必死に習っちゃうわけで、本来の企画書等のプレゼン資料の内容よりも、「いかに上手にパワーポイントを使っているか?かっこいいか??」みたいなところに評価がいっちゃうわけ。


内容を汲み取る思考も低下して、それを補うために、「今なにが求められてるのか?」をメディアの情報から入手するようになる。

メディアの情報なんて実はすでに古し。
実は現場ではすでに終わったようなことが「今が旬です!」とばかりに世間を賑わしてるだけ。

「売るため、注目を魅くために歪曲してる」ことがほとんどだから、「鵜呑みにしちゃいけないのよ?」ということを、知らない人が増大してる。

「メディアの世界はこういう行儀ありきのところ」ということを分かっていて利用してる人が激減してるから、単なる批判や単なる風紀委員みたいな族が多いこと!

知らない人が多いからこそ、「歪曲もホドホドにするべき」なんだろうけど、「ワザと歪曲する面白さ」とか「ワザと歪曲する妙」みたいな「粋」がなくなるのはツマラナイと思う。

この「粋」を実は間違って使って、ねっとりネバついたような、単なる陰湿なイジメになってることを知らない、勘違いしたオトナも多いからびっくりする。
とある掲示板サイトなどが多くはないか?この手が??


旬のネタは、自分で行動して、動いて、直接現場で見て聴くのが一番であり、本当の情報。


ただ時代が、今までなんでもかんでもやりたい放題やってきて生み出されたものを「整理整頓」「時代回顧」して、正しい次のステージを造りましょうよ?みたいなことになってきてる風。


その先駆者かなとか思って。
トヨタのパワポ禁止令。

あくまでも(ね)が20年間の仕事やら人間関係で直接見て体験して聴いてる内容で、物言いしてるだけですが。
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