ねーさんとバンビーナの毎日

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「大人になるのをやめてしまった」の意味

2013年11月20日 15時34分44秒 | 考えるねーさん
つい先日、映画『ジ・エクストリーム・スキヤキ』の公開前の記者会見がありました。

窪塚くんが寝坊で遅刻してきたやつ。(笑)

新くんが、

「ヒーローは遅れて登場するんです。」

と、映画『ピンポン』のセリフに引っ掛けてナイスフォローを入れたあたりも、いい演出になってたけども。(笑)


会見の中で窪塚くんは、

「10代の終わりくらいに大人になるのをやめちゃったんです。」

と言いました。


オバチャマは即座に、

「あぁ金八の第2シリーズの第1話目(心を病む子供たち)を思い出すなぁ…」

と脳裏に過りながらも、

「ただあのドラマで描かれていたのは「どうやったら大人になれるのかわからない・・・(←これは新くんが口にしてたっけ・・・)」ってやつで、窪塚くんのは何かもっとこう「社会に関わってみたらとにかく大人に幻滅して(彼の正義感の強さからも来てるかも?)心が屈折しまくった…だから自分は屈折したこっち側にいりゃいいや。こっち側の自分を作って(これを批判してくるヤツには場合によって怒りが沸くのだろう。「これ、生きてくためにわかっててやってんの!放っておけよ!!」的な。)楽しめばいいや、自分の人生なんだし~~~ぃ。」

くらいに追い詰められた故に、

「大人になるのはやめた。」

になるんだろうと思いましてね。




かっこよくて「懐の広い」というよりも「懐の深い」ような大人、子供の目にも「この人はちゃんとしてる。(この人は表だけちゃんとしてるけど中身ない…って子どものほうが見抜いたりしますや。利害関係ないから。)」と憧れになるような大人が増えなきゃダメなんだよなぁ。

増えなきゃ・・・ってより、すでにいるのだろうから、そういう方々をもっと表に出さないとダメだと思う。

表に出る人ほど(よさげな人を表に引きずり出して得したい人ほど)ズル賢いだけ(ペランペラン)だったりするからなぁ。



こんな大人からあれやこれやとやられたらオバチャマでもエリカ様のように、

「別に。(シラ~)」」

って言い返すわなぁ。



もしくはまともに返答したくないから、

「ピースなバイブスでポジティブな感じで…」

みたいなこと言って大人を試しにかかったりとかね。(笑)



「◎大人になるのをやめました。(×どうしたら大人になれるのか・・・)」って子ども世代に言われてしまう世の中は、やっぱり大人世代にいけないところがあったんだと思う。つくづく。。。

身分を勘違いさせるようなバブルも引きずってたし、「◎自分勝手に「こうしちゃいたい!」って人ら(×自分本位にやっていきたい人ら)」で次の仕掛けみたいな企て期にも突入してたしね(だから捻れるんだよ。)、当時は。

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