今って、膨大な情報の中から“あいまい”に検索しておいて、
「高い~安い」で並べ替えて、口コミをチェックして、買う物を決める、
っていう手法って結構浸透しているようで、それにはスマホが本当に便利なんだそうだ。
オバチャマがスマホからガラケーに戻したのは、
「すでになんでも目的が決まってる」
っていうあたりが違うんだなぁ・・・と痛感。
まず簡単に言えば、例えば洋服を選ぶにあたって、ブラウザなどでいきなり、「ブラウス カワイイ」という検索なんかはやらない。
楽天でもやらない。(つか、楽天は使わないんだなぁ。っとに。)
ひっかかり過ぎてムダなものをスクロールして見てる時間がもったいない。
目もチカチカしてくる。
あえてインターネットを利用する場合は、この店(ブランド)とか、このファッション誌(好みの傾向あり)とか、この好きなファッションサイトとか、そういったインターネットサイトを渡り歩いて選んでいく。
自分の目的のもの(好きなもの)は日々の観察と自分の好みの感覚で決まっているからだ。
好きなんだから安いも高いもない。
高かろうがそれを納得すれば買う。
けれども「膨大に検索しておいてソートして決める」っていうのは、「ここのこれ!っていうような、好きなものがないのかなぁ?と不思議でならない。
「どれ買ってもそう変わらないしさ。検索してソートよ。好きも何もないよ。人から「変わってるね」って言われなくて、一番失敗しないものでいいの。安くて。」
っていうふうな変化はいらないよなぁ。(家電であっても。)
「高い~安い」で並べ替えて、口コミをチェックして、買う物を決める、
っていう手法って結構浸透しているようで、それにはスマホが本当に便利なんだそうだ。
オバチャマがスマホからガラケーに戻したのは、
「すでになんでも目的が決まってる」
っていうあたりが違うんだなぁ・・・と痛感。
まず簡単に言えば、例えば洋服を選ぶにあたって、ブラウザなどでいきなり、「ブラウス カワイイ」という検索なんかはやらない。
楽天でもやらない。(つか、楽天は使わないんだなぁ。っとに。)
ひっかかり過ぎてムダなものをスクロールして見てる時間がもったいない。
目もチカチカしてくる。
あえてインターネットを利用する場合は、この店(ブランド)とか、このファッション誌(好みの傾向あり)とか、この好きなファッションサイトとか、そういったインターネットサイトを渡り歩いて選んでいく。
自分の目的のもの(好きなもの)は日々の観察と自分の好みの感覚で決まっているからだ。
好きなんだから安いも高いもない。
高かろうがそれを納得すれば買う。
けれども「膨大に検索しておいてソートして決める」っていうのは、「ここのこれ!っていうような、好きなものがないのかなぁ?と不思議でならない。
「どれ買ってもそう変わらないしさ。検索してソートよ。好きも何もないよ。人から「変わってるね」って言われなくて、一番失敗しないものでいいの。安くて。」
っていうふうな変化はいらないよなぁ。(家電であっても。)