JR西日本の山崎社長が、福知山線の大事故の責任を問われて起訴された。神戸地検による起訴はさまざまな議論を呼んでいるようである。その論点は、起訴の理由がJR西日本が極端なカーブにレールを付け替える事業を行ったときに、事故が起こる可能性を知りながらATSを設置しないで事故に至ったとして、当時安全対策部長だった現山崎社長を起訴したものである。たしかに彼がそのときに安全第一にATS設置工事をしておけば、この事故は起こらなかったかもしれない。そう言う意味で、彼に罪はある。
しかし、問題はこれまでの三代の社長がいずれも不起訴になったことである。彼らに責任がないとは誰も思わないだろう。それだけではない。運転士に過重なプレッシャーをかけ、遅れ運転をしたら特別な懲罰的な教育訓練をして、運転士に無理なスピードで走らせる原因になったJR西日本の労務管理がまったく責任を問われていない。事故のもっとも直接的、根本的な原因はむしろこのJR西日本の労務管理にあったのに、神戸地検の捜査ではまったくそれが訴追されていない。当時の社長はもちろん、労務管理の責任者たちもだれも起訴されていないというおかしなことになっている。
検察も神戸地検から山崎社長を起訴したいという上申に、検察庁は猛反対したということらしい。この程度の工事から事故を予見しないといけないとなると、ほとんどの鉄道の安全管理者は起訴されなければならないだろうと言うのだそうだ。もしそうなら、それはそれで恐ろしいことが起こっていることになる。いつ、われわれは電車の事故に巻き込まれても不思議ではないことなのかもしれない。
しかし、福知山線の事故の原因は、ATSを設置しなかったからではない。JR西日本のあのような労務管理や安全を二の次にして儲けを追求する体質こそが事故の本当の原因なのだ。検察は知っていながらその体質そのものを訴追することはしなかった。神戸地検は被害者や世論に何とか答えなければならないというプレッシャーと、検察庁の事故の責任は追及できないという権力・財界への追従路線とが対立して、結局ATSを設置しなかったというおそらく無罪になりそうな起訴の仕方でとりあえず、自分たちのアリバイをつくろったに過ぎないだろう。
本当の事故の原因は、JR西日本だけでなく、JRのすべての会社に共通している。それは民営化によって黒字化を強要されたJR各社の必然的な方向性だったといえる。そう言う意味では、あの大事故の本当の責任は、民営化をあれほど強引に進めた中曽根康弘首相にあると言って良いだろう。ナカソネを本当は裁判に場に引きずり出すことが必要なのだろう。
郵政民営化によって、国民の財産をたたき売り、それを買ってぼろ儲けをしたものがたくさんいることが分かってきた。かんぽの宿などは氷山の一角に過ぎない。300兆円という郵便貯金をアメリカ資本の餌として差し出し、自分たちの地位をアメリカに守って貰ったコイズミ・タケナカ路線の政治家たち。そしてそれにたかって懐を太らせた資本家たち。それとまったく同じように、いや、もっともっと大規模に国鉄の民営化によって、巨大な利益が一部の政治家と資本家にもたらされた。国鉄という巨大な財産が国民の手からもぎ取られ、これらの資本家どもの山分けに差し出されたのが、国鉄民営化だった。さいたま新都心の巨大開発は、国鉄の操車場用地を民間に払い下げて行われ、それによって巨額の利権が動いたと言われている。都内の国鉄用地の開発はもっと暗い世界のうごめきがあったらしい。しかし、国鉄の民営化の闇の部分を指摘しようとしたマスコミはなかった。ナカソネが強行した国労潰しの憲法も法律も無視したやり方に、国民もマスコミも震え上がったのだった。そのために、非人間的な扱いを受け、違法なやり方で首を切られた1047人の国鉄労働者の戦いはその後、孤独な戦いを強いられたのだった。
国鉄民営化こそ、福知山線の事故の原因だった。殺された100名を超える犠牲者は、決してATSが設置してなかったから殺されたわけではない。JRそのものの存在こそ、再び問われなければならない。
しかし、問題はこれまでの三代の社長がいずれも不起訴になったことである。彼らに責任がないとは誰も思わないだろう。それだけではない。運転士に過重なプレッシャーをかけ、遅れ運転をしたら特別な懲罰的な教育訓練をして、運転士に無理なスピードで走らせる原因になったJR西日本の労務管理がまったく責任を問われていない。事故のもっとも直接的、根本的な原因はむしろこのJR西日本の労務管理にあったのに、神戸地検の捜査ではまったくそれが訴追されていない。当時の社長はもちろん、労務管理の責任者たちもだれも起訴されていないというおかしなことになっている。
検察も神戸地検から山崎社長を起訴したいという上申に、検察庁は猛反対したということらしい。この程度の工事から事故を予見しないといけないとなると、ほとんどの鉄道の安全管理者は起訴されなければならないだろうと言うのだそうだ。もしそうなら、それはそれで恐ろしいことが起こっていることになる。いつ、われわれは電車の事故に巻き込まれても不思議ではないことなのかもしれない。
しかし、福知山線の事故の原因は、ATSを設置しなかったからではない。JR西日本のあのような労務管理や安全を二の次にして儲けを追求する体質こそが事故の本当の原因なのだ。検察は知っていながらその体質そのものを訴追することはしなかった。神戸地検は被害者や世論に何とか答えなければならないというプレッシャーと、検察庁の事故の責任は追及できないという権力・財界への追従路線とが対立して、結局ATSを設置しなかったというおそらく無罪になりそうな起訴の仕方でとりあえず、自分たちのアリバイをつくろったに過ぎないだろう。
本当の事故の原因は、JR西日本だけでなく、JRのすべての会社に共通している。それは民営化によって黒字化を強要されたJR各社の必然的な方向性だったといえる。そう言う意味では、あの大事故の本当の責任は、民営化をあれほど強引に進めた中曽根康弘首相にあると言って良いだろう。ナカソネを本当は裁判に場に引きずり出すことが必要なのだろう。
郵政民営化によって、国民の財産をたたき売り、それを買ってぼろ儲けをしたものがたくさんいることが分かってきた。かんぽの宿などは氷山の一角に過ぎない。300兆円という郵便貯金をアメリカ資本の餌として差し出し、自分たちの地位をアメリカに守って貰ったコイズミ・タケナカ路線の政治家たち。そしてそれにたかって懐を太らせた資本家たち。それとまったく同じように、いや、もっともっと大規模に国鉄の民営化によって、巨大な利益が一部の政治家と資本家にもたらされた。国鉄という巨大な財産が国民の手からもぎ取られ、これらの資本家どもの山分けに差し出されたのが、国鉄民営化だった。さいたま新都心の巨大開発は、国鉄の操車場用地を民間に払い下げて行われ、それによって巨額の利権が動いたと言われている。都内の国鉄用地の開発はもっと暗い世界のうごめきがあったらしい。しかし、国鉄の民営化の闇の部分を指摘しようとしたマスコミはなかった。ナカソネが強行した国労潰しの憲法も法律も無視したやり方に、国民もマスコミも震え上がったのだった。そのために、非人間的な扱いを受け、違法なやり方で首を切られた1047人の国鉄労働者の戦いはその後、孤独な戦いを強いられたのだった。
国鉄民営化こそ、福知山線の事故の原因だった。殺された100名を超える犠牲者は、決してATSが設置してなかったから殺されたわけではない。JRそのものの存在こそ、再び問われなければならない。