無病息災のとびら

21世紀の健康について考えています

人魚姫

2006年12月30日 11時07分00秒 | Weblog
 クリスマス・プレゼントを買うついでに書店に寄りました。ブラブラしていると、「アレ、取って下さい」と可愛いお嬢さんに頼まれました。私はよく店員にまちがえられるので「かしこまりました」と、丁重な店員になりきって最上段の本をとってあげました。アンデルセンの「人魚姫」です。私にも娘がいたらクリスマス・プレゼントはこんな本を選ぶのかなと、もう1冊とってパラパラみました。児童向けというより、大人向けを意識したような本です。挿絵が魅力的です。待合室用にと、私ももとめました。実は、わたしは、有名な「人魚姫」がどういう内容なのか知りません。暇なときに読んでみました。とても切なくなりました。


高速回転の、時計の針

2006年12月24日 10時56分00秒 | Weblog
 最近、だれに聞いても時の経つのが速いといいます。わたしが子供の頃は一日がうんざりするくらい長かったような気がします。それが、ことしは、とにかく、ガンバリマショウ! と決意したばかりなのに、もう、いくつねると、オショウガツ! です。これは、私なりに考えますが、地球の公転も時計の針も1年と24時間で回っているのかもしれないけど、誰も気付かないうちに以前よりもはるかに高速回転をしているのだと思うのです。

我が家の家訓は、夢

2006年12月22日 16時26分00秒 | Weblog
 最近我が家では皆それぞれに忙しそうで、食事をとるときくらいしかテレビを見る時間がないようです。それに食べる時間もまちまちになります。久し振りにテレビを見ながら全員で夕食をとっていると、由緒のありそうな家が出てきて、そこの方が代々伝わる家訓を守っているという話をしていました。考えたら我が家は皆それぞれしたいことを自由にしていて、家訓なんてものはないよね・・・という話になりました。それじゃ、家訓を作りましょうかということになり、そこで私は「いつも、夢をみて生きること」にしようと、提案しました。明確な賛同はえられませんでしたが、他にこれといった提案もなかったので、それが、我が家の家訓として登録されたのかもしれません。



夢・夢・夢・・・

2006年12月18日 22時06分00秒 | Weblog
 我が家でも夢の話をしていたので、松坂投手のインタビューをなんとなく惹かれて観ていました。大リーガーは夢ではなく目標だったと語っていました。ニュースの後にはJリーグ昇格を夢みるロッソ熊本のドキュメントを夕食をとりながら観ていました。その後ある野球少年のドキュメントが続いて、最初なんとなく観ていましたがだんだん惹きこまれてしまいました。
 こんな話です。脳性まひで少年野球のクラブに入ることが出来ない子が、それでも野球がしたいと大人の身障者のクラブに入ります。思うように球を拾えず涙を流すこともありましたが、好きなことだから頑張ります。周りの大人は押し付けも無視もせずほのぼのとした交流です。そして、クラブ全員もこの子の頑張りに触発されたのか、どうしても出来なかった夢の日本一に挑戦します。もちろん優勝するんですが、最後はプロに、大リーガーに、なるぞーっ! というこの子の夢で終わるのです。


クリスマスの思い出

2006年12月14日 15時38分00秒 | Weblog
 子供の頃のクリスマスは、真夜中の0時に浦上教会に行っていました。原爆で崩壊した「長崎の鐘」の本や歌や映画で知られる教会です。御ミサはクリスマスにふさわしく厳かに始まります。日曜日ならいくつもあるミサに分散する信者達が、このミサにほぼ集中するわけですから押しくら饅頭の状態です。それでも、その頃はまだ仮設の教会でしたから結構寒いし、冷たい板張りの上に正座をつづけるのもかなりの難行です。子供にとっては聖誕を喜ぶ気持ちより、はやく終わってくれることをお祈りするばかりです。そして、ようやくミサが終わります。「よかったーっ」と思う間もなく、すぐに第2弾の御ミサが始まるのです。もちろん誰一人帰る人はいません。そして、更に丁寧な第3弾目の御ミサがはじまります。脚のしびれは頂点に達し、半ズボンの脚の骨が板の間の板と接着してしまいそうに痛みます。第4弾目の御ミサが始まれば、発狂するかもしれないと心配しますが、そんなことはなく、朝の3時頃に解放されます。教会は小高い丘の上に建ちますが、丘を降るときには町の灯はほとんどなく、満天の空に、星という星が、こんなにきれいなものかという輝きで、輝いています。何ともいえない子供の頃のクリスマスの思い出です。

オシャレなストレス解消法

2006年12月11日 14時19分00秒 | Weblog
 私は、超弩級のストレスで苦しんだことがあります。人間はストレスがかかると、ストレスのことだけで頭が一杯になるようです。あまりアルコールは強くありませんが、そんなときにはいくら飲んでも酔いません。そんなことをつづけると、体がガタガタになってしまいます。これでは駄目と気持ちを切り替えましたが、落ち着いてみると、自分で自分を縛ってきたようで随分バカなことをしてきたなぁと思うのです。
 まだHPを立ち上げたばかりで、参考のためにいろんな方のHPを拝見させていただいていますが、その中にとてもオシャレなストレス解消法をみました。
 気ぜわしく車で朝出勤している途中で、迷惑な車に出くわしたそうです。しょうがないから裏道に入ったら又迷惑な車の後ろにつく羽目になったそうです。時間をロスしたこの方は、秘密の手帳にこの2台の車種とナンバーをひかえたそうです。その手帳は、「困っているのをみても助けてあげない人のリスト」なんだそうです。とっても、オシャレ~ですよね。


頭の血のめぐり

2006年12月07日 12時18分00秒 | Weblog
 下の息子が「あるある大辞典」で中国の吸玉をやっていたと、DVDに録ってくれました。これまで、親の仕事に無関心なようにしていましたから、少しうれしかったです。それに、最近自分から吸玉をしに来るようにもなりました。受験前の息子に「吸玉をすると、頭の血の巡りが良くなる」と話したからかもしれません。
 人間は直立してから、大脳を発達させました。引力の法則からみると、脚の方が血液の流れはいいように見えますが、実は、血液は心臓から送るより、戻るほうが問題なのです。
 静脈には弁がついていて、体を動かすことによって血液がスムースに心臓に戻るようになっていますが、その弁がしなやかさをなくすと、流れが停滞して静脈瘤になります。それはほとんど下肢に出来ますが、それは脚の血液を戻すのは引力の法則で困難だからです。ですから、頭のほうが血の巡りはいいわけです。もちろん、頭の血のめぐりは 吸玉をすると更によくなります。