24人のビリー・ミリガン〔新版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) | |
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●「総括」出来ない国 明治維新、一・二次大戦、琉球処分、原発事故
見出しに書き切れなかったが、イラク戦争の参加したトンデモナイ誤りを、英国ですらしているのに、していない。これは民主主義国家では珍しいわけで、政治家は、誤ったら、選挙で落とされるだけだから、それで禊が済んだと解釈される。疑惑の渦中にある人物でも、選挙で当選すれば、禊は終わったなんて話にもなり、最終的に政治家も政党も、重大な過ちを犯しても、罪に問われることは滅多にない。この理屈は、多数決で意志を決めたのだから、責任があるとすれば、それは賛成票を投じた政治家全体に及ぶ。とどのつまり、誰も責任を取らなくて済むように出来ている。
それでは、現実に法案を作ったり、誘導したり、洗脳して、自らの省庁の権益に沿う方向で動いている官僚組織は責任を取るのかと言えば、立法府の陰に隠れて実体が見えないようになっており、且つ、人事異動と云う贖罪装置が働くので、官僚と云う人々も、過ちだらけの行動をしていても、立法府の作った法律に沿って、粛々と行政装置を動かしているだけですと、言い逃れることが可能だ。イカサマな戦争で、他国の大統領を殺害しても、ブッシュもチェイニーもラムズフェルドも、逮捕されたなんて話は聞いたことがない。北朝鮮や中国の役人は、命を張っている分、勇気がいるかもしれない(笑)。
マスメディアにしても、言論人や有識者にしても、またコメンテータにしても、政治や外交防衛関連の言動に誤りがあったとしても、刑務所にはいることもないし、懺悔する必要もない。上述の話は極端だが、民主主義と云うものは、そういう無責任体質を醸成するリスクが非常に多い。アダムスミスの資本論においても、この経済システムの胆は、「道徳」だと念を押しているが、民主主義が機能する「肝」も、「道徳」と同義な「熟議」が欠かせないと云うことになるだろう。つまり、日米韓などの国では、到底成立できない社会システムなのだなと、納得する。なにせ、立憲主義の意味すら知らない政治家が憲法改正なんて言い出すのだから、こちらの気がふれそうになる(笑)。
ドイツのメルケル首相が、ドイツの歴史家との対話を通じて、「われわれドイツ人はナチスの時代に引き起こしたことに対し大きな責任を負っている。歴史に終止符はない」、「思想や外見が異なる人間が、人種差別や過激派の危険にさらされるのは正常ではない」、「われわれドイツ人はナチスの時代に引き起こしたことに対し、注意深く、敏感に対処するという大きな責任を負っている。歴史に終止符はない」、「われわれが過ちを繰り返して、未来の世代が身動きが取れなくなってしまわないよう注意しなければならない」等と述べている。安倍への、当てこすり対談のように思えてきた(笑)。
特に最後の部分が印象的だ。“われわれが過ちを繰り返して、未来の世代が、身動き取れなくなってしまわないよう注意しなければならない”この言葉は印象的だ。口惜しいが、ドイツ人は日本人より数段歴史を重視しているし、道徳の心もあるようだ。おそらく、安倍晋三の歴史修正主義的な言動は、将来の日本人の言動を窮屈なものにしてしまうだろう。祖先に、自分の感情の趣くままの発露で大きなツケを回したことになる。日本人が価値観を語る時、明治以降の脱亜入欧価値からしか出発しない、驚くべき歴史観があり、多くの人が、それを異様だと思わないのだから、異様だろう(笑)。“みんなで渡れば怖くない”が唯一の価値観だとすれば、たしかに物事を「総括」する観念が欠落していると云う事だ。以下は、朝日新聞の「総括」をテーマにした田原総一朗と若宮啓文の対談だ。適度に事実関係の幾つかが判った。
≪ 田原総一朗×若宮啓文(朝日新聞元主筆) 憲法記念日スペシャル対談 前編
■「安倍叩きは朝日新聞の社是」発言の真実
「安倍叩きは朝日新聞の社是」発言はしていません
田原: 今日は朝日新聞の主筆だった若宮啓文さんに来ていただきました。先日、若宮さんが僕のところに電話を掛けてきて、僕が百田尚樹さんと対談した『愛国論』という本があるんだけど、その中で百田尚樹さんの言っていることに非常に問題があるということをおっしゃった。 百田さんの発言で、「実は有名な話ですが、亡くなった政治評論家の三宅久之さんが朝日新聞の若宮啓文論説主幹に『なぜ安倍晋三をいたずらに叩くん だ、いいところもあるんだからそこも認めるような報道をしたらどうだ』と言ったら、『できない。社是だから』と言った。そんな姿勢を見ると客観的な報道を逸脱しているんじゃないかと思う。安倍さん叩きが社是ならば先に結論ありきの報道だ」というようなことを言っているんですね。 これについて若宮さんは、「それは事実ではない。自分は『社是だから安倍晋三を叩く』なんて言ったことはない」とおっしゃっています。
若宮: この 発言の出典は小川榮太郎さんの『約束の日』という本で、その1ページ目に今の話が出てくるんです。だから百田さんはそれを信じてそう言ったんだと思います。ただ、小川さんがずるいのは、その本で「これは本人に確認していない」と書いているんですよ。しかし、「確認するまでもない」というような言い方で断定しているんですね。
田原: そこを聞きたい。若宮さんは三宅さんがそう言ったということで、「冗談じゃない」と三宅さんに抗議したんですか?
若宮: 驚いて電話しましたよ。そうしたら、三宅さんは「いや、たしかにそう言ったよ」と。だったらどこで言ったのかと聞いたら、「記憶がない、どこかで立ち話で言ったんじゃないか」とそういう話だったんです。 だから「いや、それは三宅さんの勘違いですよ。そもそも私は『社是』とか『国是』なんて言葉はあんまり好きじゃないし、どこかでそんなことを言うことなんてない。想像さえつかない」と。だから、本でその話を読んだときも本当に狐につままれたような気持ちだったんですよ。 ただ言った言わないの話は水掛論で終わってしまうでしょう。それで『約束の日』を出した幻冬舎に、まだ私が朝日新聞にいた頃の話なので、朝日新聞社 として厳重に抗議文を出したんです。そのときに「三宅さんが言っているように、朝日新聞が安倍さんのいいことを褒めずにすべて叩いたかどうか、事実で証明しましょう」ということで、いくつか私の論説主幹時代の社説をコピーしてそれをつけて出したんですよ。 そうすると、ハッキリわかったのは、少なくとも三つの社説で安倍政権を高く評価しているんですね。そういうこともあるから、もし社是だったら私は社是に反したということになるわけですよ。でも、そんなことはあり得ない。
田原: それに対して幻冬舎はどうしたんですか? 若宮: 幻冬舎は「次の版を出すときに少し変えます」ということでたしかに少し変えたんですが、私が否定したということは書いていなくて、何だか要領を得ないような直しをしていました。もうバカバカしいので、それ以上は言わなかった。今度は『愛国論』を出したKKベストセラーズに厳重抗議してあります。
■安倍首相も「社是発言」を国会答弁で引用
田原: 小川榮太郎氏も百田尚樹氏も、朝日新聞のことを面白くないと思っているんですよ。ハッキリ言うと朝日新聞は時の政権に厳しいですよね。安倍政権だけに限ったこと ではなくて、時の政権全体に厳しい。全国紙で言えば、朝日新聞と毎日新聞が今の政権に厳しくて、読売新聞と産経新聞は今の政権に優しいというか、支持して いるというのがハッキリカラーとしてありますよね。だから、小川氏にしても百田氏にしても、それが面白くないんだと思います。
若宮: それはそういうことでしょう。だからといって、事実かどうかをまったく確かめずに公の場所で言ったり書いたりしていいのかということなんですね。
田原: すでにもう、若宮さんが三宅さんにそう言ったということが「事実」として広まっているわけね。
若宮: 百田さんたちは慰安婦問題で吉田清治の証言を載せた朝日新聞を散々批判しているわけですよね。吉田証言を真に受けて、裏もとらずに載せてけしからんと言っているわけでしょう。だったら「若宮なら言いそうだ」とか「朝日新聞ならそんな社是がありそうだ」というだけで、安倍叩きが朝日新聞の社是だと若宮が言ったなんてことを堂々と広言するのはどうなのか。全くフェアじゃないということですよ。
田原: 三宅さんは公的に否定していないんでしょう?
若宮: 否定はしていないです。そのまま亡くなりました。だから、「三宅さんがそう言った」というなら仕方がない。それは言ったのは事実だからしょうがないんです。だけど、僕は全面否定しているわけだから「三宅さんがそう言った」というなら「若宮はこう言っている」というのを言わなければおかしいのですよ。
田原: 三宅さんはもう亡くなっちゃったからしょうがないんだけど、若宮さんが三宅さんに抗議したときに、三宅さんは「そんなことは言ってない」と否定はしなかったんでしょう?
若宮: 三宅さんは、「若宮さんは冗談のつもりだったのかもしれないが、小川君に言ったら、あんなふうに書くとは思わなかった。悪かったな」と言っていた。ご本人がそう思い込んでいるのだから、それ以上は仕方ないんですよ。それだけのことですよ。
田原: ハッキリしているのは、若宮さんが「社是」なんてことを言いっこないだろうってことなんですよね。だから僕は若宮さんが三宅さんに冗談半分で言ったのかな、と思ったんだけど、若宮さんのほうはそんなことを言ってないんですね?
若宮: いや、まったくそういう記憶はない。冗談でもそんなことを言うはずがない。
田原: じゃあ、三宅さんが勝手にそう思い込んで言っちゃったんだ?
若宮: だから、何かと混同したんじゃないですかね。別の人の言ったことと取り違えたのかもしれないですね。
田原: この話は、安倍晋三首相までが信じて引用しているんですね。
若宮: そうなんですよ。僕は安倍さんには間接的にだけど、「三宅さんがこう言ったとこの本に書かれているけれど、事実とは違いますし、こういうふうに抗議もしていますよ」と伝えたんですよ。
田原: 反応はありましたか?
若宮: いや、何もなかったです。それどころか国会の質疑でもこの話をしたので驚いた。私の固有名詞は出していないですが、安倍さんは答弁の中で「朝日新聞は幹部が 『安倍政権打倒は朝日の社是である』と言うような新聞ですから」と言ったのです。そのときに朝日新聞は紙面にも「それは違う」と載せているんですよ。社説にも書いたんです。 小川氏に書かれたのが一回限りですんだのなら、私もそんなにグズグズ言わないんですが、あちこちでこれが喧伝されて百田さんには「有名な話ですが」 とまで言われているわけですから、これはきちんとしておかないといけない。僕も「そんなことを言ったんですか」とよく聞かれるんですが、常識で考えてもそんなことがあるわけがないでしょう。
■なぜ朝日新聞は慰安婦問題で謝罪しなかったのか
田原: その話 はわかりました。それで、例の朝日新聞の吉田証言問題については、若宮さんはどうとらえてらっしゃるんですか? 朝日新聞は1982年に吉田清治さんの証言を初めて紙面に掲載して、1991年にそれを再び採り上げ、その後1997年3月31日に吉田証言についての検証特集をやったけど、そのときには自社の記事を訂正しなかった。それからまた後の2014年8月5日の特集記事で、過去の一連の吉田証言に関する記事をやっと取り消した。これが問題になって、結局当時の社長の木村伊量さんが辞めざるを得なくなったわけですが、これはどうとらえていますか?
若宮: 朝日新聞が1997年に慰安婦問題を検証したとき、吉田証言の問題についてはそれまでにもずいぶんいろいろ指摘を受けていたので、紙面で「吉田清治氏の証言については、その後確証がとれていない」と書いて軌道修正したんです。ただ、訂正とか取り消しまで至らなかったのが、あとに悔いを残しました。
田原: 問題なのは、1997年3月31日の時点では吉田清治さんはまだ存命中だったわけですが、当人がまだ生きているのに会いに行ってないでしょう。電話で取材を申し込んで断られたわけでしょう。でも新聞記者というのは、当然10回でも20回でも行って、やっぱり本人に会って直接取材しなければダメだと思いますよ。
若宮: だから私は、あのときの検証は非常に不十分だったと思います。それでも朝日新聞はあのときに修正はしているわけです。そして、その何年も前から吉田清治氏の証言は紙面で使っていないんですよ。さらにその1997年の検証のときに、「これは裏がとれていない」ということを認めたわけで、相当修正はしたわけです。 それは不十分だったということは間違いないけれど、30年以上も嘘を垂れ流したなどと言われるのは違う。
田原: 修正はしたけど謝罪はしなかったんだよね。
若宮: その時点では、取材が甘いと言われればそれまでなんですが、吉田清治氏本人も過去の著作について全面的に創作だったと認めていたわけではないでしょう。
田原: でも電話で聞いただけで本人に会ってないんでしょう?
若宮: 私は詳しいことは知らないけれど、電話取材なりその他の状況証拠なりによって、いくつかフィクションがあることは認めていたわけです。
田原: 僕は2014年の8月5日付の慰安婦問題検証記事で、当然朝日新聞が謝罪するものだと思っていたけどしなかったんですね。
若宮: だから私もあの紙面を見て「おや?」と思ったんです。「取り消します」と書いているのであれば「お詫びして取り消します」とあるべきだろう、一面の論説にもきちんと謝罪があるべきだろう、と思ったけどそれがなかった。おそらく、吉田証言の問題だけで慰安婦問題全体が否定されるということを、朝日新聞全体として危惧したんだろうと思いますよ。だから、その懸念が前面に出るあまり、自社の記事を取り消すのにきちんとお詫びをしなかった。これはやっぱり致命的な間違いだったと思いますね。
■1997年の「慰安婦報道」検証特集のときも・・・
田原:あの問題で世の中に朝日新聞バッシングが出てきた。元々朝日新聞が憎らしいと思っていた人もずいぶんいるわけで、朝日新聞をバッシングするのは間違いだと思うけれども、やっぱり朝日新聞にはもうちょっと筋を通してほしかったですね。
若宮:だから、私はもうOBだから紙面にタッチしていないので、同じような感想を持ちますよ。1997年の検証特集のときには政治部長の立場から「これでいいのか」と疑問を呈しましたが、それだけに終わってしまった。
田原:ちょっとお聞きしたいんですが、1997年の検証特集のときに、本来ならばあそこで吉田証言についての報道は間違っていたと認めて謝罪すべきだったと思うんですが、そうすべきだという論争はなかったんですか?
若宮:あのときにも議論はあったはずなんですけどね……。
田原:だったら、その議論を紙面に掲載すればよかったんじゃないですか?
若宮:今考えればいろいろ言えますが、あのときには、吉田証言は全面否定まではできないという主張も社内にあったんですよ。つまり、吉田さんの証言は不十分だったかもしれないけれども、ご本人は曖昧にして逃げていたわけですね。一方で、吉田証言を裏付ける証拠も出てこなかった。 しかし、完全になかったと証明するのも難しい……それが正しいというわけじゃないんですが、「実情に沿って修正していけばいいじゃないか」という意見があって、ああいうふうに収まっちゃったわけですね。
田原:でも、1992年の段階で秦郁彦さんが済州島に現地取材に赴いて、強制連行の事実はなかったということを書いているんですよね。そういう事実がある以上、本当だったら1992年の段階で朝日新聞は済州島に取材に行くべきだったと思う。
若宮:済州島には取材に行きましたよ。ただ、もっときちんと実情を書いていればよかったと思います。
田原:何ですかね。それが朝日新聞叩きに発展するのは、僕は違うと思うけれども、なんでそこのところで朝日は筋が通せなかったんですかね?
若宮:朝日は……というか、私なんかはそれほど深刻な認識がなかったんですね。正直言うと、吉田証言がそんなに大きく報道されていたという記憶もなかった。あれはほとんど大阪本社の発行する新聞に大きく出ていて、東京でも少しは出たけれども、私には吉田証言がこの問題の本質だという認識がまったくなかったんですよ。 いまも本質だとは思いませんが。 秦さんが現地取材しているんだから、朝日も徹底的にやればよかったと思うけれども、それはそんなに本質的な問題ではないという認識だったのです。な ぜなら、例えば河野談話は1993年8月に発表されたんだけれど、政府がこの談話を作る際にも吉田証言は信憑性が薄いということで、それを無視して作って いるわけですよ。朝日新聞としては、河野談話で明確になった慰安婦問題への軍の関与や、全体としての強制性が問題なのであって、吉田証言で言われたように暴力的に慰安婦を連行したことがこの問題の本質なのではない、と認識していたんですね。 だから、私も突出した吉田証言は取り消せるなら取り消せばよかったと思うけど、それは慰安婦問題における部分的な事象にすぎないと思っていた。だい いち朝日新聞が全社挙げて吉田証言を支持していたわけでも何でもない。コラムなどでは取り上げていたけれど、社説では吉田証言というのは一回も使っていないんですよ。 ところが、段々とそこに問題がフォーカスされてきて、むしろ慰安婦問題全体を「こんなものは何でもない」と言いたい人たちが吉田証言に目をつけて朝日をバッシングすると同時に、吉田証言がすべてをねじ曲げた元凶だというイメージを作り上げたんだと思うんですよ。
■朝日の上層部も「最大のライバル新聞」のような傾向に
田原:朝日新聞のライバルの勢力はそうしたいわけです。これは若宮さんには責任がないんだけど、2014年の8月5日にちゃんと謝罪しておけばそれでよかったのに、と思うんですよ。
若宮:あそこで謝罪とセットで、その上で「さはさりながら」ということで慰安婦問題の議論を展開していればそれでよかったわけですよ。ところが謝罪がなかったから、あんなことになってしまった。
田原:なんで謝罪を切っちゃったんですか?僕が参加した第三者委員会でヒアリングしたところによると、最初の段階ではちゃんと謝罪が入っていたんですよ。途中で謝罪を切っちゃったんです。
若宮:田原さんは第三者委員会で検証していたから、私よりもむしろ事情に詳しいと思いますが、第三者委員会の結論でも「謝罪しなかったのは上層部の判断だった」ということだったでしょう。だからそれは上が判断を間違えたんですよ。これを謝罪すると、今言ったように慰安婦問題全体が葬られてしまうのではないかと、そういうふうに思ったんでしょうね。 だけど、それは逆ですよ。間違えたところはきちんと謝っておけばこんなことにはなっていなかったわけです。しかも、池上彰さんが朝日新聞の連載コラ ムで「間違っていたのなら謝罪もすべきだ」と指摘したら、それを掲載拒否するということで、そこでもまた判断を間違えたわけですね。
田原:あのコラムについても、現場のデスクや編集局長も掲載するつもりだったのが、もっと上のほうからやめろと言ってきたというのがね(笑)。何でしょうね、それが朝日新聞の体質だとは言わないけれども、どこの新聞社でもそういうことがあるんですかね?
若宮:それ はもう、朝日のライバル社なんか、上の一言でどうにでもなるじゃないですか。最大のライバル社のあの新聞ですけどね(笑)。そういうのは、朝日新聞にはないはずだったんです。だから私がすごく残念なのは、段々そういう傾向が出てきたんじゃないかということなんです。もっとも朝日のトップはライバル社のトッ プほどの権力者じゃないんですよ、だから失敗したんで(笑)。 だけど、私が体質的にすごく危惧しているのは、かつての朝日新聞というのはもっと自由闊達な議論があって、上が何を言おうと「何を言ってるんだ」と反抗するような気風がもっとあったと思うんです。そういう気風が最近失われてきているのではないか、と。
田原:あえて言うなら、2014年の8月、9月の時期を経てから、ちょっと朝日の記事は生彩を欠いているんですよね。 後編に続く
≪田原総一朗×若宮啓文(朝日新聞元主筆) 憲法記念日スペシャル対談 後編
改憲、安保、総括…「誤解だらけの」朝日新聞
■問題提起として政権批判がなかったら危ない
田原:あえて言うなら、2014年の8月、9月の時期を経てから、ちょっと朝日の記事は生彩を欠いているんですよね。
若宮:それは私が見てもちょっとおとなしい感じがあると思うんですが、これだけバッシングされていて、しかも「安倍叩きは朝日の社是だ」なんてことを本当に言ったという話まで流布されていると、そういう誤解を与えたくない、ということになるわけですね。
田原:どっちかというと、毎日新聞のほうがとんがっているんですよ。だから、朝日ももうちょっととんがってくれなきゃ。
若宮:だから、田原さんにはそういうふうにもっと朝日の尻を叩いてほしんですよね。
田原:最近週刊朝日の連載ではしょっちゅう叩いているんだけど(笑)。やっぱり朝日らしい権力批判をバシッとやらなければいけないんだよね。読売新聞や産経新聞は今の安倍政権を支持する立場ですよね。権力をチェックするという立場で、そこは朝日新聞にもっと頑張ってほしい。
若宮:私も 今は朝日の人間ではないですし、発言力があるわけでも何でもないので、そういうのは田原さんに大いに言ってほしいんです。朝日的なものが主流であった時代には、その逆の言論が頑張る意味があったと思いますよ。だけど、今みたいに政権ベッタリ的な言論が多い中では、朝日、毎日、東京、中日のような新聞が頑張らないといけない。 批判がすべて正しいというわけではないですが、問題提起として政権批判がなかったら危ないと思うんですよね。それは田原さんだってまったく同じ意見 だと思うんです。百田さんとの対談を見ると、田原さんもずいぶん百田さんに合わせているなと感じるんですよ。少しは朝日を擁護しているところもありましたが。
田原:僕が百田さんと意見が違うのは、百田さんは朝日が国益を損ねたと言っているんだけど、僕は損ねていないと思う。国益ってのはそんなに簡単に損なわれるものじゃないし、そんなことを言っていたら、たとえば2013年の12月26日に安倍首相が靖国に参拝した、それでアメリカが「失望した」と表明した。あれこそ国益を損ねたんじゃないかと思うので、国益ってそういうものだと思うんですよ。
■安倍首相というのは歴史修正主義者じゃないか
若宮:だか ら慰安婦問題も吉田証言に限っていえば間違いだったけれども、だけど従軍慰安婦なんて問題でも何でもないんだと封じ込めることが国益に適うかといえば、逆ですよ。だから、よく朝日は「国益を考えていない」とか「愛国心がない」とか言われるけれども、もちろん私にも国を愛する気持ちはあるわけで。
田原:だって愛国心というのは、たとえば昭和16年、1941年に本当に愛国心を持っているなら、あの戦争に反対するべきだったわけですよね。負けるに決まっている戦争なんだから。あのときに戦争に反対したら監獄にぶち込まれたと思うけれども、それでも反対するのが愛国心というのはそういうものですよ。今たとえば集団的自衛権とか、あるいは来年おそらく憲法改正にいくと思うんですが、どういう改正をするのかというのは相当に、僕は今は大きな転機にきていると思うんです。
若宮:それに太鼓を叩いて乗っかっていいのか、とね。でも、田原さんも憲法改正にけっこう乗り気なようですし……。
田原:いや、 乗り気ではないですよ(笑)。僕はこれはハッキリ言っているし、安倍さんにも言ったことなんだけど、「憲法改正することに反対ではない、ただし九条一項は 絶対に守るべきだ」と。九条を改正するなら、二項に「自衛権ありで自衛隊を認める」と入れればいいので、一項を変えるのは絶対に反対です。「もし一項を変えるというのであれば、僕はあなたを徹底的に反対する」と安倍さんに言っているんですよ。
若宮:それは、彼らも九条一項を変えるなんて言いませんよ。憲法についてはいろいろな考え方があるから、私は一概に護憲が素晴らしいとか改憲はいけないとか言うつもりはないけれども、少なくとも九条をいじるなら、あるいは今の安全保障をいじるのであれば、旧日本軍や日本軍国主義がやったことをきちんと総括して、それを否定した上で新たな日本のありようとして提起するのでないと、諸外国がみんな不安に感じると思う。私もイヤです。
田原:たとえば、第二次安倍内閣ができたときに、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストが安倍内閣批判をやって、痛烈に批判しましたね。何故批判したかというと、もしかしたら安倍首相というのは歴史修正主義者じゃないか、東京裁判を否定するつもりじゃないかと、こういう疑いを今も持っていますね。そこはとても 大事な問題だと思います。
若宮:まったくそうだと思いますよ。私はイギリスのある人からも同じような話を聞きましたよ。その人は「日本は独立国なんだから自衛隊を新たに法的に位置付けて憲法を改正するというのならそれも一つの考え方でしょう。ただ、今見ていると昔の日本軍がやったことまで正当化するような空気があって、そういう中で憲法改正しようというなら、それは大変困ったことです」という危惧を抱いていたんですね。
田原:それはアメリカ、ヨーロッパも含めて非常にそこを心配していますね。 朝日はリベラルではあっても、左翼的路線ではなくなっている
若宮:慰安婦の問題でもそうなんですけれど、「日本の名誉を回復しなければならない」という議論があるじゃないですか。日本の名誉を回復するという議論なのに、戦前の日本の名誉を回復することばかり言っているわけですよ。 私は、戦前の日本の名誉を回復して今の日本の名誉が高められるのかというと、そうじゃないと思うんですよね。戦前をきちんと総括して、悪かったことは悪かったと明確に認めることが、今の日本の名誉を高めることになるわけです。
田原:その問題では、読売新聞のトップのあの人ですら「満州事変や日中戦争は侵略戦争だ、パリ条約違反だ」と言ってる。
若宮:そこはまったく一致しているんですよ。だからA級戦犯を合祀した靖国神社への参拝は許せないという点ではまったく同感でね、そこのところはいいんだけれども、なぜか従軍慰安婦問題になると、途端にすべて立場が変わってしまうのはちょっと残念です。
田原:そこで今こそ朝日新聞に頑張ってほしいと思っているところでね。
若宮:朝日新聞に対してはほかにも誤解があると思うのです。百田さんは典型だと思うんですが、何か未だにすごく左翼というか極左的なイメージで、たとえば田原さんとの対談でも百田さんが言っているけれども、「朝日は中国や韓国のことはまったく批判しない」と言っているんですが、とんでもないですよ。 最近の朝日は中国について「紅の党」という企画をやったりして、中国の政権の問題をずいぶんえぐっているのが朝日新聞です。韓国や中国に対しては、 もちろん日本の単純な嫌韓やら反中については批判するけれども、中国や韓国にも問題があるということしばしば指摘していますし、私自身も相当苦言を呈していますよ。
田原:ちょっと朝日新聞批判をすると、やっぱり文化革命が失敗に終わったとわかっていながら、ずいぶん長い間朝日新聞は文化革命を肯定していたんですよね(笑)。
若宮:それは田原さんの記憶には鮮明なんだと思いますし、私だって「ずいぶん間違ったことをしているな」と思った記憶はありますよ。でも、それはもう随分昔の話。今の報道はその連続上にはまったくないわけですから、そこを見てほしいと思います。安全保障の問題だって、私が論説主幹の時代に有事法制賛成に踏み切っているんですよ。 朝日新聞は有事法制にそれまで伝統的に反対だったんですが、10年以上も前に変えました。PKOも自衛隊の別組織をつくってやれという主張から、自衛隊の任務として位置付けろと変えているわけですよ。そのとき、とくに共産党とか当時の社会党もそうしたことに反対だったわけで、だから朝日はリベラルではあっても、左翼的路線ではなくなっているんですよ。だから、もちろん左の人たちからは叩かれもした。もっとも朝日新聞というのは一枚岩じゃないから、仮にそういう路線を打ち出しても、紙面が統一されていたわけではないですがね。
■読売も産経もイラク戦争報道では誤報の垂れ流し
田原:そこはちょっと聞きたい。さっきも1997年の段階で若宮さんたちは「もっとちゃんと総括をしろ」という意見だったが、社会部を中心とする検証班の意見はそうじゃなかった、という話があった。そういうときに論争をしないんですか、朝日は?
若宮:いや、検証チームの現場ではしたと思うんですが、上のほうでは論争まではしてはいないですよね。 田原:そういう論争をしない? 若宮:議論はしたけれども、あのときは検証チームでの結論が優先されてしまったんでしょうね。僕は少し何か言いましたが、チームの結論ということで、あまり議論にならずに終わってしまった。いまになると僕も大いに反省するしかない。
田原:新聞社ってそういう論争はしないんですかね?
若宮:いや、もちろんよくしますよ。論説委員室なんかは社説をめぐって毎日議論をやるわけだから。大論争になるときもありますよ。もう一つ言いたいのは……せっかくの機会なのでライバル会社にも触れますけどね(笑)、朝日の吉田証言問題ばかり責められるけれど、じゃあ読売新聞や産経新聞は、イラク戦争をどう評価したのか。あれだけ「正義の闘い」だと讃えておきながら、それを総括したのか、間違いだったと認めたのか、と言いたいのです。
田原:アメリカのメディアですら総括しているんですよね。
若宮:アメリカのメディアは「イラク戦争は間違いだった」と総括したり反省したりしていますよ。だけど、読売、産経新聞は、あれを「正義の闘い」と評価したことについて総括しているのか。
田原:朝日新聞はどうなの?イラク戦争の報道について総括したの? 若宮:総括よりも何よりも、当初から「これは間違った戦争だ」と言い続けていたんです。開戦の日には私が一面に「世界を誤らせた日として歴史に残るのではないか」とまで書きました。いま、「イスラム国」ができるなど大混乱のきっかけになったのはイラク戦争だったと言われていますよね。 ところが、米軍が侵攻して割と早い時点でバグダダッドが陥落したとき、読売新聞は「正義の闘いの正しさが証明された」と大きく社説で書いているんで す。産経新聞も開戦を支持し続けた。それはその時々の判断だから、間違えることだってありますよ。それは仕方ないとしても、メディア、とくに新聞はその判断がどうだったかをきちんと総括しなければダメですよ。私に言わせれば、あれこそ「誤報」の垂れ流しだったのではないか。
田原:もう一つ、アメリカ政府ですらイラク戦争を総括しているんだけど、日本政府は総括していない。これはなんでですか?そこを朝日は衝くべきだと思う。太平洋戦争の総括もしていない、イラク戦争の総括もしていないんですよ。
若宮:これはね、実は民主党政権の時代にやろうとした節はあるんです。ところが、私の聞いた話では、生ぬるい総括みたいなものが外務省のペースで出てきて、結局総括できずに政権が終わっちゃったんですね。
田原:何だかこの国は、過去の総括というものをしない国だというイメージになってしまっていますよね。
■安全保障法制や改憲に熱心な人たちは、イラク戦争に賛成だった
若宮:今、安全保障法制や改憲について熱心な人たちは、ほとんどイラク戦争に賛成だったわけですよね。少なくとも反対しなかった人たちでしょう。それはおかしいと思うんですよね。
田原:今のアメリカ大統領はイラク戦争に反対したんだよね。
若宮:危惧するのは、第2のイラク戦争のような事態が起こった場合に、自衛隊がそれに引きずり込まれるんじゃないかということです。あのときは九条があったから、辛うじてイラク南部のサマーワの宿営地周辺で人道復興支援だけに限定されていたわけだし、小泉さんは「一発も銃弾を撃たずに帰って来た」と胸を張ったんだけど、それは九条があったお陰じゃないですか。 その歯止めがなくなったら、他国の戦争に付き合う可能性がものすごく高くなるわけですよ。それでもいいんだというのなら、それは一つの判断ですよ。 とことんアメリカについていくというのなら、それも一つの判断かもしれないけれども、そういう正直な議論をしていないじゃないですか。
田原:今問題 なのは、本当ならば集団的自衛権の議論を自民党内でやるべきなんです。昔は自民党内に必ず反主流派というのがあったんです。田中角栄さんのときにも、中曽根康弘さんのときにも。今は反主流というのがいなくなったんです。今はやっと自民党の反主流派の役割を公明党がやっているわけですね。
若宮:反主流までいってないですが、非主流としての位置付けですよね。
田原:自民党というのは昔は総合デパートといわれていて、多様性があっていろいろな意見があったんだけど、今はないんですよ。それはとても危険なんですよ。だからマスコミがしっかりしなければいけないんです。
若宮:そう思いますが、そのマスコミが今のような状況だとね。田原さんにも頑張ってほしいと思いますね。
田原:そうは言ってもこの歳だからね(笑)。年寄りの冷や水ですよ。
若宮:朝日新聞にも少しネジを巻いていただきたいんですけどね。
田原:盛んに巻いているんだけどね。
若宮:そうかなぁ、半分水を掛けているようなところもあるような気がするんですが(笑)。
田原:僕が批判したのは、「たまには朝日新聞も提案をしろ」ということでね。
若宮:それも誤解があります。例えば、僕が論説主幹の頃、憲法60年の特集として「日本の新戦略」と名づけて提案もたくさんしましたよ。社説を一度に21本も出したりしてね。評価はいろいろかもしれないですが、そこで日本は「地球貢献国家になれ」と打ち出した。非軍事の貢献を中心にし、九条は変えないけれど、それに代わる平和安全保障基本法というものを作って自衛隊をきちんと法的に位置付けろとか、PKOも少し拡充していいんじゃないか、というような意見まで出しているんですよ。 私のあとも、福島原発の悲劇を受けて「脱原発」にかじを切れと、大々的な社説を展開しています。このごろそういう思い切った提案が見られないのは確かに残念だと思いますが、「朝日は提案しない」なんて間違っていますよ。
*若宮 啓文(わかみや よしぶみ) (公)日本国際交流センター・シニアフェロー。 1948年生まれ。東京大学法学部卒業、朝日新聞政治部長、論説主幹、主筆を経て、現職。その間、ブルッキングス研究所客員研究員、慶應義塾大学・龍谷大学・韓国東西大学の客員教授・ソウル大学日本研究所研究員を歴任。日韓フォーラム幹事。 主要著作に、『戦後70年 保守のアジア観 』(朝 日新聞出版、2014年)、『新聞記者―現代史を記録する』(ちくまプリマー新書、2013年)、『闘う社説―朝日新聞論説委員室2000日の記 録』(講談社、2008年)、『韓国と日本国』(共著、朝日新聞社、2004年)、『忘れられない国会論戦―再軍備から公害問題まで』(中公新書、 1994年)、など。『日韓の未来をつくる 韓国知識人との対話』(若宮啓文著・慶應義塾大学出版会刊)が5月23日発売予定
*田原総一朗(たはら・そういちろう) 1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年に フリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人 を選ぶ城戸又一賞を受賞。現在、早稲田大学特命教授として大学院で講義をするほか、「大隈塾」塾頭も務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激 論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。また、『日本の戦争』(小学館)、『塀の上を走れ 田原総一朗自伝』(講談社)、『誰もが書かなかった日本の戦争』(ポプラ社)、『田原総一朗責任 編集 竹中先生、日本経済 次はどうなりますか?』(アスコム)など、多数の著書がある。 ≫(現代ビジネス:政治を考える―田原総一朗ニッポン大改革)
日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義 ?版籍奉還から満鮮経略への道― (落合秘史) | |
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