里山日記

NPO法人「里山を守る会」における活動の内容。
その日にあった様々な出会いと、感じたことをつづりたい。

フェステイバルを終了して

2022-10-17 05:13:32 | Weblog

10月9日(日)フェステイバル本番。午前7時にSさんを迎えに行く。当然のように、作業服に身を包み、準備万端 私を待つSさん。

前日(8日)の最終準備が終了し、帰路に着く途中、「充実した一週間だったなー。」とSさんが独り言のようにつぶやいた。

私は黙ってハンドルを握っていたが、その言葉に様々な思いが駆け巡った。そして(無理を承知でSさんにお願いして良かった。)と思った。

当日は暑くもなく寒くもなく、絶好のフェステイバル日和となった。

4年ぶりの開催であり、コロナ禍から決別する思いもあり、何としても雨だけは降ってくれるなと、祈っていた。

初めて、自分のご先祖さんにまでお願いした。

この日、来賓者へのご挨拶、全体の進捗状況の確認、コンサート出演者との打ち合わせ、焼きそば、カレー、ピザの状況。出店頂いた関係者への挨拶など、くまなく会場を動き回っていた。

Sさんは舞台の裏側で電気関係の保守を一手に引き受けてくれていたが、労をねぎらう時間も取れなかった。

Sさんはちゃんと昼食をとってくれたのだろうか。私自身カレーを頂いたが、それが何時だったかも覚えていない。

お陰様で、過去最高の人出だったようだ。

午後4時すべての日程が終了した。

約1時間でテント、案内板、旗、テーブル、椅子、の撤収が魔法のように終了した。

いつものことながらそのスピードとチームワークのすごさに感嘆した。

明日、残りの作業(舞台解体)と、反省会(慰労会)を行うことを約し、Sさんを乗せ、一足先に帰路についた。

「明日の反省会に出てくださいね。」と言ったが、悩んでいる様だった。

「今日は仲間とゆっくり話す時間も取れなかったので是非出席してくださいよ。」とお願いしたら、「わかりました。」と答えてくれた。

この1週間 Sさんとの交流を通じ、人は必ず老い、そして体力も低下し、気力も低下するという、当たり前ではあるが、まもなく自分にも訪れるということを実感した。

一方、仕事は、年齢と体力に合わせながら続けるべきであり、人との交流を遮断してはならないと改めて思った。

当会の設立目的は、地元に残る里山の保全と、子供たちの遊びの場として整備を図り、青少年の健全育成に寄与する。と記されている。その考え方に共感した人々が会員となり、日々活動している。 長い方は20年を過ぎています。

Sさんもその一人でした。しかし、様々な理由からその交流が途絶えてしまったのです。

しかし、自分の仕事が人の役に立ち、気心知れた仲間との交流再開により、Sさんの心に何かのスイッチが入り、かつての姿を呼び起こすという現実を私は目の当たりにしました。

そして当会の活動が、子供たちの自然体験のサポート、来場する方々へのサポートにとどまらず、会員同志の交流の場であることを再認識しました。

当会に加入するまで、それぞれの人生を歩み、それぞれの友達がいましたが、当会に加入することにより、新たな生きがい、新たな友人を得る機会に繋がると確信します。

園児や小学生との交流イベント多い当会は、会員の老化防止に特に役立ちます。

設立20年余を過ぎた当会ですが退会する会員が極めて少ない原因はこの辺にあるのではないでしょうか。

今後も無理をせず、和やかな組織づくりに努め、老若男女、そして親子が集う場所として活動を継続したいと願っています。

Sさんには今回のフェステイバル参加を機会に、様々なイベントに参加していただくべく、お迎えに上がる予定です。

里山の大きなイベントが終了し、米、梨の収穫も終えて、しばし旅行に出かけたいなと思っています。


里山フェスティバルを終えて 続き

2022-10-15 05:15:51 | Weblog

10/1(土) 今日はフェステイバルの準備の日である。自宅に預かっている舞台の電気工事一式を軽トラに載せ、待っている筈のSさんのところに向かった。1週間前、「午前7時に迎えに来ます。」と言って別れたが、一抹の不安があった。

はたして私との約束を覚えていてくれるか、という不安である。確かにあの時、「わかりました。」と自信に満ちた落ち着いた声で言ってくれたが、「どうも、このところ、物忘れがひどく、この部屋に何に来たかわからなくなり、仕方がないので元のところに戻るんですよ。」「そんなことがしょっちゅうで嫌になります。」

そんなことを話していた。「私だっておなじですよ。」と返したが、もし忘れていたらどうしようと思いながらSさん宅に急いだ。

約束の5分前に着いた。玄関は閉まっていた。呼び鈴を鳴らしたが、返答がない。「Sさん、中川です。」と大きめに叫んだ。

と、「おはようございます。」と倉庫の方から声がした。そこには作業服を着て、背筋を伸ばしたSさんが立っていた。

(ああ、よかった。)思わず、自分の顔が緩むのを感じた。

「今日の作業動道具を載せてくれますか?」指先をたどると、3段に重なった様々な作業道具が整然と並べられ、Sさんの強い決意を表していた。

我に返り、急いで軽トラに載せたが、結構な重さで、今のSさんにはちょっと大変だろうなと感じた。

助手席に乗り、きちんとシートベルトを締め、厳しい表情で、前を向いていた。 途中、いろいろな話をした。時々、後ろを振り返り、荷物の位置の確認をしているようだ。(さすが、職人だな。) すっかり、昔のSさんに戻っていた。

お互いの緊張がほぐれたころ、「いやー、実はSさんがもし、今日のことを忘れていたらどうしよう、と思っていたんですよ。でも、よかった。よかった。」と正直に話してしまった。

Sさんはしばらく無言でいたが「実は2日前、カレンダーに大きな赤い丸が付いているのを見つけて、何だろうとのぞき込んだら、里山・作業と書いてあって、「そうだ、忘れちゃまずい」と思い、印をつけたことを思い出したんです。」 と、これまた 正直に話してくれたのだ。

「そうだったんですね。」 (危なかった。)と思ったが、改めて「老いる」とはそういうものだと思った。

忘れ防止のため、カレンダーに印をした Sさんに改めて敬意を表したい。

五郎助山には7:20分に着いた。まだだれもいなかった。Sさんは3年ぶりの五郎助山をあちこち歩きまわり、のんびりする気配もなかった。

積んできた資材をコンサートの舞台周りに下ろし、一休みしましょう、との声にやっと休んでくれた。

続々と仲間が集まり、女性会員が入れてくれたお茶をすすりながら、今日の作業分担を確認した。

久しぶりに会うSさん。3年間の変貌を知らない会員は以前と変わらぬSさんの姿を見て今までと同じように接していた。

そしてSさんも体力は落ちたが、以前と変わらぬ仕事ぶりで、てきぱきと指示を出し、事前に太い配線が完了していたこともあり、午前中に、ほぼ予定の工事は完了してしまった。

昼食の時間となった。Sさんを探すと古株のNさんのそばにいた。寡黙な方であるが、やはり昔から気心が知れている方のそばが居心地がいいに決まっている。

昼食が終わり、Sさんを自宅に送るつもりで、車を回すと、舞台の飾り付けが終わっていないようだから、手伝って行くという。

久しぶりの体力仕事で、疲れている筈なのに、大丈夫か、と思ったがその真剣なまなざしに、「わかりました。終わったら声をかけてください。」と車のエンジンを切った。

82歳、しかも3年間、ほとんど外にも出なかったSさんが、突然昔のSさんに戻ったことが信じられなかった。

しかも、自分の仕事を完了し、他の班までの仕事を手伝える体力と気力はどこから来るのだろう。

仕事を終え、送る道すがら、「疲れたでしょう。今日は早く休んでください。」「次回は開催日 前日の10/8日ですが、大丈夫ですか?」

「はい大丈夫です。」とSさん。

自宅に着き、重い作業道具を下ろし、私を見送ってくれたSさん。その顔は少しの疲れも見せなかった。

続く

 

 

 

 

 


第18回里山フェスティバルを終えて

2022-10-14 06:42:26 | Weblog

10月9日(日) 第18回里山フェスティバルが無事終了した。翌日、後片付けを行い、ささやかな慰労会を開いた。

もつ煮込みと、焼きそば、ノンアルコール。 準備から本番まで数日間というより、半年前から準備は進めていた。

当時はコロナ感染者の増加で不安の中、コンサート出演者への交渉、4年ぶりということで設備、備品の確認を早い段階から検証した。

毎回、舞台の電気設備・設置に多くの時間がかかる。その担当は第1回開催当時から会員である古河市のSさんが担ってくれている。

3年前のフェスティバルは台風で中止になってしまったが、この時もSさんが中心となって電気工事を担当してくれた。

今回もSさんにお願いしようと連絡を取ったが、自宅の電話も、携帯も呼び出しているにもかかわらず、まったく繋がらない状況が続いた。

Sさんは今年82歳になる。この3年間、里山の定例作業に一度も参加されていない。 何かあったのか? 奥様を亡くされて現在一人暮

らしと聞いていたが、不吉な思いが急に広がった。そういえば、夏に送った梨の返信もなかったことを思い出し、とりあえず、自宅に

行ってみようと、朝早く出発した。 見覚えのある「S電気店」の看板が見えた。車が2台停まっていた。おそらく息子さんの車であ

ろう。 息子さんはSさんの後を継ぎ、近くで電気工事専門店を経営されている。

玄関前で恐る恐る呼び鈴を鳴らした。しばらくして引き戸が「すー」と開いた。

そこには白い髪と白いあごひげを伸ばした小柄な老人が力なく立っていた。 「あ、Sさん。お久しぶりです。」・・・・

いぶかしく私を見上げ・・・「どなた?」   「中川です。里山の中川です。」しばらく記憶をたどるように首をかしげ、「ああ、中川さん。・・」 「はい。どうも、ご無沙汰です。」「いやー、何度も電話をかけたんですが、出られなかったので、来てみました。」

「ああ、耳がどうも聞き取れなくて、出ないんです。」 「でも、中川さんの声は、よく聞こえます。」

地声が大きい私の声はいまのSさんには効果的だった。 今年、4年ぶりに「里山フェスティバル」を開催することになったこと。S さんに、また工事を担当してもらいたいこと。を ゆっくり、いくぶん大きな声で話した。

里山での過去の思い出話をして行くうち、どんよりとした目に、眼光がはっきり表れた。 

運転免許証を返上したこと。週1病院に行くこと以外、家にいること。体力が衰え、自転車も押して歩いていること。などをぽつり、ぽつり話し始めた。私もSさんが参加した昔話を探し、話題を振った。次第に笑みもこぼれ、ひところのSさんに近づいてきた。

会員には電気工事に携わった会員がSさん以外3名がいるので、指示監督するだけで良いので、何とか出ていただけないかお話しした。

「当然、送り迎えは私がするのでどうでしょうか?」 しばし、沈黙の後、はっきりと「わかりました。」と答えてくれた。

「あ、そうだ里山の材料が、倉庫にあるんだ。持って行ってくれる?」 電気工事に使う資材を保管しているという。

数十分の間に、見違えるように精気を取り戻したS さんがそこにいた。

怖いほどの変貌である。 1週間後、午前7時に迎えに来ることを約し、フェステイバルのチラシを玄関において、ほっとした思いで家に着いた。

それにしても、久しぶりに玄関で出会ったSさんを見た瞬間「これは無理だな。」と正直感じた。それが里山のことを話し始めて数十分経過すると元気なころのSさんの顔に戻り、過去の記憶がまざまざとSさんの脳裏に蘇ってきたことを実感した。

Sさんは当会が設立してまもなく入会していただき、20年余の歴史がある。

また、フェステイバルの電気工事はSさん一人で担って来た。Sさんがいないとフェステイバルの開催はあり得なかったことも事実であった。

その自信と自負はSさんの心に深く刻まれていたに違いない。

人間の 生きる! 生き甲斐、生命力、について深く考えさせられたひと時であった。

つづく。


第18回里山フェスティバル 大成功

2022-10-10 19:59:59 | Weblog

10月9日(日) 予定通り第18回里山フェスティバルが開催された。「曇り、のち雨」という予報であったが、朝から日差しがあり、予報より良くなる予感がした。

野外イベントの宿命で、お天気だけはどうにもならない。それだけに毎回、神様、仏様、そして気象庁にもお願いしていた。が、今回、秘かに我が家のご先祖様にまで願をかけた。

4年越しのフェスティバルとなる今回は何としても実現したかった。

会員は7:30集合。

今回も(株)flexの皆さん11名、安全協会の皆さん8名の応援を頂き、売り場のお手伝い、来場者の交通整理をお願いした。

8:30分 来賓者の皆様が続々とご来場された。9:00からの開会式では小室 高志教育長、津田 修議長、地元関城西小学校 石川 剛校長のお三方からご挨拶を頂いた。関城東小学校沼田 洋子校長もご臨席いただいた。

また、公務の合間を縫ってご来場頂いた須藤 茂市長からも一言ご祝辞を頂き、華を添えていただいた。

設楽詠美子県議、小島信一市議は会員でもあり、お忙しい中、駆けつけて頂いた。 

その他、多くのご来賓の皆様に、深く感謝を申し上げたい。

薪割り

ツリークライミング

 

釣り、ツリークライミング、薪割り体験、ネーチャーゲームなど里山ならではのイベント会場はどこも盛況で、過去最大の人出となったようだ。

森のようちえん、子供たちによるわら打ち豊作祈願(10月8日は十三夜だった)

 

三年に及ぶコロナ禍で、心身の疲れを里山という自然の中で癒したいと来場された方も多かったのではないだろうか?

会員が提供するピザ、焼きそば、カレーはお昼を待たず、売れ切れとなった。

午後からは森のコンサートが開催された。県西ハーモニカ楽奏、大竹英司(尺八)、クミ&せい(木の笛、ギター)、酒井和嘉子、佐藤ゆか、ジェフ・カリ―(二胡、キーボード、コントラバス)の4組の演奏家が初秋の森の中で、それぞれの音色を、披露していただいた。

久しぶりに平和が戻ってきたようだ。

二胡の酒井和嘉子さんは今回で六度目の来場で、里山コンサート最多出演者であり、彼女の二胡を目当てにご来場されるファンの方も多い。

お天気に恵まれ、多くのご来場を頂き、会員はフル回転で自分たちの仕事をこなした。

午後4時すべての日程が終了した。しかし、遊び足りないのか、子供たちは森にとどまり、トンボ池で遊び、親たちもそれを笑顔で眺めていた。

四年ぶりの里山フェスティバル。開催出来て本当に良かった。

全ての人に感謝したい。

何よりも太陽をのぞかせてくれた天の神に感謝したい。

今日は枕を高くして眠ることが出来そうだ。

 

 

 


いよいよ本番まじか

2022-10-07 19:25:49 | Weblog

10月7日(雨)。 第18回里山フェスティバル開催日(10/9)まであと2日となった。今日は朝から雨。肌寒い。しかもかなりの雨量である。刻々と変わる天気予報に一喜一憂している。

幸い明日は久しぶりに太陽が出て、晴れ間も広がり、温度も20度を超えるとのこと。開催当日は曇りで、日中雨は降らないとの予報である。

とにかく雨だけ降らなければ良しとしたい。

コンサート出演予定の皆様も同じようにお天気になるよう祈ってくれています。関係者全員が同じ気持ちです。

この思いは必ず、天に届くと信じています。

本番に向けて、着々と準備が進んでいます。