里山日記

NPO法人「里山を守る会」における活動の内容。
その日にあった様々な出会いと、感じたことをつづりたい。

学校週6日制検討の報道に接して

2013-01-22 23:18:57 | Weblog

学校週6日制検討の記事を読んで。   NPO法人 里山を守る会 理事長 中川 行夫

1月6日の読売新聞に下村文科相が公立小中高の土曜授業を復活させる学校週6日制について導入に向けた検討に入ったとの報道があった。

授業時間を増やし、学力向上を図るということである。

思えば平成14年に「ゆとり教育」という名の下に完全学校週5日制が実施され、子供の「心の教育」「生きる力を育てる」を声高に叫んだ文科省。

あれから10年、学力の向上という大儀のため、鳴り物入りでスタートした「ゆとり教育」そして週5日制も終焉を迎えそうである。

文科省の場当たり的な政策の転換に一番迷惑しているのは、現場の先生、そして当事者である児童生徒達だろう。

そもそも「ゆとり教育」「週5日制」はどのような背景から生まれたのか?

 1996年(平成8年)校内暴力、いじめ、登校拒否、落ちこぼれなど学校教育や青少年にかかわる数々の社会問題を背景に第15期中央教育審議会(中教審)が第1次答申として発表された。

答申は子供達の生活の現状として、ゆとりの無さ、社会性の不足と倫理性の問題、自立の遅れ、健康・体力の問題と同時に、国際性や社会参加・社会貢献の意識の改

革を指摘。そのうえで答申はこれからの社会の向けられる教育のあり方として「生きる力」の育成が必要であると結論付けた。

週5日制の実施は1992年(平成4年)公立校において第二土曜日が休日となったのから始まり、1995年度(平成7年)

から第4土曜日、そして2002年(平成14年)からはすべての土曜日が休み(完全学校集5日制)となった。(すでに教職公務員以外は週5日制が定着し、先生

たち教職公務員も追随する必要性があった。)

 

その頃、地元小学校の先生から教科書の厚みが三割減ったと聞かされたことを思い出す。当時私は町の議員をしており、文教委員会に籍を置いていた。ゆとり教育の

趣旨、週5日制の創設に強い関心を持ち、日本の教育もこれを契機に大胆に変わるのではないかと大いに期待した一人である。

一方、学校、家庭においては毎週土曜が休みになるため、子供達の休日の過ごし方をどうするか、塾通いが増えるだけではないか、又、初めて導入する総合的な学習

の内容をどうするのか、課題も多かった。

 

1997年(平成9年)、兵庫県神戸市で連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)が発生し、その犯人が14歳の中学生だったこと、殺害した被害者の頭部を正門の

前に置くなど、猟奇的な犯行に全国民が震撼した。

その後、高校生による無差別殺人事件も発生し、「心の教育」という文字が新聞・テレビに頻繁に使われた。この事件がきっかけとなり、週5日制の実施が早まった

とも言われている。

私もこの事件に大きな衝撃を受けた一人である。平成9年12月議会に「荒れた里山を整備し、そこに子供たちを呼び込み、様々な自然体験をさせよう。」と提言す

る。その後、議会が開催される度、しつこくその効用・必要性を主張した。

 何度目かの一般質問を終えた時、当時の助役が私を呼び、大きな関心を示してくれた。(後に教育長も全面的な協力を約束)。その後、生涯学習課に検討を指示

し、私と協議を重ね、官民共同で事業化することに合意する。 町広報誌に里山整備の趣旨と賛同者を募集し、多くの応募者の中から会長を選出、平成11年に準備

会、平成12年に「里山を守る会」が正式に発足した。

その二年後2002年(平成14年)、完全週5日制が実施された。

関城地区においては、平成12年より総合的な学習の時間に里山での自然体験を取り入れ、次第に学校内においてもその有効性が認識され、より積極的に活用するよ

うになった。

学校によっては総合的な学習の時間をどのように活用するか頭を痛め、その対策に苦労された学校も多いと聞く。その点、関城地区は、恵まれていたのではないだろ

うか。

 完全週5日制移行後、2年目(2004年)にOECD生徒の学習到達度調査、国際数学・理科教育調査の結果が発表され、日本の点数低下が問題となる。

2005年(平成17年)当時の中山文科相が中央教育審議会に学習指導要領の見直しを指示した。これを契機にゆとり教育の見直し論が台頭し、授業日数、授業時

間の増加の検討が行われる。

2008年に改定された学習指導要領では小学校では278時間、中学校では105時間ゆとり教育の時より増加し、2011年から使われ教科書は当時より43%

ページ数が増えたそうだ。その結果、総合的な学習は削減され、他の教科の時間に当てられ、授業時間の確保に学校現場は四苦八苦している。

そして遂に、週6日制の復活が検討され始めたのである。

 

ゆとり教育批判に対する反論

2002年に実施された学習指導要領は始まったばかりでゆとり教育の評価は時期尚早だという意見。

中央教育審議会で長期に亘り議論され、国家100年の計として出された答申を受け、文科省が出した方針を、1、2回の国

際数学・理科教育調査で順位を下げたからといって、たった10年で方向転換するとはあまりにも短絡的で、いったい中教審は何のための審議会なのか分からなく

なってしまう。

学力低下というが、学力とはテストの点数だけなのか?

OECD生徒の学習到達度調査でトップの成績を上げたフィンランドは週5日制であり、授業時間も日本よりかなり少なく、又、「総合的な学習」に相当する時間も

日本より多く、「ゆとり教育」に近い内容だという。フィンランドでは中高一貫の学校が多く、6・3・3・4制をとる日本とシステムが違うが、この辺にもヒントが

あるようである。

むしろ学校制のシステムの研究を深めるべきであり、テストの結果だけを求める教育では日本の将来は無いと思う。

 

ここで、私が共感した記事を紹介します。

 手元に建築家・安藤忠雄氏の日本経済新聞「私の履歴書」の最終稿(H,23.3.31)の記事があります。

「本来、子供たちは友達と自由に自然と戯れながら遊ぶ中で好奇心を育み、感性を磨き、挑戦する勇気や責任感を養う。

今、子供たちは過保護に育てられ、自分で考える体験が絶対的に不足しており、緊張感も判断力も自立心もないまま成人し、社会を支える立場に立つ。正しい価値観

で物事を決めることができず、国際社会で立ち遅れている今の日本と、子供の教育を取り巻く状況は決して無関係ではない。

私は自分で生きる力を身につけなければならないという思いを人一倍強く持ってきた。だから、自分の意思が希薄で、人と直接ぶつかり合おうとしない、芯の弱い今

の若者や子共を見ていると日本の将来に強い危惧の念を覚える。

人間性を育む教育を行い、自分なりの価値観を持つ「自立した個人」を作り、家族や地域への愛情をもった日本人の国民性を回復しなければ未来は見えてこない。」

 

又、元上智大学学長でカトリック教会大司教のヨゼフ・ピタウさんは読売新聞(H,21,11,21 教育と信仰) の最後の稿で「今の日本の教育は、良い会社に

入っていい給料をもらうための準備としてよい高校に入り良い大学に入り、というものになってしまいました。

今、日本では教育再生が叫ばれていますが主眼は学力向上ではないはずです。後退したとはいえ、今でも日本の学力は世界のトップクラスです。

それよりは、教育の本質に目を向けるべきでしょう。教育とはよりよい人間を育てることです。苦しんでいる人や貧しい人を助けたいと考え、行動する人を育てることです。

教育は学校からではなく家庭から始まるものだということも忘れてはなりません。世界観、行動基準は家庭で学ばずにどこで学べるというのでしょう。教育を国づく

りの土台としてきた日本を私は深く尊敬してきました。だからこそ、伝統に立ち返って教育を大切にしていただきたいと思います。」と結んでいます。

 

お二人の教育に対する思いに深く共感を覚えます。

 私は学力の向上という名の下に、真の教育について考える機会を失ってしまう危機感を持っています。又、総合的な学習で里山を利用し、深く子供を知る上で貴重

な場所だと言ってくれた先生を信じます。自然の中で友達と遊びながら色々なことに興味を示し、その中から学ぶ力を身に付けて行くのだと思います。

「本来、子供たちは友達と自由に自然と戯れながら遊ぶ中で好奇心を育み、感性を磨き、挑戦する勇気や責任感を養う。」

このことを呪文のように唱えながら仲間と、子供たちと里山から発信し続けたいと思います。

 


山入り

2013-01-10 13:32:40 | Weblog

1月6日(土)は山入りの日だ。

今年は今日までずーと晴れの日が続き、寒さも厳しい。

午前10時からの儀式であったが、9時に五郎助に着いた。すでに何人かの会員が到着し、枯れ木を積んで焚き火をしていた。

お茶を沸かそうと水道の蛇口を回したが凍結していて水が出ない。

ホタルを養殖するため流し続けている蛇口から水を汲み、囲炉裏に掛けた。10時近くになると30人近い会員が集合し、いよいよ里山神社へのお参りである。

すでに、お神酒、鰹節、お塩が用意されており、小島長老のお祓いを受け、四隅を清め、わたしから里山の神に今年一年、会員や里山に集う全ての人々の安全を祈願し、祝詞を言上した。

 里山三姉妹(?)

 

 森のようちえんのお母さんも子供と一緒に参加

そのあと、チェーンソーを使い、山入りの儀にふさわしく、一本のクヌギを切り倒した。

 

 小島長老による初伐採。

炭部会はこの後、初釜を控え、木炭釜、竹炭窯への安全祈願をした。

 こちらは竹炭窯

無事山入りの儀を終了し、この後、恒例の自然博物館の企画展に出発した。

今年も安全で、楽しい里山活動が出来ることを心より願っている。

 

 


明けましておめでとうございます。

2013-01-01 09:50:33 | Weblog

平成25年1月1日

新しい年がスタートしました。

明けましておめでとうございます  本年もよろしくお願い致します。

すがすがしい、初日の出を拝みながら、氏神様に鏡餅をお供えし、新年の御祈願をしました。

里山の山入りは1月6日です。

今年も充実した1年になりますように。