里山日記

NPO法人「里山を守る会」における活動の内容。
その日にあった様々な出会いと、感じたことをつづりたい。

ボランティアと実生活

2013-08-31 05:18:12 | Weblog

里山を守る会が発足して14年目を迎えた。お陰さまでその存在を多くの方々に知っていただくことが出来た。しかし、まだまだ不十分で、なぜ、この活動に取り組んでいるのか理解されていないことも多い。(反省)

今、子供たちを取り巻く環境は私たちが育った環境(昭和30年~40年代)に比べると激変している。少子化による集落の子供社会の崩壊、電子機器の出現による遊びの変化、(外遊びの喪失)。たった30~40年で大きく変わってしまった。子供たちは周りの環境に良くも悪くも順応してしまう。14年間里山で子供に接し、子供の本質は今も昔も変わっていないとしみじみ思う。

 どんなに文明が進んでも、幼児期における自然の中で多くの友達と遊ぶという体験を消失させてはならない。子供同士の遊びの中から様々なことを学び、人間関係の構築も実は子供時代の異年齢間の遊びの中で育まれていったのだと思う。行政は積極的にそのような場所と、有能な遊びのリーダーを育成・配置し、国を挙げて取り組むべき重要課題である。

しかし、待っていられない。気がついた大人たちが出来るところから始めるべきである。

このままでは、情緒豊かなかつての日本人はいつしか滅亡してしまうかもしれない。

ボランティアは生業ではない。あくまでボランティアである。実生活とボランティア活動の間で一生懸命になればなるほどその葛藤が続く。私たちの活動は今の子供たちにとても必要なものである。確信を持って叫びたい。もっとこうしたい、ああしたいと思う。しかし、動けば動くほどお金がかかる。これも現実である。

「NPO法人はボランティア団体ではありませんよ。」キープ協会の川島さんという人が言った。「どんなに良い活動でも途中で消滅したらもったいないじゃないですか。」「継続させる為にはボランティア精神だけでは持ちませんよ!」そんな言葉が頭を駆け巡る。

もがきながら、悩みながらも理想に向かって歩いて行こう。自分に与えられた使命と思うから。同じ思いの仲間がいるから。そして私たちを待っている子供たちがいるから。・・・・・・・・

 

 


新盆と形見分け

2013-08-16 05:01:27 | Weblog

8/13日から16日は旧盆である。終戦記念日と重なるが、ある意味、戦争というものを家族が話題として取り上げる機会にもなる日だ。一方甲子園では酷暑の中、熱い(暑い)戦いが繰り広げられている。

平和でなかったらこの夏の風物詩をテレビでのんびりと観戦していられないだろう。太平洋戦争が終わって68年。私は戦争を文字や画像でしか知らない。日本は68年間どの国とも戦争をしていない。これはとても幸せなことだと思う。新盆参りをしていると戦争で亡くなった方の位牌も目にする。

中国の領海侵犯を契機に国防について、今までになく様々な議論が展開されている。改憲論議とあいまって一人、一人が真剣に考える時代に入ったのかもしれない。

8/15日は前日に地元の初盆参りを済ませ、叔父や姉・妹と連れ立って志郎叔父の川口の自宅に伺った。昨年7月 16日に亡くなり、今年が新盆である。

祭壇には笑顔の叔父の写真があった。線香に火をつけながら、「本当に仏様になってしまったんだなあ。」と思った。

久しぶりに一族が集まり、昔話に花が咲いた。しばらくして叔母が私たちを別室に案内した。そこには叔父が生前愛用した衣類や調度品が整然と並べてあった。「形見分けに是非。」と叔母が言う。

私は動物の絵柄が入ったネクタイと叔父が好きだった絵画を1点頂いた。他の家族もそれぞれ叔父のゆかりの品を頂、叔父の思い出と一緒に帰宅した。

私もいつの間にか62歳になろうとしている。孫も3人になった。確実に世代が進んでいる。今、自分が出来ることはなんなのか、何をすべきなのか、子供や孫たちに何を伝えるべきなのか、ちょっと真面目に考えてみよう。

 

 


第4回里山キャンプ終了

2013-08-06 09:08:49 | Weblog

7/30,7/31に順延となった第4回里山キャンプが無事終了した。

一日ずれたことで、西東の両校長先生にも御出席いただき、力強い激励を子供たちに頂いた。テント設営、火熾しも順調に進み、後援を頂いているJT(日本たばこ産業)さんからも奥村業務部長、糸井課長が水戸より激励に駆けつけて頂、子供たちにたくさんの飲料水まで頂戴した。

 東小 柴崎校長

 西小 武井校長 

又、更生保護女性会の皆さんからもたくさんのお茶(ペットボトル)を差し入れしていただき、キャンプファイヤーのお手伝いを頂いた。皆様に感謝、感謝である。

うれしいことに西小の4,5,6年生の担任の先生方が子供達の様子を見に来られ、思いがけず、アイスの差し入れも頂いてしまった。子供も私たちも大喜びである。

いろいろな方々に気に留めていただき、本当にありがたかった。

さて、肝心のキャンプであるが、今年の特筆すべきことは初代キャンプ名人となった中学1年生5名(内3名がキャンプ名人)がサポート役として参加してくれたことである。

 関城中1年生(第一期 里山キャンプ名人)

開所式の進行から、キャンプファイヤーの進行、そして様々な場面で小学生たちをリードし、その仕事ぶりは期待通り、いや、期待以上の活躍をしてくれた。 小学生たちも一目おきながらその指示に従っていた。

  

                        火熾しの模範演技を行なう キャンプ名人たち

今年は5人の二代目キャンプ名人(男性2名、女性3名)が誕生する。来年のキャンプには後輩の指導に是非参加してもらいたいものだ。 こうした繋がりが連綿と続き、将来正会員となり、この素晴らしい環境を守り、この活動を継続してもらえたらなんと素晴らしいことか。

キャンプのハイライトといえばキャンプファイヤーであるが、丁度 中盤、大いに盛り上がろうとしたところに突然の豪雨。

 テント村からキャンプ会場に向かう

 盛り上がるキャンプ会場

仕方なく屋根のある五郎助庵に移動。思いがけなく西小、東小、関城中学校の校歌がメドレーで歌われた。それぞれ在籍する児童・生徒が腹の底から歌ったのである。 今回のキャンプを象徴する光景だった。まさに人と人との交流の場面だった。

 

雨も上がり、希望者によるナイトハイクが実施された。半数以上の子供たちが参加し、暗闇の森の中を静かに歩いた。途中、全ての懐中電灯を消し、耳を澄ませ、森の中でわずかに聞こえる音を探す。

雨の雫の落ちる音。遠くで聞こえる子供の声。昼の里山とは全く異なる世界に、新鮮な驚きを感じる。先頭の明かりだけを頼りに、静かに、ゆっくり進み、やがて友達の待つテントの明かりが見えてきた。皆、一様にほっとする。

今日のナイトハイクはここが終点。(怖いけど面白かった?)。

二日目はオリエンテーリングとピザ焼きがメインだ。そして今回、非常時のご飯作りとして、ビニールの袋にお米と水を入れ、両端を輪ゴムで縛り、お湯の中にドボンと入れ、30分でご飯になるという方法を体験した。

キャンプは非日常体験である。非常時の対策として とても有効と考えている。先の震災で、電気・水道が止まり、右往左往したが、こうした体験を積むことにより、心に余裕を持てるのではないかという思いから企画をした。

万が一の時、お父さんお母さんにアドバイスできる人になって欲しい。

(つづく)