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おとらのブログ

観たもの、見たもの、読んだもの、食べたものについて、ウダウダ、ツラツラ、ヘラヘラ書き綴っています。

「仏教入門」

2021-10-10 17:18:53 | 読んだもの
 松尾剛次さんの「仏教入門」を読みました。

 コロナ禍以降、奈良博もワタシのテリトリーに入ってきました。京博も場所柄お寺関係の展覧会も多いのですが、どちらかというと絵画とか焼き物とか漆工とか美術工芸品みたいなのが中心になっている印象があります。それに比べると奈良博はガッツリ「仏教」って感じで、せっかく行ってても「う~ん、もうちょっと知識があればなぁ…」と思う場面が多々あります。あ、京博の美術工芸品なら知識があるってことではなく、そちらは見て「あ、綺麗!」という感想で全てOKなので。で、一度、ちゃんと仏教の知識も入れてみようかと珍しく殊勝な心掛けで読んだ本です。

 この本の概要です。
仏陀の誕生と基本思想、大乗仏教の成立、アジア各地への展開をわかりやすく述べるとともに、日本の仏教受容、鎌倉新仏教と近代以降の展開など、日本仏教の解説にも力点をおく。日本人の生活や価値観に大きな影響を与えている仏教の本質を知り、現代を生きる私たちにとっての宗教の意味を考えるための本格的で平明な仏教入門。

 ↑“平明な”ってところがポイントです。岩波ジュニア新書は小中学生も読むことを想定しているので、わかりやすいし、偏りがないので、とても読みやすいです。日本の仏教の系統?みたいなのも、学生時代の日本史の教科書で見たよなぁってところまでは覚えていますが、さらに先はすっかり忘却の彼方だったので、もう一度“復習”できました。この本、全体にいえることですが、日本史の教科書の中の「仏教」っていう部分だけを取り出して、時系列にわかりやすく書いてくださってるって感じです。

 えらいお坊さんって大体皆さん比叡山で修行されているんですね。それは今回初めて知りました。「最澄」と「空海」って一対っていうイメージだったので、比叡山と高野山が同じくらいなのかなと勝手に思っていました。どっちが上とか下とかと言う意味ではなく、です。

 今年は「伝教大師1200年大遠忌」だそうで、いろいろ事業があるようです。東博でも「最澄と天台宗のすべて」という展覧会があり、音声ガイドが亀ちゃんだそうです。亀ちゃんは仏教の造詣が深いですからね。この展覧会、来年京博でもあるようなので、それは行くことにしました。

 ついでにみうらじゅんさんの「マイ仏教」も読みました。
 
 みうらじゅんさんの本は初めてです。ちゃんと、って書くと失礼なんですが、仏教について語っていらっしゃいます。面白くてとてもわかりやすかったです。2011年の発行ですが今年で19刷になってました。いとうせいこうさんとの「見仏記」という本もあるようなので、見てみたいと思います。
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週刊文春WOMAN 2021秋号

2021-09-21 23:39:43 | 読んだもの
 先日、チラッとご紹介した「週刊文春WOMAN2021秋号」が本日発売でしたので、早速本屋さんで買ってきました。↑表紙の絵は慎吾ちゃんです。いきなりお値段のことを書くのもアレなんですが、週刊誌って550円もするんですね。ビックリしました。500円玉1枚を握りしめてレジに行ったら、550円と言われ、慌てて千円札を出しました。

 お目当てはもちろん「片岡仁左衛門 孝玉・仁左玉 全11ページ!」でございます。11ページの内訳ですが、カラーのページが4ページ、孝夫さんのインタビュー記事が4ページ、「わたしたちの孝玉・仁左玉」が3ページです。カラーのページは1ページ目は「桜姫東文章」の例のポスター、2ページ目は「桜姫」の舞台写真2枚、3ページ目は「四谷怪談」の伊右衛門とお岩様の一人ずつの写真と38年前の孝夫さんの伊右衛門の写真、4ページ目はインタビュー時の素の孝夫さんです。

 インタビューは、以前拙ブログでもご紹介したSPICEの記事の内容と被ってるところが多かったです。おそらく、記者懇談会で孝夫さんがお話になったことをもとに記事を構成されたと思うので、仕方ないっちゃ仕方ないのですが。もちろん、全くいっしょということはなく、「こんなことも言うたはるわ」ってところもあります。

 今回の「四谷怪談」については、「玉三郎さんとは今年に入って『於染久松色読販』『東文章』をやりましたが、あのように二人が絡んで醸し出されるような特別な場面っていうのは今回はないんです。コンビの演目としては辛口だけどお岩様と伊右衛門のドラマを観ていただきたいですね」とおっしゃっています。←コレは初めてですね、きっと。

 楽しみにしていた「わたしたちの孝玉・仁左玉」は松井今朝子さん、紗久楽さわさん、吉村元希さん、真山仁さんの4名の方が書いていらっしゃいます。もっと10人くらいいらっしゃるのかしらと思っていたので、ちょっとガクッとなってしまったのですが。孝玉コンビのファンの方ばかりですので、ハートマーク飛びまくり、ウフッな内容ではありました。「そうそう、そうよね」て頷きまくりです。

 インタビューは孝夫さんだけです。玉ちゃんのインタビューはありません。玉ちゃん(だけ)ファンの方は、まず内容を確認されてからのほうがいいかもしれません。孝玉コンビの記事以外も結構面白いのがあるので、買って「損した」って気分にはならないと思いますが。
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国宝

2021-09-20 23:28:59 | 読んだもの
 
 吉田修一さんの「国宝」を読みました。朝日新聞に連載されていた新聞小説だったので、お読みになった方も多いかと思います。ウチは朝日ではないので、終わりかけ?単行本になる頃?に「料亭の息子だった子が部屋子になる」「女形の歌舞伎役者として大成」「人間国宝」「『阿古屋』を演じる」あたりのワードを見るようになり、私はてっきり玉ちゃんの小説だと思い込んでおりました。早く読んでみたいと思いながら、大きい本を買うほどでもないかと文庫になるのを待っておりました。9月7日にめでたく朝日文庫から出版、早速買って読みました。

 内容紹介です。
1964年元旦、長崎は老舗料亭「花丸」――侠客たちの怒号と悲鳴が飛び交うなかで、この国の宝となる役者は生まれた。男の名は、立花喜久雄。任侠の一門に生まれながらも、この世ならざる美貌は人々を巻き込み、喜久雄の人生を思わぬ域にまで連れ出していく。舞台は長崎から大阪、そしてオリンピック後の東京へ。日本の成長と歩を合わせるように、技をみがき、道を究めようともがく男たち。血族との深い絆と軋み、スキャンダルと栄光、幾重もの信頼と裏切り。舞台、映画、テレビと芸能界の転換期を駆け抜け、数多の歓喜と絶望を享受しながら、その頂点に登りつめた先に、何が見えるのか? 朝日新聞連載時から大きな反響を呼んだ、著者渾身の大作。

 まず、玉ちゃんの小説ではありませんでした。「じゃぁ、誰?」って気になるところなんですが、いろいろな歌舞伎役者さんのエッセンス?エピソード?がない交ぜになっていたような気がしました。巻末の参考資料には本当にたくさんの役者さんの芸談やエッセイ、役者さんの奥様のエッセイ、歌舞伎の評論、歌舞伎を舞台にした小説、松竹株式会社の社史や雑誌の演劇界までありとあらゆるものを読まれたようです。あ、孝夫さんの「とにかく芝居が好き」もありました。

 吉田修一さんの小説はこれが初めてです。地の文が「でございます」になっていて、最初は少々読みづらかったです。後半、慣れてくるとそんなに気にならなくなりましたが。吉田さんへのインタビューを読むと、歌舞伎の世界を描くために試行錯誤されて編み出された文体だったそうです。↑このインタビューにもありますが、歌舞伎の黒衣体験もされたそうです。お知り合いからがんじろはんを紹介され、「今度、歌舞伎の小説を書きます」とおっしゃったら、「じゃぁ、黒衣をつくってやるよ。それを着てれば舞台の裏でも目立たないから」とすぐに寸法を測って黒衣をつくってくださったそうです。それを着て歌舞伎座はもとより博多座、松竹座、歌舞練場と全国をついてまわり、恰好だけでなく本当にあいびきを持って舞台袖で待機するというお弟子さんのお仕事もされています。そういう経験があるからこそ、これだけの「本当に見てきたような…」小説が書けたんでしょうね。

 歌舞伎のお稽古、地方巡業、お役をめぐるトラブル、女性関係のスキャンダル、家族のもめごと、先輩や同輩とのいざこざ、立女形の立ち居振る舞い…舞台裏のことが細かく細かく描写されています。役者さんたちや奥様たちのインタビュー記事やエッセイなんかではオブラートに包んで表現されていたことが、文春砲よろしく赤裸々に書かれてあって、今ならあっという間に「謹慎」や「廃業」になりそうです。玉ちゃんがモデルではないことが最初で分かりましたが、周りに登場する役者さんたちがやっぱり気になります。「これって、誰のこと?あの人?この人?」とついモデル探しをしながら読んでしまいます。人品骨柄が卑しくて申し訳ございません。

 歌舞伎が描かれた小説ですので、もちろんお舞台の場面もふんだんにでてきます。演目の紹介もかなり詳しくて、ワタシも今さらながら「へーっ」っていうのもあり、そちらはこれからの鑑賞のお供にできると思います。文庫だと区切りがないのでスーッと読めましたが、新聞小説って字数に限りがあるので、演目解説だけで2、3日かかりそうな分量があって、毎日楽しみに読んでらした方は少しイライラされたのでは?と思ってしまいました。

 こういう「一代記」みたいな小説は久しぶりです。非常に読み応えのある骨太の小説でした。主人公の立花喜久雄の人生、とんとんと着実に順調だなと思っていると横から変な邪魔が入ったり、上昇気流に乗ったかと思うといきなりの嵐で急降下したり、ジェットコースターに乗ってるような人生です。文字通り波乱万丈の人生です。それでも歌舞伎が好き!という一念で立女形、人間国宝認定と頂点に登りつめ、最後は…。文庫上下で800ページを超えますが、一気に読めました。歌舞伎ファンには、っていうかファンでなくても非常に興味深い小説だと思います。
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通訳者たちの見た戦後史

2021-09-12 22:06:03 | 読んだもの
 鳥飼玖美子さんの「通訳者たちの見た戦後史」を読みました。2013年に書かれた「戦後史の中の英語と私」を改題、最近のトピックも加えられて、今年6月に発行された本です。

 作品紹介です。
日本人は開国とともにやってきた英語と、どう向き合ってきたのか。アポロ月面着陸の生中継で同時通訳者として華々しくデビューし、NHKの英会話番組に長年出演する著者が、自らの来し方と先人たちの軌跡を辿り、戦後秘史をひもとく。進駐軍との交流から英語教育論争まで、英語との付き合いは日本現代史そのものだった! 第一人者による体験的英語論の必読書。

 鳥飼玖美子さんの自叙伝です。と言っても個人的なことばかり書かれているのではなく、あとがきで「時代の社会的コンテクストを横糸に、縦糸として自分自身を織り込み、時に同時通訳パイオニア諸氏の語りを五色の糸で紡ぐと、戦後日本を彩る模様が浮かび上がるのではないか」と述べられているように、その時代時代の社会情勢が挿入され、自然に戦後の歴史もいっしょに辿ることになりました。

 以前にも鳥飼さんの本を読んだことがありますが、まず非常に読みやすいんです。文章も語句のチョイスも全く引っかかることなくこちらに入ってきます。タイトルに「戦後史」ってあったので、お堅い本で途中でイヤになったらどうしよう…と思っていましたが、全くNo problem、さくさく読めました。

 鳥飼さんって同時通訳者のイメージが強いのですが、そちらからはとっくに“足を洗い”、今は英語教育を専門にされています。この本で初めて知って、ちょっとビックリでした。そういえば、新聞などでも、幼児の英語教育とか大学入試の英語テストとかの問題になると「識者の意見」でよく鳥飼さんが登場されています。鳥飼さんの意見って結構好き、っていうか納得できることが多いです。

 それにしてもすごいバイタリティのある方です。高校時代にAFS留学生制度のことを知り、直接自分で文部省へ話を聞きに行っています。AFSに応募するためには学校の内申書と推薦状が必要になるそうですが、学校側は大反対。1962年のことなので「高校生がアメリカに1年間留学するなんて、しかも女の子が行くなんて…」なんでしょうね。自分で自分の推薦状を書いて先生にサインをしてもらって応募されたそうです。ただ、1年目は不合格、2年目に合格して1963年の夏に渡米、高校生という多感な時期の1年間を異文化の中で過ごします。

 大学は英語科ではなくイスパニア語学科なんですが、途中で「英語が錆びついてはいけない」と通訳のアルバイトをしようとしたら、たまたま通訳会社の訓練生募集があり、応募、合格して通訳者として特訓の後、すぐに国際会議デビュー。さらにテレビ出演もたまたま、友人の代わりに外国人が来た時のインタビューの通訳者として出演されるようになります。“運がいいから”と言いたいところですが、“運も実力のうち”と言われるように、本当の実力があるから運も引き寄せられたのでしょう。何より、実力がなければすぐにクビになるわけで、そうならないってことは日夜すごい努力をされたんだと思います。

 大学教員もたまたま母校が4年制大学を新設することになり、一人ぐらいは出身者を入れようということで教員として参画されます。同時通訳者としてのキャリアはすごくても、教員というのは初めてで、それでも果敢にチャレンジを続けられます。

 鳥飼さんの「チャレンジ」は続きます。44歳で英語教育のMAを取得、さらに61歳でPh.Dの学位を取得されています。結婚して3人の子育てがあり、大学教員としてのお仕事もされながら、です。こういう時「それにひきかえワタシは…」って思いそうになるところですが(思うことすらおこがましいのですが)、これだけSuper womanだと次元が違い過ぎて、女性でこれだけ活躍されてすごい!と素直に尊敬でき、次はどういうチャレンジがあるの?とワクワクしながら読んでおりました。

 とご本人の自伝の部分ばかり書いていますが、もうひとつの「戦後史」も途中から一応自分もリアルタイムで見てきたことなんですが、そんなに深くニュースを理解していたわけではないので、「あぁ、そうなんですね」と思いながら読んでおりました。

 それと「五色の糸」と表現された同時通訳通訳パイオニアの方たち、西山千・相馬雪香・國広正雄・村松増美・小松達也諸氏のお話、同時通訳のメソッドも何もない時代に同時通訳者になってしまい、本当に何もないところから始められたんだなぁと興味深く読んでおりました。これは鳥飼さんもビックリされていて、ワタシもビックリしたのですが、戦時中でも一定以上のレベルの学校では英語の授業があったそうです。「敵国語だ!けしからん」と英語は一切排除されていたイメージを持ってましたが、「英語ができないことにはどうにもならん」ということは国の方でもわかっていたようです。上にあげたパイオニアの方たちが、戦後すぐに通訳ができたのもちゃんとそうやって学校で英語を習ってたのもあったようです。

 「英語教育」についての鳥飼さんの意見も、以前から「そうだ、そうだ、そのとおり!」と思っていたので、文科省ももっとちゃんとしようよ!って思いました。1冊でいろいろなことがわかる本です。です。
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渦 妹背山婦女庭訓魂結び

2021-09-11 22:55:55 | 読んだもの
 大島真寿美さんの「渦 妹背山婦女庭訓魂結び」を読みました。2019年の直木賞受賞作です。「受賞作は『オール讀物』で読める」と聞き、張り切って「オール讀物」を買いましたが、全9章のうち前半の4章までしか掲載されておらず(単行本を売るジャマになるから当然っちゃ当然なんですが…)、読み始めたものの2章ぐらいでほったらかしになっておりました。今年8月にようやく文庫になり、改めて第1章から読みました。

 作品紹介です。
 虚実の渦を作り出した、もう一人の近松がいた
「妹背山婦女庭訓」や「本朝廿四孝」などを生んだ人形浄瑠璃作者、近松半二の生涯を描いた比類なき名作!
江戸時代、芝居小屋が立ち並ぶ大坂・道頓堀。大阪の儒学者・穂積以貫の次男として生まれた成章。末楽しみな賢い子供だったが、浄瑠璃好きの父に手をひかれて、芝居小屋に通い出してから、浄瑠璃の魅力に取り付かれる。近松門左衛門の硯を父からもらって、物書きの道へ進むことに。弟弟子に先を越され、人形遣いからは何度も書き直しをさせられ、それでも書かずにはおられなかった半二。著者の長年のテーマ「物語はどこから生まれてくるのか」が、義太夫の如き「語り」にのって、見事に結晶した長編小説。
 ー筆の先から墨がしたたる。やがて、わしが文字になって溶けていくー

 ついでに近松半二の紹介も
江戸時代に大坂道頓堀で「竹本座」を興し、人形浄瑠璃(現在の文楽)の一時代を築いた近松門左衛門。その死後、儒学者の次男として享保10年(1725年)生まれた穂積成章は、二代目竹田出雲のもとで竹本座の座付き作者となり、門左衛門に私淑して「近松半二」と名乗るようになった。宝暦元年(1751年)『役行者大峰桜』の序を書いてデビュー、39歳で一人前の立作者となる。『本朝廿四孝』『傾城阿波の鳴門』、『妹背山婦女庭訓』『新版歌祭文』など、現在も文楽や歌舞伎で上演されるヒット作品を次々と発表し、人形浄瑠璃の中興の祖となった。遺作は天明3年(1783年)初演の『伊賀越道中双六』。

 歌舞伎や文楽を見に行くようになってそこそこの数の公演を見てきて、内容を理解しているかどうかは別の話として、演目のタイトルを聞くと「あぁ、アレですね」と言えるものも増えてきました。孝夫さんや玉ちゃんで見たものはそのお役の姿や声も思い出すことができます。が、作者となると、さすがにちかえもん(近松門左衛門)や鶴屋南北ぐらいはわかりますが、それ以外は特に「誰が書いた芝居」ってことまでは意識していないので、この近松半二もいっしょに出てくる並木正三も字面は見たことあるけれど…って感じです。なので、読み進むうちに「あ、コレ作らはったん、コノ人やったんか」ってことも多々あり、学生時代の文学史の問題で小説のタイトルと作者を結ぶ問題がありましたが、その勉強をしているような気分になりました。ただし、あくまで“気分”なので、近松半二はだいぶ覚えましたが、他の人たちはまだまだ???です。

 小説の真ん中くらいまでは修業時代?で、親に勘当されてあちこち行ったり、弟弟子に追い抜かれたり、文楽の人形遣いにボロカスに言われたりとなかなかタイトルにもなってる「妹背山婦女庭訓」が出てきませんが、当時の道頓堀の芝居小屋や浄瑠璃、歌舞伎の様子がなかなか興味深かったです。何より驚いたのは、ひとつ当たった狂言が出ると、テキトーにアレンジして他でもかかるってことです。今なら盗作騒ぎで大変なことになりそうですが。元のより面白ければ何でもOKで、大らかな時代でございます。

 「妹背山婦女庭訓」は歌舞伎では玉ちゃんの「定高」、文楽では簑助さんの「雛菊」、お三輪ちゃんは玉ちゃんと勘十郎さんで見ております。「皆さん、うん、すごく良かった」と反芻しながら読んでおりました。

 この小説、全編大阪弁です。登場人物の会話だけでなく地の文も大阪弁です。作者の大島さんは名古屋の方で、大阪弁Nativeではないそうです。でも、すごくナチュラルで、巻末の解説を書かれている呂太夫さんものけぞったはりました。直木賞を受賞された時にそのことは聞いていたんですが、実際に読んで「よーこんだけ書かはったなぁ」と感心?感動?しました。それが直木賞っていうのもウレシイことです。映画のアカデミー賞とかノーベル文学賞とかは“日本語”というハンディでなかなか日本人は授賞できないと聞きますが、それと同じで大阪弁も外国語?、その外国語で直木賞って大阪弁も認められた、みたいな…。ちょっと大げさですが。

 これ、ぜひHNKでドラマ化をお願いしたいです。「ちかえもん」のような時代劇ができそうな気がします。語りならば、住師匠も大絶賛の北村有起哉さんもいらっしゃいますし。文楽の方たちも顔を売って、集客につながれば…と勝手に思っています。
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挑発する少女小説

2021-08-11 22:53:39 | 読んだもの
 斎藤美奈子さんの「挑発する少女小説」を読みました。

 内容紹介です。
赤毛のアン、若草物語、小公女、あしながおじさん……大人になって読む翻訳少女小説は、子どもの頃には気づかなかった発見に満ちている。懐かしいあの名作はいま、何を教えてくれるのか?
 魔法使いと決別すること――バーネット『小公女』
 男の子になりたいと思うこと――オルコット『若草物語』
 資本主義社会で生きること――シュピーリ『ハイジ』
 女の子らしさを肯定すること――モンゴメリ『赤毛のアン』
 自分の部屋を持つこと――ウェブスター『あしながおじさん』
 健康を取り戻すこと――バーネット『秘密の花園』
 制約を乗りこえること――ワイルダー『大草原の小さな家』シリーズ
 冒険に踏み出すこと――ケストナー『ふたりのロッテ』
 常識を逸脱すること――リンドグレーン『長くつ下のピッピ』
かつて夢中で読んだ人も、まったく読んだことがない人も、いまあらためて知る、戦う少女たちの物語。 

 斎藤さんの肩書は文芸評論家、いろいろな著作がありますが、ワタシが好んで読んでいるのが、この本もそうなんですが、いろいろな本を紹介してくれるブックガイドのような本です。「わぁ、読んでみたい」と思わせてくれるような書きぶりで、自分では決して手に取らないような本も読みたくなります。一応「趣味は読書」なので、常に本は手元に置きたいのですが、自分で選ぶだけでは限界があり(同じようなものばかりで飽きてくる…)、たまにこういうブックガイドのようなものを読んで、読書の幅を広げたいと思っています。今回もこの本を読んでから「若草物語」「ハイジ」「あしながおじさん」「秘密の花園」を読みました。時節柄“夏休み読書感想文”の気分でした。

 って、斎藤さんのこの本のことを書かないといけません。斎藤さん、フェミニズム系の評論家なので、単なる懐古趣味ではなく(タイトルが既にそうなってますが)、表向き良妻賢母を目指すように書かれてあるけれど実ハ…って感じでそれぞれの小説を読み解いています。少女小説ってみんな素直で明るくて前向きなことを書いてあるけれど、本当はかくかくしかじかのメッセージがあるんです、っていうような感じです。しかしながら、そもそもの問題として、↑取り上げられている本について「小公女」から「あしながおじさん」まではお話を知ってました。ただ、その「知ってる」は本当にその本を読んだのか、あるいは子供向けにリライトされたものを読んだのか、あるいはアニメを見たのか(←「ハイジ」は完全にこのレベルです)、何だか心もとない感じです。さらに、そこから下はタイトルだけは知ってるけど…っていうレベルでして、ワタシは斎藤さんが書かれたあらすじ、斎藤さんって浜村淳のような書き手(←褒めてます)なので、それらを読んで「フムフム」とすっかり納得し、その先の“隠れたるsomething”まではたどり着きません。ふだん、元・文学少女と書いている手前?それではいけないと思い、とりあえず↑上の4冊を買ってきて読みました。その後でもう一度斎藤さんの本を読めばよくわかるんでしょうね。

 この1冊で9冊の少女小説を読んだ気になり、次に読む本も教えてもらえて、ワタシ的にはそういう意味ではお得な?本かと思っております。
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演劇界8月号

2021-07-07 23:23:55 | 読んだもの
 もう既にお読みになった方もいらっしゃると思いますが、歌舞伎の雑誌「演劇界8月号」は秀太郎さんの追悼特集となっています。我當さん、孝夫さん、愛之助さん、進之介さん、孝太郎さんのご家族の皆様をはじめ、多くの方が追悼の言葉を寄せられています。皆さんから慕われていた秀太郎さん、涙なしでは読めません。そして、その言葉の中で触れられている舞台写真が添えられてあり、秀太郎さんの多彩なお役の数々を見ることができます。

 我當さんが「兄弟の中で一番長生きすると思っていたのに…」とおっしゃっていました。本当に、お三人の中で一番病気知らずってお見受けしてましたが、孝夫さんは昨年の南座の顔見世での共演が「これが最後かも…」と覚悟してらしたようです。他の方たちの言葉の中にも「実は、弱ってらした」というのがあって、ずいぶんと前からご体調は思わしくなかったようです。見ている側には全然わからなかったです。

 人間国宝の認定を受けられた時、その理由は「上方歌舞伎の女形の芸」と、もうひとつ「後進の育成」というのも挙げられていました。その上方歌舞伎塾一期生のインタビュー記事もありました。上方言葉をとても大切になさっていたようで、皆さん、イントネーションやアクセントでご注意を受けられています。関西生まれだから、だけではダメなんですね。義太夫を良くされていたのでよけいなんでしょう。歌舞伎竹本の葵太夫さんも、松嶋屋のご兄弟は竹本に対して積極的に指導してくださると義太夫協会の会報誌に書いていらっしゃいます。

 巻頭から30頁近く、追悼特集が続きます。「演劇界」GJです(そういえば、NHKはどうなっているんでしょうか?)。どの方からも、上っ面の言葉ではなく、心から哀しんでいらっしゃるご様子がよく伝わり、良いご供養になっていると思います。ぜひ、お読みくださいませ。

 
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その言葉、もう使われていませんよ

2021-06-16 23:25:52 | 読んだもの
 「その言葉、もう使われていませんよ」という本を読みました。著者は「日本語に関して、語源、字源、漢字、流行語などさまざまな興味深いテーマを、日夜研究・発表しているグループ」の「日本語倶楽部」です。

 内容紹介です。
「はだ色」「指導教官」「官製はがき」「ローマ法王」「職安」「センター試験」「リンカーン大統領」…はすべて死語・廃語! なぜこの言い方だとNGなのか、今はどんな言い方が正しいのかがわかる本。

 最初、新聞の読書欄で紹介されていたタイトルだけ見た時は、ワタシのような中高年が“ナウい”と思って使ってる言葉が今や“死語だよ~ん”とおちょくられている本だと思いました。そのテの本はよくあるしなぁとスルーしかけたのですが、紹介文をよく読むと「今は『踏み絵』ではなく『絵踏み』という」とあり、そんなに世間が変化しているのであれば、「読まなければ!」と思いお買い上げです。

 本当にまじめな本でした。紹介文にあった言葉は以下のように言い換えられています。
 「はだ色」→「ペールオレンジ」や「うすだいだい」
 「指導教官」→「指導教員」
 「官製はがき」→「郵便はがき」「通常はがき」
 「ローマ法王」→「ローマ教皇」
 「職安」→「ハローワーク」
 「センター試験」→「大学入学共通テスト」
 「リンカーン大統領」→「リンカン」

 保母さんが保育士さんとか、看護婦さんが看護師さんとか、女優さんが俳優さんとか、男性・女性の区別がなくなってきて変わった言葉はかなりポピュラーなのでわかりましたが、世界の地名や人名、歴史上の出来事が結構言い換えられていて、びっくりしました。外国語はより現地の読みに近くなり、歴史上の出来事は“確かな証拠がない”ことは言わないそうです。近年の歴史の教科書では聖徳太子ではなく厩戸王(聖徳太子)と書かれることが多いそうです。厩戸王の方が「Who?」ってなりそうですが…。

 言い換えだけでなく、間違って使われる日本語も載ってました。文化庁が行っている「国語に関する世論調査」の結果発表をたまに新聞で見ますが、「それ」です。ここは何回か読んで、正しい意味をちゃんと覚えて、正しく使わなければと思いました。何となく買った本にしては役に立つ本でした。
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シアターアーツ65号

2021-06-07 22:41:49 | 読んだもの
 演劇批評誌「シアターアーツ」65号です。演劇批評雑誌だそうです。申し訳ないのですが、こういう雑誌が発行されていること自体知らなくて、Twitterでどなたかが「2020年の年間回顧で、昨年1年のコロナのことがうまくまとまっているよ」みたいなことを呟いていらっしゃるのを見て、ちょっと読んでみようかと思い初めて買いました。

 特集が「コロナと演劇」で、座談会やシンポジウム報告があり、「2020年回顧」でコロナしかなかった2020年を振り返って、公演中止→再開、コロナ下での演劇のありかたなどさまざまな立場の方が寄稿されています。

 昨年2月下旬の突然政府が“ロックダウン”した時のことが生々しく語られていました。ちょうどお芝居?劇場関係?の方たちが会議をされていて、そこに「イベント自粛要請」がどうも出るらしいという情報がもたらされ、「えーーーっ?!」みたいになっていらっしゃいました。そこから何か月も続く劇場の閉鎖…。皆さん「何とか…」って思われるのだけれど、再開の一歩が踏み出せず、ジリジリされていました。3月に一瞬だけ宝塚が公演をされましたが、感染予防対策は今現在劇場で行われていることと全く同じだったにも関わらず、世間から非難轟轟で、2日ぐらいで再度閉鎖に追い込まれたそうです。野田秀樹さんの意見書も炎上してしまうし。「お芝居なんて不要不急」っていう世の流れが本当に悲しかったです。ワタシ自身も「観劇自粛期間」に突入、みんな「明けない夜はない」って言うんだけれど、全然明ける気配が感じられず、ツライ日々でした。

 個人的に関心があるのはやはり歌舞伎とか古典芸能なので、どうしてもそちらの記事を見てしまいます。「新型コロナウイルスとの闘いから見えた舞台制作のリアルー5人の演劇リーダーに聞く」という山本健一さんのインタビュー記事には松竹の安孫子副社長も登場されていました。松竹の歌舞伎売上高は21年2月期は前年同期より79.4%減となったそうです。歌舞伎座が開いてるって言っても、座席数は半分以下にしているので、興行しても赤字、でも興行しないと無収入になり赤字がもっと膨らむので、赤字幅を少しでも減らすために公演を続けてくださっているようです。松竹って民間会社だから国からの助成とか補助とかなく、純粋に歌舞伎座の入場料で歌舞伎公演を続けてこれたそうで、それってすごいことよね、って改めて思いました。

 演劇リーダーは他に国立劇場、東宝、ホリプロ、劇団四季の方たちもインタビューを受けていらっしゃいます。「お芝居をする」話でだけでなく、経営面からの話もあって、それぞれの台所事情がわかってちょっと面白かったです。

 能狂言研究家の小田幸子さんが「古典劇は変わらない?」というタイトルで能狂言・文楽・歌舞伎について寄稿されています。その中で茂山千五郎家の「YouTubeで逢いましょう」のこともチラッと書いてくださっていて、ちょっと嬉しかったです。

 国立能楽堂は7月からガイドラインに沿って開場していたそうです。地謡の人数を減らし、それぞれ覆面を着用して公演に臨まれています。「覆面」のことは「感染症軽減にどれだけ有効なのか検証する時期にきているのではなかろうか」とおっしゃっています。文楽は再開後「覆面」無しでずっと来ていて、舞台から客席へ感染したということもないのだから、他もなくてもよいような気がしますが。

 能楽のほうは全く不案内で、こういう公演があったのも知らなかったのですが、7月27日から8月7日まで国立能楽堂で「能楽公演2020~新型コロナウイルス終息祈願能~」という公演が開催されたそうです。能楽のお歴々が出演されていたそうで、これって元々東京オリンピック開催期間中のイベントとして行われる予定だったのが、内容は一切変えずに、目的を国家的規模の「祭り」からウイルスの「終息祈願」に変えて開催したそうです。お能ってそういうことが出来るんですね。ビックリしました。小田さんも能楽の強み、670年以上生き延びてきた理由とおっしゃっています。

 歌舞伎のことも触れていらっしゃいます。「積極的な映像の導入」ということで玉ちゃんの9月の「鷺娘」のことを書いてくださっています。これ、上京断念した公演なんですよね。

 「演劇批評誌」なので、古典ぢゃないお芝居、小劇場、ダンス…とそれぞれの分野の方たちのコロナ禍での演劇事情、「オーストリアの文化政策」っていうのもあって、普段触れることのないものが多く、非常に興味深く読みました。必死に再開にこぎつけた演劇界、大変な時こそ“夢を売る”お仕事って大切です。皆さん無事に続けられますようにと祈らずにはいられません。
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銀座と資生堂 日本を「モダーン」にした会社

2021-05-03 16:25:00 | 読んだもの
 戸矢理衣奈さんの「銀座と資生堂 日本を『モダーン』にした会社」を読みました。2012年に出版された本です。先日読んだ石岡瑛子さんの評伝「TIMELESS 石岡瑛子とその時代」に参考文献として載っていました。著者の戸矢理衣奈さんの博士学位論文だそうで、本の帯にも「草創期の資生堂に関する初の本格論考!」とありました。

 内容紹介です。
 日本女性を個性的にしたい―すべてはその信念のために
 大正から昭和にかけて、町の薬局にすぎなかった「東京新橋資生堂」を、国際的な化粧品メーカー「東京銀座資生堂」に育てあげたのは、創業者の三男で初代社長の福原信三(1883-1948)だ。丸の内の台頭で寂れつつあった銀座の復興に奔走し、また一流の写真家としても活躍した異能の経営者は、自らの美学をいかに貫き、全国津々浦々に西洋の風をもたらしたか。
 目次
  第1章 「新橋」から「東京銀座」へ
  第2章 「文明ノ程度」と西洋式空間
  第3章 社交界の誕生
  第4章 帰朝者たちの遊び場
  第5章 商品をしてすべてを語らしめよ
  第6章 流行はいかに発信されたか
  第7章 「人の和」による全国展開
  第8章 資生堂調の原点
  終章 銀座・東京・日本

 「TIMELESS」の参考文献だったので、資生堂宣伝部のことが大々的に取り上げられているのかと勝手に思っていたら、それも少し載ってましたが、資生堂という化粧品メーカーの社史、福原信三氏の評伝を中心に据えた“論文”でした。論文と言っても博士論文をそのまま本にしているわけではなく、新潮選書という一般向けの本ですので、一般の人たちが読みやすいようにはなっていました。

 資生堂は「元々は銀座の薬局」「銀座に資生堂パーラーを作り、ソーダ水を発売して有名になった」っていうのは結構いろいろなところで見かけるし、今も銀座に本社があり、バリバリ「銀座」のイメージなんですが、明治5年の創業から約半世紀は「東京新橋資生堂」と言われていたそうです。店舗の場所は最初から今の銀座7丁目だったのですが、当時は銀座は1丁目から4丁目までしかなく、さらに銀座よりも新橋のほうが東京の玄関口として繁栄していたので、あえてそう呼んでいたそうです。「新橋」から「銀座」への移行は福原信三が意識的に行い「東京銀座資生堂」と呼ぶようになりました。この文字を見た時、テレビの番組提供会社を読み上げる時に「とうきょうぎんざしせいどう」って言ってたのを思い出しました。会社の名前は資生堂なんだけれど、特に疑問もなく、聞いてましたね。
 
 この本、明治5年の資生堂創業から始まり、資生堂という企業の発展の歴史が綴られているんですが、「東京銀座資生堂」と名乗るだけあって、銀座とは切っても切れない間柄ですので、明治初期からの銀座の変遷にもかなりのページが割かれています。福原信三が銀座という街のイメージアップのためにとても積極的に動きます。行政に掛け合う一方で、小売り商店街をまとめ、“場”としての銀座をプロデュースしていきます。ワタシの大好きな銀座は福原信三さんのご尽力の賜物なんですね。

 「青天を衝く」の渋沢栄一さんやそのご子息も登場します。読みながら「あらま、こんなところでこの名前を見るとは!」とちょっとびっくりしました。

 宣伝部のことは、信三が大正5年に「意匠部」を設立したところから始まります。製品パッケージや広告など一連の意匠をそれまでのものから刷新、「資生堂調」と評されるデザインを確立していきます。「花椿」「資生堂書体」「唐草模様」を資生堂を象徴するモチーフとして定めました。「資生堂書体」は今でも見ますね。これの開発には小村雪岱が尽力したそうです。意匠部の新入部員はまずこの書体を体得するように訓練されるそうです。瑛子さんも3か月間このトレーニングに励んだそうです。と、ここでようやく「TIMELESS」とつながりました。

 資生堂の歴史を読むってことは、すなわち日本の化粧品の歴史、美容の歴史を読むことになるので、なかなか興味深く読みました。創業当時は化粧品の分野では後発組だったようですが、チェインストア制を作り(今もあるかどうかは定かではありませんが、昔の市場の中の化粧品屋さんが「資生堂チェインストア」の看板を掲げていたのを覚えています)、全国展開を図ります。「美粧講演会」なるものも全国巡回したそうです。これは大正11年から14年までだったそうですが、そういえば、ワタシが高校を卒業した時に、資生堂主催のお化粧講習会みたいなのがありました。イマドキは高校卒業してからお化粧を始める人なんて皆無だと思いますが。

 この本は福原信三にスポットを当てているので、第二次世界大戦までの資生堂の歴史で終わっているのですが、資生堂の「ブランド戦略」がその時に既に確立され、とりあえずこの本が書かれた2000年過ぎごろまでは、それが脈々と続いています。戦後の高度成長期、バブル期、バブル以降、そして平成、令和まで福原信三の精神がどのように受け継がれてきたのか、興味がわきます。資生堂の宣伝の方(CM)についてはあちこちでポツポツと見かけるのですが、資生堂という企業全体についてはあまりないように思います。もちろん資生堂の中の社史みたいなのはあるんでしょうけれど。続きを読んでみたいです。
コメント (6)
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