book518 オリジン上下 ダン・ブラウン 角川書店 2018
ダン・ブラウン(1964-)の作品は、宗教、歴史、芸術、科学、未来などをテーマにして、パリ、ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィア、セビーリャ、ワシントンなどを舞台に、最後の晩餐、神曲、ベルニーニ、フリーメイソンなどを織り込み、ドラマティックに息も切らせず展開し、予想外の決着で幕が下りる。読み応えもあり、私好みである。
すでにb128「ダ・ヴィンチコード」、b131「天使と悪魔」、b207「デセプション ポイント」、デビュー作b223「パズル パレス」、b393「ロスト・シンボル」、book457「インフェルノ」を読んだ。
「オリジン」はラングドンシリーズの5作目で、日本語版が2018年に出版されたが図書館予約を待っていて・・緊急事態宣言で図書館の閉館も重なり・・、読んだのは2020年8月になった。
上巻の表紙はサグラダファミリア・生誕の門、下巻表紙はサグラダファミリア・螺旋階段、上巻扉絵にビルバオ・グッゲンハイム美術館、パピー彫像、ゴーギャン「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」、カサ・ミラ外観・屋上、下巻扉絵にサグラダファミリア内観・ステンドグラス、ウィリアム・ブレイク「日の老いたる者」が挿入されている。ダン・ブラウンの壮大な物語を予感させ、読み手を興奮させる。
物語は、プロローグ、105節、エピローグで構成されている。105節は長い短いがあるが平均6ページほどで、節ごとにシーンが変わりながら進行していく。いくつかのシーンが交互に進行すると、複数のモニター画面で別々の事件が展開するのを同時に眺めるような緊張感を感じさせる。
読み手はAモニターを見ながら想像力をたくましくしてBモニターとの関連を見つけようとし、Cモニターで新たな事態が発生して目を取られていると、Dモニターで一見関連なさそうな動きが起きる。次第に別々のシーンが関連づき、やがてそれぞれが絡み合い、ついにすべてが収れんしていく。読み手はシーンごとの流れと同時に、シーンとシーンとの関連も予測し、いつの間にかダン・ブラウンの術にはまってしまう。
プロローグは、40歳のコンピュータ科学者・未来学者エドモンド・カーシュがカタルーニャのモンセラット修道院を訪ねるシーンから始まる。迎えるのはスペイン国王の信頼が厚い保守的なカトリック司教バルデスピーノで、イスラム教法哲学博士アル=ファドルとユダヤ教ラビのケヴェシュが同席する。
カーシュは、47文字のパスワードを入れたスマートフォンで、近々発表予定の「われわれはどこから来たのか、われわれはどこへ行くのか」=世界の宗教を粉々にする衝撃的な映像の未編集版を3人にプレゼンテーションする。
前半の物語の主たる舞台はフランク・O・ゲーリー設計のスペイン・ビルバオ・グッゲンハイム美術館、後半はガウディ設計のスペイン・バルセロナのカサ・ミラとサグラダ・ファミリアで、マドリード王宮や戦没者の谷などのシーンが織り込まれる。
・・サグラダ・ファミリアは工事中の1994年と聖堂の全容が分かる2015年に訪ねガウディの残した空間で瞑想した。グッゲンハイム美術館は訪ねていないが、斬新な空間造形は耳目を集めている。
巧みな舞台選定も物語の展開を劇的にしている。読んでいるうちにサグラダ・ファミリアの実空間を思いだし、臨場感が高まった。未訪問のグッゲンハイム美術館などは体験したくなってくる。
1節グッゲンハイム美術館に、教え子だったカーシュのプレゼンテーションに招待された主人公のハーヴァード大学教授・宗教象徴学者ロバート・ラングドンが現れる。宗教対科学の導入が語られる。
3節ラングドンが骨伝導のヘッドセットを装着すると、カーシュが開発した人工知能のウィンストンが話しかけてくる。
8節カーシュがラングドンを出迎え、9節カーシュはモンセラット修道院での会談を伝え、宗教は集団的幻想に過ぎない、「われわれはどこから来たのか=人類の起源、われわれはどこへ行くのか=人類の運命」の明快な答えを見つけた、とプレゼンテーションの骨子を話す。・・タイトルのOrigin=起源がこの本のテーマである。
2節は重要人物であるルイス・アビラ提督63歳に変わる。5年前、セビーリャ大聖堂で爆破があり、妻子を失った惨事を回想する。
宰輔の指示でグッゲンハイム美術館に向かう・・宰輔の正体は104節で明かされる。予想外の事実にラングドンも衝撃を受ける・・。
7節前半でアビラは招待者として美術館に入館する。・・アビラは突然の追加で招待者に加えられた。誰が指示したのか?。
10節前半はマドリードのアルムデナ大聖堂で、ミサ聖祭を下級司祭に任せたバルデスピーノ司教がノートパソコンを見入るシーン、 10節後半はグッゲンハイムのアトリウムに入り込んだアビラが宰輔から最後の指示を待つシーンになる。
14節グッゲンハイム美術館長アンブラ・ビダルが演壇に登場する。アンブラはスペイン国王太子フリアンと婚約したばかりだが、カーシュのプレゼンテーションの準備に没頭していた。
17節カーシュがプレゼンテーションを始める。「・・混沌を軽蔑せよ。秩序を生み出せ。・・信仰とは説明できないことを信じ、受け入れるが、科学は未知の事柄や説明されていない事柄の物的証拠を見つけようとする試み・・」・・プレゼンテーションの導入部分だが、この物語のテーマであり、説得力がある。
19節アビラが拳銃を確かめ、20節ウィンストンからラングドンに危機が知らされるが、21節カーシュはアビラに銃撃され、命を落とす。会場は大混乱となり、アンブラの警護をしていた2人の近衛隊員がアンブラ、ラングドンに駆け寄る。
話は前後する。7節後半でスペイン人によりドバイの砂漠に置き去りにされたアル=ファドルは、13節で遺体で見つかる。
5節でブダペストに戻ったケヴェシュに16節でバルデスピーノからアル=ファドルの訃報が伝えられ、24節でプレゼンテーションについて黙秘が要請され、31節では公開するよう見知らぬ電話があり、40節でシナゴーグに避難するが、43節で暗殺者に殺される。
・・カーシュのプレゼンテーションを知っているための口封じか?。これも予想外の結末で仕掛け人が浮かび上がる・・。
4節 18節 34節 46節 58節 62節 68節 78節 82節 85節 89節 101節にはインターネット上に公開されたコンスピラシーネット・ドットコムの速報が挿入される。・・この仕掛け人も結末で明らかになる。
フリアン国王太子の動向、バルデスピーノ司教の行動と近衛部隊司令官ガルサとの確執、ITを駆使した王宮職員の動き、スペイン王がフリアンに「過去を思い出し、学ぶ場として戦没者の谷を残せ」と話す場面などが、物語の展開に絡めて描かれていく。
27節ラングドンはカーシュの遺体からスマートフォンを抜き取り、ウィンストンの的確な戦術に助けられ、28節アンブラとともに会場を抜け出す。32節・35節水上タクシーに乗り、38節・39節空港に待機していたカーシュのプライベートジェット機に乗り込む。47節バルセロナに着陸し、カーシュの自家用車テスラでカサ・ミラに向かい、最上階のカーシュの部屋に入る。47文字のパスワードを見つけ、カーシュのプレゼンテーションを世界に発信するためである。
狙撃を成功させたアビラは22節・29節ウーバーのタクシーを使い逃走する途中、36節宰輔からバルセロナ行きを指示される。バルセロナに向かいながら、48節・57節でローマ教会と対抗しているパルマール・カトリック教会教皇との出会いが回想される。66節アビラがサグラダ・ファミリアに着く。
52節・53節カーシュの部屋でラングドンとアンブラは、カーシュが膵臓癌で余命残り9日だったことを知る。59節展示された絵画、膨大な蔵書を調べていて、ラングドンは空のブレイク全集の中からカードを見つける。60節アンブラは王宮上層の命令で追ってきた2人の近衛隊員のヘリコプターを見てよろめき、スマートフォンを落とす。一瞬のうちにウィンストンが消えてしまう。
61節・63節近衛隊員は未来の王妃アンブラの命令で、二人をヘリコプターに乗せサグラダ・ファミリアに向かう。65節カーシュはサグラダ・ファミリアにウィリアム・ブレイク詩集を寄贈していて、カーシュの寄贈条件により163ページを開いて地下礼拝堂に展示されていた。
69節・70節ラングドンとアンブラが163ページの謎を解くあいだに、近衛隊員の1人が殺される。73節ラングドンはブレイクの46文字の詩句にかけられた暗号を解き47文字のパスワードを見つける。74節もう1人の近衛隊員が銃で撃たれる。75節螺旋階段に逃げたラングドンをアビラが追い、激闘になる。・・私は1994年も2015年も螺旋階段を降りた。狭く、手すりがないので危険を実体験した。
ラングドンは捨て身の投げで負傷し、アビラは墜落死する。
77節・80節ラングドンとアンブラはカーシュのハイテク研究所であるスーパー・コンピューティング・センターに向かう。83節ウィンストンの声に再会、84節・87節・88節・90節2階建ての巨大コンピュータに47文字のパスワードを入れる。
「宗教の時代は終わり、科学の時代へ」、2億人の視聴者にプレゼンテーションの配信が始まる。
91節・92節・93節・95節・96節に「われわれはどこから来たのか、われわれはどこへ行くのか」が詳述されている。人類の起源と進化、未来における人類とテクノロジーの融合といったこの本の主張であるダン・ブラウンの論理展開は明快で、一気に読み通した。
圧巻の「われわれはどこから来たのか、われわれはどこへ向かうのか」の詳述、カーシュ殺害を始めとする謎めいた事件の仕掛け人、アンブラと婚約者であり次期国王フリアン、スペイン王とバルデスピーノ司教のその後、などなどは読んでのお楽しみに。
誰も「どこから来たのか、どこへ行くの」かという謎、不安を抱えている。ダン・ブラウンは、科学によってその答えに迫ろうとした。それがこの本のテーマである。少し先の未来は人類とテクノロジーの融合のようである。 (2020.8)
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