風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

ポストマン

2019年12月24日 | 「新エッセイ集2019」
いちにちに
白い氷の丘をみっつ越えるんだ
と彼は言った
手紙の宛先はひとつ
行き先もひとつ
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
世界一美しい彼女
世界中から愛の手紙が集まる
彼の配達カバンはいつも重かった

その日もいつものように
白い氷の丘をみっつ越えた
すると目の前に見慣れない川
こんな川がいつのまに
それとも道をまちがえたか
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
目をつむっていても迷うことはない
ああ、なんたるこった
川幅はどんどん広がっていく
しかたない手紙は紙ヒコーキにして
向こう岸に飛ばしたが
届いたのはわずか
ほとんどは川におちた

その次の日もまた
白い氷の丘をみっつ越えた
もう向こう岸も見えなかった
彼は泣きながら叫んだ
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
こんなにいっぱいの愛の手紙を
どこに届ければいいんだ
美しいひとも白いポストも
ぜんぶ消えてしまった
陽は昇らない陽は沈まない
おおデスタン
彼はポストマンをやめた

そして彼は
愛の手紙をいっぱい書いた
手紙の宛先はもちろん
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
あなたは世界一美しい
あなたは青い空と白い丘のすべて
風の道と雲のしるべ
どんなに言葉を連ねても
追いつけない

愛の言葉はどこにある
彼は探した
村にのこる古いうたの言葉
美しいひとが歌った美しいアリア
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
その村は水の中
ミス・イリナ・トゥントゥニン
彼女は美しい鯨だったのか
どんなに待っても返事はかえってこない

白い氷の丘をみっつ越えると
目の前には大海原
無数の紙ヒコーキが漂っている





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