風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

かたちになるまで

2016年12月12日 | 「新詩集2016」

やっと一段落した。
これまでの10年間に書いてきた詩をすべて読みかえし、手を加えたり削除したりして、分類整理する作業がやっと終わった。
あえて廃棄したものもあるし、まったくの別物になってしまったものもある。それで良くなったのか悪くなったのかは自分ではわからない。いずれにしてもひと区切りがついた感じがしている。
誰かに読んでもらうためではなく、また期待して読んでくれる人もいないだろうけれど、次は詩集としての本らしいイメージが熟したら、発行のための準備編集にとりかかることにしよう。
あわせて、これまでブログに書いてきたエッセーや日記風のものも、読み返しながら加筆修正していく予定にしている。
いずれも自己完結な作業だから、はたして形になるものやらならないものやら、まだ仕上がりの目途すらたっていないが、集大成としての自分なりの方向がみえてくることを期待して、苦しみながら楽しみながら進めていきたいと思っている。



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夢の淵をあるく

2016年12月05日 | 「新詩集2016」


  

ながい腕を
まっすぐに伸ばして
陽ざしをさえぎり
さらにずんずん伸ばして
父は
雲のはしっこをつまんでみせた

お父さん
いちどきりでした
あなたの背中で
パンの匂いがする軟らかい雲に
その時ぼくも
たしかに触れたのです

*

  

崖の下から海がひろがる
寄せてくる波が岩に砕けている
風に押し出されそうになって
踏んばる足に力がはいる
まだ奈落に逆らう力がある
それが生きる力であるかのように
勘違いする余裕もあった

崖は陸地と海を切断し
ときには生と死をきり分ける
追い詰められたひとたちが
そこから海へ向かって消えたという

崖はいつも女をまっさかさまにする…

そんな詩のことばが浮かんでくる
なん十年たっても
まだ一人も海にとどかないという
まっすぐに海までの
測っても測れない距離がある

ときには引き返そうとして
ひとは空に向かって
まっさかさまに落ちる
崖の上にも深い海はある

*

  夢の淵

おなじ夢をよくみる
岩場の深い淵に立っている
とても飛び降りられる高さではない
以前にもそんな夢をみた時期があった
どうにでもなれと
思いきって飛び降りてみた
すると崖は
あっけなく消えた

目覚めるために
あしたの詩を書いている
深い淵のように
見えないものがいっぱいある
崖の上に立って投げるのは
言葉ことば言葉
なかなか海までは届かない
夢と現実のはざまで
立ち止まったままでいるから
夢の淵からも
なかなか飛び降りることができない

*

  目覚めよと呼ぶ声がきこえる

黄色い魁の
小さな灯がともる
一日がすこし明るくなる
ひんやりと花の奥にひそむ
はるかな香りに
浮き立つ

夢の中から夢が

花の木の下では
凍えながら眠りつづける
ぼくの蒼白な虫たち
ぽつぽつと灯をともし
咲いては落ちる
無明の音を聞いている



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始まりを告げるものは

2016年11月27日 | 「新詩集2016」

 
  つばさ

小さな穴を掘って
小さな埋葬をした
小さなかなしみに
小さな花を供えた

小鳥には翼があるから
虫のようには眠れないだろう
空を忘れてしまうまで
土のなかで
長い長い夢をみるだろう

ひとには翼がないから
夢の中でしか空を飛べない
つらい目覚めのあとで
ゆっくり手足をとりもどして
ひとになる

あかるい朝も
くらい朝も
あらたな始まりを告げるのは
小さな空の羽ばたきだ

*

  トンボの空

水よりもにがく
風よりも酸っぱい翅のさざなみ
トンボの夏は
喉のずっと奥にのこされる

空よりも透きとおって
その銀色の翅が
カッターナイフの俊敏さで
ときには雲を切り裂き
川面に空をひきよせた

そうして
空にいくつも影をのこし
夏のトンボは去った
あわれ地上に散った
翅の地図をなぞりながら
私の秋はトンボの道をあるく
あまりにも透明だから
明日は見えない

*

  ふたつの果実

ふたつの果実
くりかえし熟して
大きな赤ん坊に育ってしまった
やわらかさと冷たさを
両手でつつむ
耳の魔女がささやく
真実はひとつと

おっぱいほどの
膨らんでいく幻想と
乳首ほどの
ちっちゃな真実
そのふたつを
ふたつの手が求めつづける
この甘さは
抱きしめることができないから
果実の深みへと
ひたすら熟成をもとめる

左手によろこびと
右手にかなしみ
林檎よりも重く生まれて
地球よりも軽く生きていく
どくんどくん
複雑に照れるけど
すこし群れて
きょうも生きる

*

  チョコレートは苦い

あなたが好きなのは
ゴディバのエキュソンビター
それとも
グリコのチョコボール

ときどきマヤ人だったあなた
銀紙をまるめて
わたしの空に言葉を放った
黄色い木の実は神さまの食べ物
不老長寿の薬だったんだ
だが国がほろび
黒い髪のひとたちも死んで
残ったのは
カカオの苦味だけ

革命も征服も
チョコの苦さにはかなわなかった
我にショコラあれば
他の食べものを絶つも可なり
ナポレオンのポケットも
苦みでいっぱいだったんだ

チョコレートよりも苦い
あなたの革命はどうなったのかしら
神さまの食べものも
わたしの舌には苦くて
ちょっぴり甘いだけ
どちらも痛みに似ているから
いたいのいたいの飛んでゆけって
あなたの空に放つてやるの

わたしが好きなのは
ハートミルク
苦いハートをふたつに割ると
いつもあなたの雲がある





わたしのゲネシス(Genesis)

2016年11月19日 | 「新詩集2016」


I.

初めに言葉はなく
終りにも言葉はなく
始まりもなく終りもない
夢のあとに唐突に
光のカーテンがひらきました
恍惚と不安と
そこには
あなたが立っていたのです


II.

あなたの掌と
わたしの掌をあわせました
ひんやりと熱いもの
わたしのものではないもうひとつの
それはあなたのもの
わたしの欠片ですらない
あなたの奥にかくされていたもの
やっと見つけた
もうひとつのものでした


III.

あなたは風のようでした
あなたが風ならば
わたしも風になります
言葉を忘れてしまったとき
あなたの耳へおくるのは
わたしの風の息
みじかい息やながい息を
あなたへおくります
失った言葉が
わたしの中でよみがえる
そのとき息を忘れて
わたしもきっと風になれる


IV.

くちびるからくちびるへ
かぜのさきにかぜのさきがふれる
ぬれていてすこしつめたい
かぜのまわりのかぜはあつい
ふたつのかぜはひとつになろうとして
からまったりからまれたり
うらがえしたりうらがえったり
まじりあって
かぜはふうじこまれる
まわりはなにもみえなくなって
みえないものがすべてになって
わたしのいきがあなたのいきをすう
ひとつになったいきをはく
いきはすこしずつあつくなる
いきはすこしずつうすくなる
すこしだけくるしい
すこしだけしにそうになる
やみをかきわける
やさしいあなたのゆびの
ゆくえのなかにわたしはまよう
ながれだすあなたの
あついちのしずくとなって
あなたのといきの
ねつのさきに
おぼれる


V.

未知のひと
指のさきのあなた
熱い血の流れのなかを泳ぎ
激しく波をたてるから
渦まきになって
わたしを吸いこむ
奥ふかくわたしのなかへ
入ってくるあなた
ひとつになろうとして
ひとつのものに届こうとして
包みこんだままで
包みこまれたままで
流れに耐えようとするあなたの
終りのときに
すべてのとびらを開いて
始まりをむかえる
闇のなかに光がうまれ
あなたの光はしだいにふくらみ
わたしの光もさらにふくらみ
ひとつの大きな光となって
ついにはじける
もっと光を






きみの空も灰色のクレヨン

2016年11月11日 | 「新詩集2016」


  山口くんの木

山口くんが木になった
あれは小学生の頃だった
木にも命があると
彼は言った

山口くんの木は
どんどん空に伸びて
校庭の
イチョウの木よりも高くなった
あれから彼に会っていない

晴れた日も雨の日も
イチョウの葉っぱはいつも
山口くんの手の平の
日なたのようだ

*

  サインはふたつだけ

前田くんはピッチャーで
ぼくはキャッチャー
サインは
ストレートとカーブしかなかったけれど
あの小学校も中学校も
いまはもうない

前田くんはいつも
甘いパンの匂いがした
彼の家がパン屋だったから
だがベーカリーマエダも
いまはもうない

最後のサインは
さよならだった
さよならだけではさみしくて
もういちどさよならをして
それでもさみしくて
またねと言った
あれから春はいくども来たけれど
またねは来なかった

いつもの朝がある
さよならともまたねとも言わないで
朝だけが朝としてやってくる
冷蔵庫のパンとマーガリンには賞味期限がある
前田くんが焼いたパンではないけれど
食卓にはパンとサラダとヨーグルト
左の掌をポンポンとたたく
今朝のサインもふたつ

*

  運動会の、空へ

ひとり残されて
校庭で逆立ちの練習をしている子
あれはきみだろうか

運動会のテーマは
日本一の山
富士山は3776ミナナロウだったね
でも誰もなれやしない
5段組みのてっぺんで輝いてる子
あれはぜったいに
きみではない
きみは高所恐怖症で運動オンチ
逆立ちもできないし側転もできない
富士山のずっとずっとすそ野の
地べたに伏せている子らのひとり
砂ぼこりを吸って
膝小僧を痛がっている子らのひとり

きみはどこにいるんだ
さがしてもさがしても見つからない
きみの大地は灰色のクレヨン
きみの空も灰色のクレヨン
きみの四季はただ塗りつぶされてしまう
もくもくと入道雲の
きみはもくもくのひとつ
ぽつぽつと雨つぶのひとつ
はらはらと落葉のひとつ
ころころと木の実のひとつ
しんしんと雪のひとつ
そしてようやくの春
散っていく桜の花びらのひとつ
きみはどこにいるんだ

終わる終わる
きみを見つけられないままで
運動会が終わる
きみはわたしを避ける
すぐに目をそらすから好きだ
きみの名前が好きだ
きみの名前をノートに書いて
いっぱいキスをする
わたしの秘密
キスって鉛筆の味がするんだ
わたしは逆立ちだって
バク転だってできるんだ

逆立ちをしたら
きみが見えるだろうか
土の校庭をもちあげて
万国旗の空へ落ちてゆくんだ
いつかの空
青い波紋がひろがって
だんだん視界がぼんやりになって
だれもいない空
てっぺんはどこだ
どこに隠れているんだ
きみは