風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

秋の魚あはれ

2015年08月22日 | 「詩集2015」

木の葉が
風に散っていく
表になり裏になり
葉脈の流れをとめて
秋の波紋がひろがっていく

セコと呼ばれる河童が
山へと帰っていく季節だった
雨が降ったあとの小さな水たまりが
河童の目ん玉でいっぱいだった
その道を
山から川へと帰っていく人もいた
その人は
一枚の葉っぱが
魚に変身するのを見たという
美しい魚だった

エノキの葉っぱが魚になったので
エノハと名付けられた

水が激しく落ちこむ瀬に
大きく竿を振って瀬虫を放りこむ
手元にぐぐっとくる動きを引き上げる
しびれたように痙攣しながら
あはれ銀色の魚体が
宙を泳いだ

一瞬の秋が落ちる
そのとき
釣り人の手に残されたのは
色あざやかな
一枚の葉っぱだった










夏の魚となって

2015年08月13日 | 「詩集2015」

コップのなかに
残された朝と
醒めきらないままの
水を分けあう

魚のかたちをして
水がうごく
夏のはじまり
ゆっくり水際を
泳いでゆこうとする
小さな魚だ

草となり
ただ草となる
それだけの
夏があることを
魚は知らない

水となり
ただ水となって
いくつも水紋をひろげ
やわらかい鰭で
夏の回想を重ねていく

そして魚は
水の雲を砕こうとして
空にはじける
一瞬の夏を残して







夏の少年はどこへ

2015年08月06日 | 「詩集2015」

窓を開けると
蝉の鳴き声がどっとなだれ込んできた
熱風のかたまりを大きな捕虫網ですくい取る
いっぴきの夏を追いかけたまま
少年の夢はなかなか覚めない

布切れで父が
細長い袋を作った
針金で竹の棒に括りつけて
それで蝉をとるのだと言った
父について林に入る
アブラゼミ
クマゼミ
ミンミンゼミ
ヒグラシ
まさに一網打尽の
蝉だらけの夏になった
あれからあの
いっぱいの夏をどうしたのだったか

父と蝉とりをしたのは
それいちどきりだ
父の趣味は魚釣りとパチンコ
なにごともマジメにやらないと勝てない
父に教えられたことはそれだけ
ドキドキしながら蝉に近づく
いっぴきずつしか捕まえられなかった少年は
魚釣りもパチンコも
とうとう父親には及ばなかった

今年も蝉たちは
マジメに蝉の夏を騒いでいるのか
豊穣な虫たちの夏は
鳴き声ばかりが変わらない