風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

白い線路が続いている

2016年01月30日 | 「詩集2016」

白いチョークで
2本の平行線を引きながら
少年の線路は延びていく
始発駅は細い路地のどんづまり
そこには
大きな猫がいた

線路をたどると
記憶の始まりに行きつく
駅と駅を正確につないでいくように
単調な遊びをくりかえす
少年は電車になりたかった

2本の線を引きつづける
手にもったチョークが鉛筆にかわり
鉛筆がマジックペンにかわり
マジックペンがマウスにかわっても
どこまでも線路は延びていく

夢の中から夢のそとへ
景色の中から景色のそとへ
少年の中から少年のそとへ
運んでゆき運ばれてゆく
背中を押す手は
白い線路をつなぐ白い手だった

その先にはいつも
もうひとつの駅があった
長い旅の途上で待っているのは
もうひとつの電車と
どんづまりの古い路地の
白い猫だった





海を釣ったという老人の話

2016年01月21日 | 「詩集2016」

あんた、見かけない人じゃね
海の人かい、陸の人かい
わしはこのとおり
シケた釣竿が1本きりじゃ
釣れても釣れんでもええ
竿はわしの腕みてえなもんかな
ジャコの機嫌もとらにゃならんし
海の柔らかい手にも触っていたい

とりたてち楽しうもねえ
じゃけんど退屈ゆうわけでもねえ
ここは海と陸との境界
わしはもうどっちにも行けんきのう
ずっと海でいのちき(暮し)してきたけ
体はおおかた魚になっちょる
もう潮っからい風でないと息もでけん

何が釣るるか知ったこっちゃねえ
こないだはカモメが釣れよった
あほカモメはわしを釣ったと思うちょるやろ
竿ごとどこぞへ持っていきよった
あいつは今ごろ
沖でこっそり釣りしよるかもしれん

じゃが釣れるんは魚ばっかりじゃないぞ
錆びたあき缶でん釣れよる
空っぽなのについのぞいてしまう
かび臭い四畳半みてえな
古い家族の匂いがしみついちょる
がらんどうの念仏みたいなやつじゃ

釣りに飽いたらごろんと昼寝んするだけ
一日の半分は眠っちょる
眠れば人生あと戻りもでける
夢ん中のわしは年とらん
いつでん血だらけの海を泳ぎよる
マグロの血もわしの血も見分けはつかん
血だってすすり泣きしよる
夢中になりゃ何してん極楽なんじゃ

近頃はのう
ちょいちょい妙な夢も見よる
岩場に必死でしがみついちょる
まわりは時化(しけ)の海
人も魚もおらん
この世とあの世ん水際はあんなもんかの
死ぬのはええが淋しいのは困るな

日暮れもさみしい
もう空が店じまいしよる
まずめ時いうてのう
釣りには時合なんじゃが
わしは寄ってくる魚は釣らん

いけん、えらいこっちゃ
どでかいことをしでかしたみてえじゃ
もう釣りは続けられん
とうとう海を釣ってしもうた




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今年のおみくじは小吉だった

2016年01月09日 | 「詩集2016」

暖かい正月、暖かすぎる正月となった。
昨年の正月と同じように、落葉を踏みながら山道を下り、田んぼの細い畦道を通って、上神谷(にわだに)と呼ばれる古い集落の神社にお参りする。この神社にたどり着くまでの道のりが、ほんの30分ほどの歩行なのに、なんとなく古い時間に戻っていくようで気に入っている。
鎌倉時代の創建と伝えられる国宝の拝殿を潜ってお参りする。
とくに何かを祈願するわけでもないが、すこし畏まって柏手を打つことによって、こうして1年というものが巡って、また新しいなにかが始まったような気分になる。これが正月というものだろうか。

おみくじは小吉だった

小さな神社なので出店があるわけでもない。
ひっそりとした控えめな社務所で、おみくじを引くくらいがいつものお遊びである。今年の運がどうのこうのというのではなく、書かれてある古びた文章を読むのが楽しみなのだ。
例によって五言絶句の漢詩、

   見禄隔前渓
   労心休更迷
   一朝逢好渡
   鸞鳳入雲飛

何のことか解らないので、訳文を読んでみる。
「宝を見てとらんとすれど まえに谷ありてとりにゆかれぬなり」「おもうようにならぬとて心いためず じせつのいたるをまちてよし」「時いたればよき渡りにおうて谷をこえ 宝のところへいたるべし」「ほうおうの雲に羽をのすごとく じざいをえて喜びたのしむべし」とのこと。
いまは目の前の宝物も手にとることはできないようだ。だが後には、鳳凰が雲まで自在に羽を伸ばすように、喜び楽しめるという。最後の言葉で喜ばしてくれる。

小吉だったり末吉だったり、いつもこの手の言葉で満足させられることになる。そして、宝物を追いつづけてくたびれた1年の終わり頃には、鳳凰のようになるだろうという神様のありがたい言葉も、もうすっかり忘れ去っている。




あたらしい年がはじまった

2016年01月01日 | 「詩集2016」

あけましておめでとうございます。

陽がのぼり、陽がしずみ、秋がゆき、春がくる、
やはり地球は回っているんですね。
でも年ごとに、
その回転は速くなっているような気がしてなりません。
一日が、一週間が、そして一年が、
なにするでもなく、あっというまに過ぎてゆきます。
時の車輪にはブレーキもないのでしょうか。
これからは
むやみに大きな喜びを追うのではなく、
小さな喜びをちまちまと、
ゆっくりのんびり拾いあつめていこうと思います……
今年もよろしくお願いします。

           (2016年元旦)

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