風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

サインは、さよならとまたね

2015年03月28日 | 「詩集2015」

前田くんはピッチャーで
ぼくはキャッチャー
サインは
ストレートとカーブしかなかったけれど
あの小学校も中学校も
いまはもうない

前田くんはいつも
甘いパンの匂いがした
彼の家がパン屋だったから
だがベーカリーマエダも
いまはもうない

最後のサインは
さよならだった
さよならだけでは足りなくて
もういちど
さよならと言った
それでも足りなくて
またねと言った
あれから春はいくども来たけれど
またねは来なかった

いつもの朝がある
さよならともまたねとも言わないで
朝だけが朝としてやってくる
冷蔵庫のパンとマーガリンには賞味期限がある
前田くんが焼いたパンではないけれど
食卓にはパンとヨーグルトとサラダ
左の掌をポンポンとたたく
今朝のサインは
さよならとまたねでいく








そらの窓から

2015年03月20日 | 「詩集2015」

うぐいすが
空の窓をひらいていく

小さな口で
ホーっと息を吸って
ホケキョっと息を吐いて
春はため息ばかり
風を明るくする







漂って夢の淵へ

2015年03月13日 | 「詩集2015」

短編小説を読む
短いストーリーは小さなトリップである
こころよい疲れがのこる
散歩で拾ってきた落葉をページにはさみ
椅子にすわったまま目をつむる
眠るつもりはないが眠ってしまうかもしれない
だんだん体が軽くなっていく
小さな舟にのっている
水の上を漂っている
落葉を
拾おうとして
その右手に力が入っている
さらにその先へと
手を伸ばそうとしている
なかなか落葉に手がとどかない
いつのまにか手の先に
幼い子どもがいる
読みかけの本の上に立っている
足元がふらついている
その足がしだいに
本の端の方へと向かっている
ああ落ちる
と叫んでさらに
手を伸ばす
がたんと音がして
いっきに体が岸辺に引きもどされる
床に本が落ちている
離れたところに
栞にした落葉もころがっている
その落葉が
小さな舟にみえる
舟はまだ
夢の淵を漂っている







鯨はみどり色の夢をみていた

2015年03月04日 | 「詩集2015」

それは鯨ではない
おたまじゃくしだ
スケッチをするぼくの背後で
だれかの声がした

骨になって眠りつづける
博物館の鯨
宙に繋ぎとめられたまま
白い夢はなかなか
目覚めることができない

潮によごれた丸い窓を
ぼくはみず色で塗りつぶした
骨の鯨は
ひとつの窓から空をみ
もうひとつの窓から海をみていた

ぼくは夢の窓から
大きな鯨を探しつづけた
みどり色の
ながいながい夢だった
小さな鯨はどこまでも追いつけない

風に泳ぐ草がみえる
白いキャンバスのなかで
鯨の夢の
目覚めるときを待っている