風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

始まりを告げるものは

2016年11月27日 | 「新詩集2016」

 
  つばさ

小さな穴を掘って
小さな埋葬をした
小さなかなしみに
小さな花を供えた

小鳥には翼があるから
虫のようには眠れないだろう
空を忘れてしまうまで
土のなかで
長い長い夢をみるだろう

ひとには翼がないから
夢の中でしか空を飛べない
つらい目覚めのあとで
ゆっくり手足をとりもどして
ひとになる

あかるい朝も
くらい朝も
あらたな始まりを告げるのは
小さな空の羽ばたきだ

*

  トンボの空

水よりもにがく
風よりも酸っぱい翅のさざなみ
トンボの夏は
喉のずっと奥にのこされる

空よりも透きとおって
その銀色の翅が
カッターナイフの俊敏さで
ときには雲を切り裂き
川面に空をひきよせた

そうして
空にいくつも影をのこし
夏のトンボは去った
あわれ地上に散った
翅の地図をなぞりながら
私の秋はトンボの道をあるく
あまりにも透明だから
明日は見えない

*

  ふたつの果実

ふたつの果実
くりかえし熟して
大きな赤ん坊に育ってしまった
やわらかさと冷たさを
両手でつつむ
耳の魔女がささやく
真実はひとつと

おっぱいほどの
膨らんでいく幻想と
乳首ほどの
ちっちゃな真実
そのふたつを
ふたつの手が求めつづける
この甘さは
抱きしめることができないから
果実の深みへと
ひたすら熟成をもとめる

左手によろこびと
右手にかなしみ
林檎よりも重く生まれて
地球よりも軽く生きていく
どくんどくん
複雑に照れるけど
すこし群れて
きょうも生きる

*

  チョコレートは苦い

あなたが好きなのは
ゴディバのエキュソンビター
それとも
グリコのチョコボール

ときどきマヤ人だったあなた
銀紙をまるめて
わたしの空に言葉を放った
黄色い木の実は神さまの食べ物
不老長寿の薬だったんだ
だが国がほろび
黒い髪のひとたちも死んで
残ったのは
カカオの苦味だけ

革命も征服も
チョコの苦さにはかなわなかった
我にショコラあれば
他の食べものを絶つも可なり
ナポレオンのポケットも
苦みでいっぱいだったんだ

チョコレートよりも苦い
あなたの革命はどうなったのかしら
神さまの食べものも
わたしの舌には苦くて
ちょっぴり甘いだけ
どちらも痛みに似ているから
いたいのいたいの飛んでゆけって
あなたの空に放つてやるの

わたしが好きなのは
ハートミルク
苦いハートをふたつに割ると
いつもあなたの雲がある





わたしのゲネシス(Genesis)

2016年11月19日 | 「新詩集2016」


I.

初めに言葉はなく
終りにも言葉はなく
始まりもなく終りもない
夢のあとに唐突に
光のカーテンがひらきました
恍惚と不安と
そこには
あなたが立っていたのです


II.

あなたの掌と
わたしの掌をあわせました
ひんやりと熱いもの
わたしのものではないもうひとつの
それはあなたのもの
わたしの欠片ですらない
あなたの奥にかくされていたもの
やっと見つけた
もうひとつのものでした


III.

あなたは風のようでした
あなたが風ならば
わたしも風になります
言葉を忘れてしまったとき
あなたの耳へおくるのは
わたしの風の息
みじかい息やながい息を
あなたへおくります
失った言葉が
わたしの中でよみがえる
そのとき息を忘れて
わたしもきっと風になれる


IV.

くちびるからくちびるへ
かぜのさきにかぜのさきがふれる
ぬれていてすこしつめたい
かぜのまわりのかぜはあつい
ふたつのかぜはひとつになろうとして
からまったりからまれたり
うらがえしたりうらがえったり
まじりあって
かぜはふうじこまれる
まわりはなにもみえなくなって
みえないものがすべてになって
わたしのいきがあなたのいきをすう
ひとつになったいきをはく
いきはすこしずつあつくなる
いきはすこしずつうすくなる
すこしだけくるしい
すこしだけしにそうになる
やみをかきわける
やさしいあなたのゆびの
ゆくえのなかにわたしはまよう
ながれだすあなたの
あついちのしずくとなって
あなたのといきの
ねつのさきに
おぼれる


V.

未知のひと
指のさきのあなた
熱い血の流れのなかを泳ぎ
激しく波をたてるから
渦まきになって
わたしを吸いこむ
奥ふかくわたしのなかへ
入ってくるあなた
ひとつになろうとして
ひとつのものに届こうとして
包みこんだままで
包みこまれたままで
流れに耐えようとするあなたの
終りのときに
すべてのとびらを開いて
始まりをむかえる
闇のなかに光がうまれ
あなたの光はしだいにふくらみ
わたしの光もさらにふくらみ
ひとつの大きな光となって
ついにはじける
もっと光を






きみの空も灰色のクレヨン

2016年11月11日 | 「新詩集2016」


  山口くんの木

山口くんが木になった
あれは小学生の頃だった
木にも命があると
彼は言った

山口くんの木は
どんどん空に伸びて
校庭の
イチョウの木よりも高くなった
あれから彼に会っていない

晴れた日も雨の日も
イチョウの葉っぱはいつも
山口くんの手の平の
日なたのようだ

*

  サインはふたつだけ

前田くんはピッチャーで
ぼくはキャッチャー
サインは
ストレートとカーブしかなかったけれど
あの小学校も中学校も
いまはもうない

前田くんはいつも
甘いパンの匂いがした
彼の家がパン屋だったから
だがベーカリーマエダも
いまはもうない

最後のサインは
さよならだった
さよならだけではさみしくて
もういちどさよならをして
それでもさみしくて
またねと言った
あれから春はいくども来たけれど
またねは来なかった

いつもの朝がある
さよならともまたねとも言わないで
朝だけが朝としてやってくる
冷蔵庫のパンとマーガリンには賞味期限がある
前田くんが焼いたパンではないけれど
食卓にはパンとサラダとヨーグルト
左の掌をポンポンとたたく
今朝のサインもふたつ

*

  運動会の、空へ

ひとり残されて
校庭で逆立ちの練習をしている子
あれはきみだろうか

運動会のテーマは
日本一の山
富士山は3776ミナナロウだったね
でも誰もなれやしない
5段組みのてっぺんで輝いてる子
あれはぜったいに
きみではない
きみは高所恐怖症で運動オンチ
逆立ちもできないし側転もできない
富士山のずっとずっとすそ野の
地べたに伏せている子らのひとり
砂ぼこりを吸って
膝小僧を痛がっている子らのひとり

きみはどこにいるんだ
さがしてもさがしても見つからない
きみの大地は灰色のクレヨン
きみの空も灰色のクレヨン
きみの四季はただ塗りつぶされてしまう
もくもくと入道雲の
きみはもくもくのひとつ
ぽつぽつと雨つぶのひとつ
はらはらと落葉のひとつ
ころころと木の実のひとつ
しんしんと雪のひとつ
そしてようやくの春
散っていく桜の花びらのひとつ
きみはどこにいるんだ

終わる終わる
きみを見つけられないままで
運動会が終わる
きみはわたしを避ける
すぐに目をそらすから好きだ
きみの名前が好きだ
きみの名前をノートに書いて
いっぱいキスをする
わたしの秘密
キスって鉛筆の味がするんだ
わたしは逆立ちだって
バク転だってできるんだ

逆立ちをしたら
きみが見えるだろうか
土の校庭をもちあげて
万国旗の空へ落ちてゆくんだ
いつかの空
青い波紋がひろがって
だんだん視界がぼんやりになって
だれもいない空
てっぺんはどこだ
どこに隠れているんだ
きみは





河童の話もあったけれど

2016年11月03日 | 「新詩集2016」


  河童

久しぶりに親父に会った
釣ったばかりの岩魚をぶらさげて
山道を下りてくる
いつかの夢の河童に似ていた

秋になると
川から山へ帰ってゆく河童を
村人はセコと呼んだそうだ
親父とはあまり話をしたことがない
河童のことも
俺にはよくわからないのだった

親父は俺よりも2センチ背が高い
肩幅も広いし脚も長い
草の匂いと水の匂いがした
きっと人間の臭いも親父のほうが濃い

おふくろは河童を嫌っていた
親父は河童に毛まで抜かれてしまったという
腐った鯖のはらわたで団子をこねて
そっと夜釣りに出かける
川には尻(けつ)の穴を吸いにくる河童がいるらしい

雨あがりの山道には
牛の足跡の水たまりになんと
千匹もの河童の目が光っていたという
そんなものを見た村人はもういない
じつは親父もとっくに死んでいる

頭のはげたセコの話をすると
老いた雌の河童が泣くという
親父とはもっと
だいじな話をしたかった

*

  弔辞

父が商人になったきっかけは
から芋の蔓だったのです
長男だった私は
そんなことを弔辞で述べた
そばで母や妹たちのすすり泣きが聞こえた

その前夜
父はきれいに髭を剃ってねた
どこかへ出かける予定があったのだろう
だがそれきり
目覚めることはなかった

春浅い夜ふけ
寝かされた父を家族がとり囲んだ
寒いので布団に手足をそっと入れる
体に触れると
凍った人の冷たさがあった

から芋の蔓が
大切な食料だった時代
田舎家で金銭のやりとりがあったのだろう
父はそのことを息子に話した
金を儲けることは楽しい
商売は一番だと

冬は練炭火鉢
夏はお中元売り出しの団扇
父は店でひとり
野球放送を聴きながら釣竿をいじっている
から芋で釣れる魚もいるそうだ

雑炊とから芋の蔓のまずさを
私はすこしだけ知っている
けれどもついに
から芋の蔓の育て方と
それをお金に変える方法は知らなかった

たまに私が家に帰るとき
そして家を離れるとき
西日を避けるための大きな暖簾の前で
父はぼんやり立っていた
視線の先には私があり橋があり駅があった

真面目に真剣にやらなければ
勝つことはできない
それは父が息子に教えた
釣りとパチンコの必勝法だったが
いまだ私は勝ったことがない

*

  

父のポケットに
ときどき手を入れてみたくなる
そんな子どもだった

なにもないのに
なにかを探してしまう
背のびしても届かない
指の先がやっと届きそうになって
もう父はいなかった

七年ぶりに
父の洋服ダンスを開けた
背広を着てみたがどれも窮屈だった
いつからぼくよりも
小さくなってしまったのだろう
上衣の胸ポケットから
枯れたもみじの葉っぱが出てきた
置きわすれていた
小さな手のようだった

この頃は
なにかを掴もうとする手が
父の手にみえてしまう
落葉をひろい
風におよぐ手が
秋のポケットをさがしている