風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

もうひとつの地球

2016年04月27日 | 「新詩集2016」

  地球人

西瓜のように
まるい地球をぶらさげて
その人はやってきた

裸で生きるには
夏はあまりにも暑すぎる
冬は寒く
春は悲しすぎる

ぽんぽんと叩いて
いまは食べごろではない
と言った

*

  UFO

空へ伸ばしたきみの腕が
ブラウスの袖から露わになって
一瞬のぼく
宇宙人の細い腕をみた

きみの空には
しばしばUFOが飛来するという
ぼくにはそれは
赤いナナホシテントウムシだったり
オオキンカメムシだったりするのだが
きみは空に円をえがきながら
あなたが好きだとか
あなたのことは忘れないとか
キスしようとか
永遠だねとか
宇宙語はすばらしいとばかり

背中に星を背負ったテントウムシは
宇宙と交信することもできる
きみはそう言い残していなくなった
それは夏の終わりで
ぼくは永遠という宇宙語だけが思い出せず
ナナホシテントウムシは
ぼくの掌から飛び立とうとして
そのまま青い地球の
草むらに落下したのだった

*

  蒼穹

ゆったりと
雲が うごいている

ゆったりと
空が うごいている

ゆったりと
私も うごいている

ああ背中に
地球があるみたいだ

*

  オーロラ

インフルエンザにかかって
39度の熱にうなされているとき
ほら地球の卵だ
かわいがってやんな
ぼくの枕元に愛用のボールを放り投げて
よーよーおじさんはアラスカへ行ってしまった

そいつは
日当たりの良いところ
空気のきれいなところが好きなんだ
ときには耳にあてて胎動を聞いてやること
そうすりゃいつか
めんこい地球の子が孵るだろうさ

よーよーおじさんからメールが届いた
もしもヒグマと遭遇したら
おれはヒグマを殺すかもしれない
あるいはホシノのように
ヒグマに殺されるかもしれない
生き物はいちどきりだが
オーロラはいくどでも生まれかわるんだ
おまえの地球だって
うまくいけば再生を続けるだろう

ベランダの隅で
きょうも地球の卵は転がっている
胎動はまだ聞いたことがない

*

  転生

森の奥でだれか
山桃の実を食べている
指のさきから尻尾のさきまで
赤く染まり
鳥のように生きている

ひと粒はひと粒のために
いっぴきはいっぴきのために
熱い手から手へ
唇から唇へ

あるいは木から木へ
しずかな葉脈の川にも
嵐はあるかしら
やわらかい果実の子宮にも
飢えは宿るのかしら

もういちど
生まれかわる夜は
だれかとだれか
赤い目をした生きものになる

そして飛びたつ







恋する地球を恋する

2016年04月18日 | 「新詩集2016」


遠くの山々が
のどかに雲の帽子をかぶっていた日々
春の野をいっぱいの花でみたし
初夏の木々を新鮮な緑で塗りかえてくれた
美しい地球よ
恋しい地球よ
どうか
山を崩さないでくれ
家を人を押し流さないでくれ
川の水を濁さないでくれ
恋する人々を
狂おしく嫉妬しないでくれ
人はただ
美しい地球の四季に恋し
美しくなりたいだけなんだから

*

  初恋の味

まだ恋をしたことがないので
彼女はカルピスを飲んでみました
初恋の味は
甘くて
酸っぱくて
冷たくて
あたまの芯がきいんとなって
失神しそうになりました
けれども
なんだか物足りません
口づけの味がわからないのです
恋をストローで飲んだので
夢中で吸い込むばかりだったのです

*

  黒ねこ

黒ねこが
ペリカンを好きになりました
好きだという気持を
彼女にどうやって伝えようかと
彼はとても悩んでいます
ペリカンは水辺にばかりいるし
黒ねこは水が嫌いなのです
届かない想いを
なんとかして届けたい
魔女の宅急便に電話して
空のダンボールを用意したのですが
黒ねこはただ
箱の中にうずくまったきりです

*

  

その動物園の
彼女は羊の飼育係です
ぜんぶの羊の顔を
それぞれ見分けることができる
それがひそかな自慢です
不眠症の彼女は
ベッドの中で羊を数えながら眠ります
夜の羊はどれも
おなじ顔をしているので
うまく数えることができません
気がつくと
いつも羊がいっぴき足りないのです
だから休日は
普段よりも化粧をていねいにして
迷子の羊を探しに出かけます

*

  フランス

アテネ・フランセの
フランス人のフランス語の先生に
彼は恋をしました
ジュ・テームあなたが好きです
彼のフランス語が通じません
日本語も通じません
ミラボー橋の下を
セーヌ川は流れるそうです
恋も流れるそうです
ジュ・テームあなたが好きです
ぼくの苦しみは川に似ている
中央線御茶ノ水駅の下を
流れているのは
神田川です

*

  雨女

気象予報士の彼女は
雨女です
それでも天気予報は
晴れの日は晴れなのです
全国的にお洗濯日和ですなどと言いながら
ほんとに晴れてていいのかしら、と
彼女はひとりで曇ります
休日はコスモスの花びらを数えたり
枝毛を抜いて占ったりします
遠距離恋愛の恋人は
てるてる坊主のような雨男です
彼は傘がないので
テレビは天気予報とサザエさんしか見ないそうです

*

  ホトトギス

テッペンカケタカ
ホトトギスはそういって鳴くのだと
彼が教えてくれました
テッペンカケタカ
鋭く空を切りさいて飛び去る
あれから彼女の
空のてっぺんも欠けてしまったのです
虚しくて
思いは空へ空へと抜けていくのです
テッペンカケタカ
もういちど聞きたいのは
ほんとの空の声です

*

  ミルキーウェイ

ぼくはほとんど水だ
と彼は言いました
手の水をひろげ足の水をのばす
水は水として生きて
水として果てる
そのとき大気の端とつながり
水からいちばん遠い水と出会う
そこで彼は
はじめて彼女の水に触れました
彼女は言う
水から生まれ水を孕むわたし

軟らかくて丸い
始まりはいつも一滴のしずく
さらに大きなものを
ふたりは宇宙と呼びました






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なんとなく春だから

2016年04月07日 | 「詩集2016」


わいは無口な郵便ポストだす
黙々と花の便りを配ってますねん

  *

花だから咲いたらすぐに散ります
誰かが言いました

わたしは薄いうすい一枚の紙です
折り鶴が言いました

わしは古いふるい一本の木だよ
仏像が言いました

ぼくは孤独でまぬけな人間なんだ
木偶(でく)の坊が言いました

なんとなく春だから
あたしの恋文は空をさまよう
風の便りが言いました


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さまざまのこと思い出す桜かな

2016年04月02日 | 「詩集2016」

きょうの桜は
いつかの桜かもしれない

きょうの私が
いつかの桜をみている

いつかの鵯が
きょうの桜を啄んでいる

きょうの私は
いつかの私かもしれない

いつかの私が
きょうの桜をみていて
きょうの鵯が
いつかの桜を啄んでいて

いつかの桜が
きょう散っている


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