風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

ふたたびわれはうたえども

2023年09月05日 | 「新エッセイ集2023」



砂浜に打ち上げ られて目覚めれば しょぼくれたジジィ いつの間にか 足は砂にめり込む重さ 頭は風に揺られる ゴム風船の軽さ ふわふわくらくら 夢路の続きをふらつきながら まずは愛する朝顔の 夏から秋への花柄は 朝ごと小さくなりつつも 今朝はざっと68輪と 数で勝負ときたか その健気な精いっぱいを 数えてみる楽しみ それだけが楽しみなのかと 花の期待はやや寂しくも 花には花の いつもの朝があり いつもの花は変わらねど うるわし朝顔姫の 面影いまは遠き幻となり 一炊の夢はフェードアウト ジジィはもはやジジィなり 波打ち際に佇んで 試行錯誤五里霧中 玉手箱を開けたるは あわれ相方も同じ 昼の朝顔しおれた姿 ババァもすでにババァなり 霧の彼方の水平線 浜のことも忘れる始末 おまけに言葉は異邦人 茄子も胡瓜も 名なしの権兵衛 朝の支度と言いながら 台所に立つ意思もなく そこは大根ジジィの代役となり 味噌は島原やら越後やら 萎れた葱やほうれん草 具は冷蔵庫の残りもの なんとか朝は凌いでも やがて昼が来て夜が来て 脚の筋肉が弱いジジィなり 頭の神経が弱いババァなり ふたり足しても採算合わず 足しても引いても誤算だらけ 正してみても無視してみても 右や左にすれ違うばかり ときには滑稽 ときには悲惨 明日はなんとかなるのやら 明日は明日の風が吹く なんとかなるさと風まかせ 竜宮城も乙姫様も 夢か現か昔むかし 過去も未来も日足は縮み 焦りと諦めの白波だち 打ち寄せる浜を右往左往 ようやっと一念発起 助けた亀に連れられて どうにかこうにか心機一転 よろける脚を踏ん張って われはうたえども やぶれかぶれ







戎さんの福笹が運んできたもの

2023年08月05日 | 「新エッセイ集2023」



大阪の正月10日は 十日戎で各神社はにぎわう 主神は七福神の恵比寿神で 神社の境内では福娘が 福笹にさまざま飾り付けをする 商売繁盛や笹もって来い 威勢のいい囃子言葉は 商人が多かった土地柄か 何より金もうけは大事 この日いちばん賑わうのは 今宮戎神社のえべっさん 戎さんは大きな耳をしてはるが なんでか耳が遠いらしい 願いごとは何であれ 大声で怒鳴らな通じへんと 金儲けしたい猛者どもが 大声で怒鳴りながら 拝殿の裏にある銅鑼を ガンガンと叩く いくら耳が遠い戎さんでも たまらず耳を塞いでしまわないか いつの正月だったか 娘が福笹を戴いてきたことがある 娘はもちろん 商売繁盛などではなく 良縁祈願でもしてきたのだろう その福笹の笹に 虫の卵がついていた 福笹はリビングに飾ってあったのだが 部屋を暖房していたせいで まだ戸外は真冬なのに 早々と卵が孵ってしまった はじめのうち それらは単なるホコリだと 見過ごしていたのだが そのうちホコリは 意志をもって動いていて 蚊のように飛び交っている 日ごとに数を増して いつのまにか部屋中いたるところで その小さな虫が舞うようになった その頃になって 家族みんなが気味悪がって よく注意して見ると 虫は天井の方から ふわっと落ちてくる その大元はなんと福笹で たくさんの幼虫が 綿毛のように群がっている 手にとって見るとそれは 小さなカマを持ったカマキリの幼虫 まさに孵ったばかりの幼虫が 次々と飛びたつ時を待っている OLだった娘は 昼間は家にいなかったが トンボだろうがセミだろうが 虫という虫はなんであれ とことん嫌っていたので この環境はとても許せない 福笹ごと外へ出してほしいと訴える しかし戸外は厳寒 そんな寒いところへ出したら カマキリは即お陀仏だろう かといって リビングをカマキリに明け渡す そんなわけにもいかず 生くるべきか死すべきか 迷いつづけているうちに わたしとカマキリ どっちが大事やの と娘は怒りだす始末 曖昧模糊とした主の言い訳けに 娘をからかう気持もあって カマキリの方が大事や などと言ってしまったので 娘はついにキレてしまい それなら私が出てゆく と虫の部屋を脱出 一方カマキリの幼虫がどうなったか 今では定かではないが それどころか春から秋にかけて カマキリ騒動がずっと尾を引いて その年の秋に娘は 部屋どころか家まで出てしまう 彼女は高校を卒業するとすぐに 銀行に勤めていたのだが 同じ支店の同僚との恋愛ざたが発展し ふたりは結婚の意向もありながら それは銀行としては不都合なことなのか わざわざ支店長までが 言い訳に出向いてくる始末 あげく娘だけが退職させられた そんな事情の相手と結婚 などは許せないと 母親はずっと頑張っていたが 最終的には娘の体のことも気遣い 娘の気持は変わらないということで 親の気持は熟さないまま 結婚式の準備は当事者ふたりが進め 秋には結婚という決着になった ある日曜日の朝だった リビングの床に新聞を広げて読んでいた 僕の背中に娘が とつぜん体を投げかけてきたことがある それは一瞬のことだったかもしれない 娘は寝起きでまだ寝ぼけていて 発作的に親に甘えたくなり 幼児がえりをして そのような行動になったのかもしれない 娘はひと言の言葉も発せず 娘の体の温もりだけが背中に残り その温もりに重たいものも残ったが 何か言いたいことがあったのか あるいはただ衝動的な甘えだったのか 互いに確認することも躊躇われ その場はそのまま過ぎ去った だがその後の さまざまな出来事をふり返ってみると あのときの娘の行動にも 思い当たるふしがないこともなかった そのころ娘のお腹には 小さな命が宿っていたのだ それは娘だけの秘密だったが そのとき伝えたいことがあったとすれば そのことではなかったかと 想像することもできた 披露宴で花嫁の父として スピーチを終えて席に戻ると 母親をはじめ家族が ハンカチを顔に押しあてて泣いている その様子をみると 急に気がゆるんで涙が溢れてきた 感動でも悲しみでもなく 割り切れない悔しさのようなもの だったかもしれない 職場では不正をしたわけでもない ただ恋をしただけ なのに退職を強いられ さらには ひとりの男に娘をさらわれてしまう その年のすべてが早送りのようで 喜んでよいやら悲しんでよいやら なお判然としない思いが もやもやと漂っているのだった 年がかわり春がきて 娘は男の子を産んだ 娘は母乳の出がよく 赤ん坊は食欲旺盛 欲しがるままに飲ませたもので 子どもは太りに太り やがて夏がきて しこ名入りの浴衣など着せたら 小さな関取りの出来上がり わが家のリビングを這い回るのを かわいい可愛いと みんなで追いかけたり 抱き上げたりする賑やかさ カマキリの幼虫で あれだけ騒いだ同じリビングを いまは太った赤ん坊が 這い回って騒いでいる 十日戎の福笹の カマキリ騒動で始まった なんやかんやと 落ち着かない年が過ぎ ひと巡りしてまた 新たな命の誕生となってみると 父親にも聞き取れなかったような 娘の小さな声が 耳の遠い戎さんの耳には しっかり届いていたのかもしれなかった




夢みる夢は夢のまた夢

2023年07月04日 | 「新エッセイ集2023」



夢をみた いつものようで いつものようではない 道があり人家がある 道はどこへ通じているのか 歩き続けているが バス停も駅もない そのうちにハンドルを握って 危うい運転をしていたりする 夢はきれぎれ 勝手気ままに変転する 意味づけられたり 納得できるようなものもない それでもしんどさや迷いはある だから体調だとか 心的な要因はあるのかもしれない 見たくはないが夢はよく見る だが目覚めてしまえば夢は夢 ただ通り過ぎただけのもの 始まりも終わりもない 夢の跡で始まるのは いつもの朝であり きょうも朝があることを知る 変な感覚だが 朝というものを 改めて確かめてしまう そういう朝を 一輪の花に気づかされる のんべんだらりではなく 朝顔の朝は あたらしい花をひらく 毎朝あたらしい朝がある これが花の実感である 梅雨は明けたかどうか すでに夏の始まりか だらだらと蒸し暑い日が続く 朝らしい朝はあるか 昼間らしい昼間はあるか 夜らしい夜はあるか 眠れば夢らしい夢も 見ていたり見なかったり ただ耐えているうち 心も体もだらしなく ほとんど伸びきっている そんな後では 朝顔だけが蔓を延ばし 朝を生きているようにみえる 朝顔の花には朝がある 日中すぐに萎れてしまうが それでも始まりの朝がある そして一日の終わりには 萎れた花のかげから 新たな蕾が立ち上がってくる その尖った蕾は 新鮮な鉛筆に見える 鉛筆の先が少しずつ伸びて あしたの朝を待ちかまえている きょうの朝が終わるとすぐに あしたの朝を描こうとしている 蕾は丁寧に研がれた 勤勉実直な鉛筆にみえる かつてはこの身も 鉛筆で文章を書いていた 芯が太い4Bか5Bの 黒くて濃いものを愛用した 力を入れなくてもすらすら書ける 素直にイメージを滑らせていける その軟らかさを好んでいた そんな時代は夢に消えた 新しい夢を見るために 鉛筆をキーボードに代えた キーを叩けば言葉が生まれる ダイレクトな反応がいい すばらしい朝だ 慣れれば4Bよりも滑らかだ だが新しい夢も古くなる 最近はキーを叩くのも億劫になった いくらキーを叩いても 言葉は生まれてこない 叩けば言葉が生まれるのではなく 言葉があってキーが動くのだ 指先でノックするだけでは 言葉のドアは開いてはくれない ノックする前に 自ら言葉を発する脈動が要る 脳みそを熱くし 血が迸り出るほどの エネルギーがいるのだが なんだか昼間の朝顔の花 萎んでいくばかりで 朝顔姫を恋するパッションも 振り向いても前向いても いまは何処へ行ったやら 夢のまた夢 夢の夢こそ哀れなれ 夢路をさまようばかりなり それでもまだまだ儚くも 夢の跡には朝がある たとえ線状降水帯のかなた 雲のバケツに穴が空き あの天の川が決壊しても 君のことは想い続けたい ブラインドタッチ ノータッチ なかなか言葉には届かないけど




坂の上には空がある

2023年06月08日 | 「新エッセイ集2023」



山があり谷があった 山は削られ街になった 新しい処には 古い山のかたちも残ったので 新しい街は坂が多い 僕は坂の途中に住んでいる 坂の上には 駅とスーパーがある 住民の多くは そこが一日の始まりであり 終わるところでもある 坂の下には 古い地名と集落がある 古い神社と田んぼがあり 畦道は古代の風景に続いている 古い村の呼称は 茅淳県陶邑という 難しい漢字を読み解くと ちぬのあがたすえむら 陶邑のすえむらとは 陶器を焼いた村のことらしい かつて須恵器を焼いた 窯跡があちこちに有り 近くには陶器山という山があり 陶器川という川もある 陶器の石段を上って 縄文のドングリをひろい 弥生人の風を深呼吸する 新しい一日は 古い一日から始まることもある 過ぎた日のいつか 父と近くの山で赤土を掘った 金木犀の庭をつぶし 父は土をこねて 小さなかまどを作った 強くて恐ろしい父は 泥まみれの弥生人だった 薪をうまく燃せない僕は 泣きながら穴倉をとび出して 父との共同作業は終わった いまではもう かまどの家も父もない 古い日々は どんどん新しくなる 新しい一日は ゆっくり始めたい いつも急(せ)かされて生きてきた 急(せ)いて急きまへんとは せっかち浪速人の口ぐせだ 急(せ)きまへんと言いながら ほんまは急(せ)かしてるやん なんでそんなに急(せ)かすねん 急げばミスも起きるやん まちごうたら直さなあかん 直せば直すほどに 急いだことが無駄になるやん ぎょうさん無駄足したもんや そんな古い夢はほかしたい 坂をのぼるたんびに また新しい一日は始まる 坂の上には空がある どんだけ急いだかて 空までは行かれへん







から芋の蔓も茎も食べたが

2023年05月22日 | 「新エッセイ集2023」



その年の春の 桜が開花する前に 父は死んだ その前夜 きれいに髭を剃って寝て 何処かへ出かけるか 彼女に会うためか ほかに予定があったのか あるいは習慣だったのか だが残念それきり 父の朝は来なかった ひとつ布団で寝ていた母も 朝寝はいつものこととて 朝遅くまで気づかず それで母は 警察の尋問を受ける始末 小心な母は悲嘆倍増 長くて短い1日をやっと 夜はいつもの夜ではなく 布団に寝かされた遺体を 家族がとり囲んで過ごす 久しぶりの家族になって 悲しみよりも和やかさ 水害で建て替えた プレハブの家は寒いので すこしでも暖をとろうと 佛の布団に手足を入れたが その夜具はいっそう冷たく 生前の父の所業などが 笑い話になって熱くなる 父はよく夜釣りに出かけた 川には河童がいて 尻の穴から血を吸いにくる 母はそう言ってぼやいた 6年前に父は店を閉じたが そもそも父が 商売を始めたきっかけは から芋の蔓だった 長男だった僕は そんなことを弔辞で述べた そばで母や妹たちの すすり泣きが聞こえた から芋が 大切な食料だった時代 買いだしに行った先で 金銭のやりとりがあり 父はそのことを息子に話した 金を儲けることは楽しい 商売は一番だと 最初は毛糸を扱っていたかな 大きな風呂敷包みを背負って 近隣の農家を回っていたが 毛糸から衣類へと 背負うものもだんだん増え 販路も広がったので ごっついハンドルの付いた 中古の自転車を手に入れ 稼ぎのスピードは早くなった やがて小さな店も開く 冬は練炭火鉢 夏はお中元売り出し 宣伝用の団扇も配る 新物や古物がぶら下がった店で 父は傍らのラジオで 野球放送を聴きながら 潮くさい釣竿の手入れをする 売れる売れないといっても その程度の繁盛ぶりで 暇なときはパチンコと釣り から芋に食いつく魚もいるという 雑炊とから芋の蔓のまずさ 僕はすこしだけ知っている けれどもついに から芋の蔓の育て方や それをお金に変える才覚は 持てないままの息子が 帰省して家を離れるときは 西日を避けるための 大きな暖簾の前で 父はいつまでも立っていた その視線の先には 橋があり駅があるのだが 橋の上で僕は いちどだけ振りかえると 父はまだ西日に照らされて じっと立ったままでいる 父と息子 いつも少しだけ距離がある 釣りの話以外に何か 真剣な話をしただろうか どんなことかて真面目に 熱中してやらなあかん 勝つってそういうことや それは父が息子に伝えた 釣りとパチンコの必勝法だったが いまだ僕は勝ったことがない


自作詩『河童』