風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

ミルフイユ(mille-feuille)

2010年05月19日 | 詩集「風の記憶」
Card


曖昧な時間のなかへ
軽くフォークをたてる
さくっと乾いたあやうい手ごたえ
フィユタージュの薄いすきまから
あやしげに覗く
クレーム・パティシェールの甘い微笑み
私はもう逃げだせないのです


茫々とした記憶のそとへ
舞い散る千枚の葉っぱ(mille-feuille)
アントナン・カレームの
悪の囁き
くずれやすい乾いた手の
そのなかに深くおぼれてしまいそうです
葉脈の流れのさきまで


アルハンブラ宮殿の赤の
苺のように残酷につぶしてください
あまい蜜のしたたりの
壁を染めるイスラムの千の祈り
千人の唇の唇がしびれて
千本の指の指がくだけて
グラナダが燃えるグラナダが陥ちる


空しさへ満たされることの
冷たい喪失の予感のふちで
ミルフイユの層なす夢のあとは
フォークのように蒼ざめているのです
やがて首のない彷徨のとき
ルイ王朝の深い眠りに
ふたりは落ちる


(2004)


運動会の、空へ

2010年04月28日 | 詩集「風の記憶」
Tabi2


せんせい
わたしバツイチです
減点ばかりでごめんなさい


ひとり残されて
校庭で逆立ちの練習をしている子
あれは、きみだろうか


きれいなアナウンスの声に
嫉妬してしまうわたし
富士山ってそんなに高いのか
3776m、ミナナロウでしたね、せんせい
でも、だれもなれやしない


5段組みのてっぺんで
輝いてる子
あれはぜったいに
きみではない


きみは高所恐怖症で運動オンチ
逆立ちもできないし側転もできない
富士山のずっとずっとすそ野の
地べたに伏せている子らのひとり
土だらけになっている
そんな子らのひとり


さがしてもさがしても見つからない
きみの四季はただ塗りつぶされてしまう
きみの大地は灰色のクレヨン
きみの空も灰色のクレヨン
もくもくと、もくもくと入道雲の
きみはもくもくのひとつ
ゆうだちの雨粒のひとつ
そよぐ稲穂のひとつ
はらはらと落葉のひとつ
こんこんと雪のひとつ
そして春、桜の花びらのひとつ


きみはどこにいるんだ


終わる終わる
きみを見つけられないままで
運動会が終わる


きみはわたしを避ける
きみはすぐに目をそらすから好きだ
きみの名前が好きだ
ノートにきみの名前をいっぱい書いて
いっぱいキスをする


せんせい、知ってますか
キスって宿題の味がしたんですよ
それと
わたし逆立ちもできます
バク転もできます


逆立ちをしたら
キミが見えるだろうか
キミのいない校庭をもちあげて
万国旗の空へ落ちてゆくんだ
青い波紋がひろがって
だんだん視界が薄くなる
だれもいない空
いつかの空
どこに隠れたんだ
きみは


(2004)


魚になる季節

2010年04月23日 | 詩集「風の記憶」
Sikaku


魚になろうって
きみが言ったから
ふたりは裸になって
思いっきり水になって
魚になった


重たい水をおし開く
揺れているきみの顔が
泡つぶだらけで
ひげのある恐い魚にみえた


魚になったきみは
わたしの足をつかんだまま
なかなか離してくれない
わたしは水を飲んで死にそうで
いくども息がつまった


弱った魚になって
ふたりは岸にあがり風を吸った
きみのおちんちんは小さくてまっすぐ
わたしは固くなった乳首がくすぐったい
きみはオスでわたしはメス
魚のようなひらめきをした


膨らみかけたわたしの胸をみて
きみはとまどう
その時からきみは
魚になろうなんて言わなくなり
わたしはたぶん
きみよりも強くなった


弱虫のきみは川をすてた
わたしは今でも
川のそばで暮らしている


あれからいちどだけ
わたしは魚になった
わたしのまわりのすべて
草のいろも花のいろも失われ
苦しくて苦しくて
わたしの小さな魚たちが
あぶくになって空へとのぼった


(2004)


革命チョコレート

2010年04月23日 | 詩集「風の記憶」
Ishi02


あなたが好きなのは
ゴディバのエキュソンビター
それとも
カバヤのチョコボール


僕がマヤ人だった頃
とあなた
銀紙をまるめて空に放った
  (わたしの空はどこまで空なのかしら)
黄色い木の実は神の食べ物
不老長寿の薬だったんだ
  (神さまって高い山の上の
   お空に近いところにいたのかしら)
太陽の帝国だからね
国がほろび黒い髪のひとたちも死んで
あとに何が残ったと思う?
  (神さまとお空だけ?)
カカオの苦味だけだったんだ


革命も征服も
チョコよりも苦かったそうだ


我にショコラあれば
他の食物を絶つも可なり
ナポレオンのポケットに入っていたのは
キッスショコラ
それともナッツショコラ?


革命なんて遠いはなし
わたしの舌には40パーセントの苦味
行方不明の
60パーセントの甘味


空から紙ひこうきが落ちてきた
見あげると雲のうえに
マヤ人になったあなたがいる
苦さはすこしだけ痛みに似ているんだ
いたいのいたいの飛んでゆけ
よいこなんかじゃないけれど
わたしの空は届かない


あなたの革命はどうなったのかしら


私が好きなのはハートミルク
苦いハートをふたつに割ると
いつもあなたの雲がある


(2005)


ひまわりのような観覧車で

2010年04月22日 | 詩集「風の記憶」
Kanransya01


観覧車のなかで
ふたりっきりになったからって
告白なんかしないでね


おじさんの足
もう2センチほど浮きあがってるよ
ゆらゆら ゆらゆら
空の始まりって知ってるみたいね
やっぱり本当なのかしら
ぐるぐる回ってるだけで宇宙まで行ってしまうなんて
さよなら地球のような軽い衝撃


ビルも道路も車も電車も
ごちそうみたいな地上絵だから
トレーごとひっくり返してやりましょうか
きっとゴビ砂漠の端っこで
ざざざってアスファルトの雨みたいな音がするよ


おじさんは知ってるかな
ざざざってそんなやさしい音じゃないよね
津波とか鉄砲水とか水漏れとか
海が空まで上がっていったらどうなるの


ほらあそこ
水びたしの空へ投げ出されている
あの鳥はわたし
もっともっと
空気の層が薄くなるあたり
わたしたちの祈りが集まっているところ


風よりも軽くなりたいから
わたし
さよなら 地球
さよなら みんな
パパもママも
わたし もう帰らないから
わたし もう帰れないから


だから
おじさんのだいじなことは告白しないでね
ただ祈っていてね


(2005)