風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

電車ごっこ

2010年05月20日 | 「特選詩集」
Densya


ちいさな電車だった
いくつも風景をやり過ごした


乗客はいつも決まっている
新聞のにおいがする父と
たまねぎのにおいがする母
シャンプーくさい妹と
無臭のぼく


電車ごっこの紐は
祖母の着物の腰紐だった
停車する駅も決まっている
五丁目と市民病院前


ある夜
祖母をとおい駅まで運んだ
妹はお風呂のような匂いの中でねむり
父と母は長い話をしていた
ぼくはずっと耳を澄ましていたが
だんだん話が遠くなって
知らないところへ運ばれていった


あれから
ぼく達のちいさな電車は
走っていない


(2007)


UFO

2010年05月20日 | 「特選詩集」
Glass


からまつの暗い林を
どこまでも歩いたような気がする
急に空が明るくなって
その先に白い家があった
それは夏の終わりだったと思う
空へ伸ばしたきみの腕が
ブラウスの袖から露わになって
一瞬だけ宇宙人の細い腕がみえた


きみの空には
しばしばUFOが飛来するという
ぼくにはそれは
赤いナナホシテントウムシだったり
オオキンカメムシだったりしたのだが
きみは得意になって
小さなUFOをつかまえては
ふしぎな言葉を交わしていた


空に円をえがくきみの
快活な指先を追いながら
ぼくはきみから宇宙語を教わった
あなたが好きだとか
あなたのことは忘れないとか
キスしようとか
永遠だねとか
どれも夢のような言葉ばかりだったが
テントウムシは背中に星を背負っているから
いつでも宇宙には手がとどく
きみはそう言い残していなくなった


それは夏の終わりで
ぼくは永遠という宇宙語だけが思い出せず
ナナホシテントウムシは
ぼくの掌から飛び立とうとして
そのまま地球の草むらに
落下したのだった


(2008)


シロツメグサ

2010年05月20日 | 「特選詩集」
Shirotume2


シロツメグサで
首飾りと花束をつくり
ぼくたちは結婚した


わたしの秘密を
あなたにだけ教えてあげる
小さな花嫁は言った
唇よりも軟らかい
かたく閉じられた秘密があった
シロツメグサで髪をかざり
赤ちゃんになったりお母さんになったり
お父さんになったり
子どもになったりした


朝といえば朝になり
夜といえば夜になった
夏といえば夏になり
冬といえば冬になった
一日は早く
一年も早かった
おいしいおいしいと言いながら
シロツメグサのパンばかり食べた


ときを忘れ
結婚していることも
すっかり忘れてしまった頃
彼女は美しくなって
ほんとの花嫁になった
手にはバラのブーケ
野には
シロツメグサがいっぱい咲いていたけれど
ぼくはもう
首飾りも花束も作らなかった


(2008)


絵本

2010年05月20日 | 「特選詩集」
Mizutori


雨が降ったあとに
小さな水たまりができました


大きなナマズが2ひきと
小さなナマズが2ひき
ナマズの家族が泳いでいました


泳いでも泳いでも
同じ場所をぐるぐる回るばかりです


こんなところは初めてだね
ここは一体どこかしら


川のなかの川
池のなかの池
お風呂のなかのお風呂
ああ 目がまわる
ぼくたち生きる場所をまちがったようだ


お父さんは慌てて
絵本のページをめくった


(2006)


フランス

2010年05月20日 | 「特選詩集」
France


アテネ・フランセの
フランス人のフランス語の先生に
彼は恋をしました
ジュ・テームあなたが好きです
彼のフランス語が通じません
日本語も通じません
ミラボー橋の下を
セーヌ川は流れるそうです
恋も流れるそうです
ジュ・テームあなたが好きです
川はぼくの苦しみに似ています
中央線御茶ノ水駅の下を
流れているのは
神田川です


(2008)