風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

ソーダ水

2010年05月02日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Wave


細かい気泡がおどる
緑色のグラスがはじける
マリさんの大正ロマン


いのち短かし恋せよおとめ…
白い大正デモクラシー
ナース服の背筋が伸びていた
横浜のモガ(モダンガール)
声が少女のようにハイだった


ソーダ水は不二家が日本最初だよ
中華街か浜っ子か
マリさんが言うとソーダハンテンに聞こえた
おばかだね、白いおしゃれな喫茶店なのさ
ああ、ソーダ・ファウンテンだったのか
店の名を知ったのは
マリさんが死んだずっとあとだった
カウンターもテーブルも白い大理石なのさ
コーヒーカップも白
ボーイさんも白のコート
憧れだったんだな
マリさんの白いナースキャップ


マリさんに恋なんてあったかな
バカだね、このでくのぼうの包茎ちゃん
さっさと青い尻だしな
いのち短かし恋せよおとめさ
そんなおとめは遠いはなしだろ
そうさ戦争がかっぱらっていったさ
マリさんの戦争って西南戦争か
バカだね、このもてないさいごうっ屁やろう
いつまでも臭い尻だしてるんじゃないよ


平塚らいてうも知らないだろ
いまの女は自分の光で輝くこともできない
あんたみたいな青っちょろい顔をした
夜の月だって言ったんだ
昔の女は太陽だったってね
ソーダハンテンのソーダ水だよ
みんな元気になったね
スカッとしたね
与謝野晶子に松井須磨子
新しい女に新しい時代
コカコーラだってあったのさ


レモン、オレンジ、ストロベリー
バニラ、ラズベリー、ルートビア
噴き出すソーダ水
ピカピカの銅製のレバーはメイド・イン・シカゴさ
ブルーストッキング(青鞜)の横浜
バスガール、エアガール、マリンガール


心のほのお消えぬ間に…
あ~あ
あれもバブルだったんかねえ
ソーダ水の泡つぶみたいなもんさね
泡が消えたらただの甘い水なのさ


今日はふたたび来ぬものを…
ストローのさきで舌が麻痺している
喪失の泡がかけのぼってゆく
白衣のマリさんが
爽やかに真空になる


(2004)


ぼくらのオリンピック

2010年04月28日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Manyo


あの川の向こう岸はアテネだった


大岩のスタート台を蹴って
抜き手で瀬をわたる
空には虹のような五輪の雲
つかめそうでつかめない
すべてが美しく
すべてが遠かった


川上の瀬をスタートして
川下の浅瀬がゴール
クロールに背泳ぎに平泳ぎ
ときには犬かき


さお竹の棒高跳び
つけもの石の砲丸なげ
レスリングに相撲
毎日がオリンピック
水をける砂をける空をける
ホップにステップにジャンプ
砂の記録はいくども書きかえられ
風とともに消え失せる


勝者も敗者も
砂のベッドで息たえる
ただ流れる雲を追っている
どこの果てへ行きつくのかもわからない
ときには空の切れまに落ちそうになる
いつしか
浮遊する雲のひとつになっている


ぼくらの夏にメダルはない
オリンポスの太陽に焼かれるだけ
砂の栄光にまみれるだけ
ぼくらは何ひとつ残さない
ぼくらは夏も残さない


あの夏は
どこへ行ってしまったのだろう
川岸にはスーパーマーケットができ
ぼくらのアテネは道路になった
車が走りぬけるこの道は
あのローマに通じているのだろうか
もうすぐマラソンランナーたちがゴールする
アテネはどこにあるのだろう


(2004)


ラヂオ

2010年04月28日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Aso


僕らは深夜のラヂオを抱きしめる
真空管がぴいぴい鳴るんだ
温かいねえラヂオの匂い
5球スーパーマジックつき
なかなか合わないダイヤル
電波はそっと逃げる
僕らは耳をすまして追っかける


ニュースも音楽も波に乗ってやってくる
世界というものは遠いところにあるようだ
ラヂオはいつも明るい声で
僕らのトムソーヤーは山から下りてくる
こちらはモスクワ放送です
北京放送です平壌放送です
ラテン音楽は大きくうねりながら
眠れない夜に忍び込んでくる


朝鮮語放送は子守唄に似ている
スミダスミダという言葉のあとの小さなブレス
ハングル文字で書かれたK先生のノートの秘密
がき大将シゲが小遣い稼ぎするコメ騒動
アイゴーと叫びながら息子を追いかける父親
コメが貴重だった
そんな時代の臨時ニュース


ズック靴をときどき脱いでは
つま先にたまった砂利を落とす
それがシゲの癖だ
ついでにズボンも脱いでちんぽを出す
僕らも真似をしてちんぽを出す
獣のような痛みに耐えながら包皮をむく
痛みはすこしずつ未知の感覚に近づいて
とおい津波のように体が浮きあがる
きいんと周波数のさけびに貫かれ
僕らはアンテナの先から落下してゆく


サナギのように耳をすまし
白い繭に電波がとどくのをじっと待つ
雑音にくるまれた言葉にときめきながら
恋ってきっとこんな気分だろうと思う
いつか音楽のような電波が届くかもしれない
僕らは飢えて頭だけが熱いのだ


ひんやりとした線路に耳をあてる
遠くの汽車はことことと
まぼろしのトンネルをいくつも抜けていく
お~い
電波が山を越えてくる
お~い
僕らが山へ呼びかける
山はなだらかな夢のかたちをして
千年の噴煙をあげつづけている
そんな風景のなかに閉じこめられている


僕らはひとりずつ山を越える
ふたたび戻ってくる者は忘れられる
バイバイ アイゴチョケッター
シゲは孔のあいたズック靴のまま
肩をいからせて山を越える


波のように押し寄せてくる
波のように遠ざかる
残されたものはひたすら漂っている
夜になるとラヂオのスイッチを入れ
やがて捨てられる短い闇を
僕らはしばし抱きしめる


(2004)


新聞

2010年04月28日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Kamisumo2


僕たちは退屈なので
仲間が集まると新聞をよむ
四角くて大きな新聞紙のまわりを
楽しいゲームをするようにとりかこむ
それは本当に新聞だろうか
誰かがそれは新聞だと言った
だからそれは新聞なのだ


新聞の文字は小さくてかたい
新しいことは新しい文字が伝える
新しい国
新しい街
新しい顔
知らないことは新しい


水たまりのように
暗いニュースは跳び越える
きっと水たまりの中には死体がある
たくさんあるのを戦争という
数えられるのを殺人という
誰かがそういって解説するので
僕たちは熱心に
水たまりを探しはじめる


この新聞は古いと誰かが言う
古くても新しくても同じだと誰かが言う
変わるのは日付だけだと誰かが言う
日付だけを読む一日ははやい


新聞を読むのはあまり楽しくない
新聞を読んだらますます退屈になる
僕たちはもう遊ぶのも退屈だけど
鳥みたいに飛べないから
新聞紙で紙ヒコーキを折り
市役所の錆くさい非常階段を駆け上がる


風はくまなく街の屋根に吹いている
屋根は平和だから音もたてない
瓦の下には死体もないとおもう
誰かがひそかに隠しているとしても
そのていどなら戦争ではない
紙ヒコーキはゆうゆうと飛ぶ
腐った死体をいっぱい乗せて
ゆっくりと平和な屋根に落ちてゆく
そして僕たちは新聞のことを忘れる


(2004)


きみの国を探している

2010年04月28日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Ryukyu


仰げば星がまばゆい
さすらえば闇が深すぎて
ぼくらは歓喜で眠れない
そんな国があった


言葉でもなく指切りでもなく
赤い木の実を食べ
甘い草の根をかじって
確かめあった


いくつも集落があり
すこしずつ異なる言葉があり
そこで生きてそこで死ぬ
飢えて一粒の米も大切にした
米は命だった
米は薬だった
瑞穂の国


水が豊かに流れていた
メダカがいた
ニゴロブナがいた
オオサンショウウオがいた
そして
きみがいた


虫たちの夏が終わり
ひとびとの冬もすぎて
あの国の四季も
終わったのだろうか


きみの国を探している
きみに会うために帰りたい
だがきょうも
どこまで帰らねばならないのだろうか


(2007)