風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

生きるために骨まで愛する

2023年02月21日 | 「新エッセイ集2023」

 

近くのマンションの 集会所の前に ときどき無人販売の 簡易な店が出る それは店というほどではなく ただ季節の野菜を並べただけの どれも大概は百円均一で 気に入った野菜があれば手にとって 傍らに何気なく置かれた 小さな貯金箱のようなものに 百円玉を入れていく それだけのことであるが マンションの住民の誰かが 近くに農園を持っていて そこで収穫したものを 適当な時期に提供する そんな感じだから 出店は有ったり無かったり 大根と白菜だけだったり 小芋とじゃが芋だけだったり 売れ残りの人参だけの時も われにとっては ウオーキング途中にある ささやかで貧弱な 道の駅みたいなもんで 黄色い幟が立っていれば 必ず立ち寄ってみるのだが 本日は好物のなたね菜と 珍しい大葉たか菜を選んで 百円硬貨2枚を貯金箱にイン 無料のレジ袋に収めたら 買い物帰りの最終コース クールダウンの後は さて今日の料理 初心者コースのわれは スマホのレシピが 頼りのツナ なたね菜は辛子和えで 大葉たか菜は厚揚げと煮て どちらもまあまあ仕上がって 春一番の風の匂いも 懐かしや早春の味覚 そんなこんなの次第であるが 晴れのち曇り なお気がかりな春の嵐 このところプロの相方が 台所から殆どリタイア なので食べるため 生きるため それと食の欲のため 料理のイロハに われは食指をのばし あれやこれやと戸惑いつつも 食い意地のはった日々を 飢えと欲とを満たすため 朝は島原麦みそ溶かし カットわかめや絹豆腐 あるいは大根に白ネギやら お昼はプロもアマもなく 各自勝手の腹まかせ 食パンありメロンパンあり ウドンありラーメンあり どん兵衛ありUHOもあり 食べようが食べまいが 冬の光は低空飛行 豊穣の太陽は急転直下 飢えたる三日月にバトンタッチ 夕闇にしずむ北側のキッチン 無音無灯は相方のダウン はたまたピンチ アマ料理人の出番となり ふたたび片手にスマホ持ち 片手に塩やら醤油やら 大サジ小サジ何杯か いい塩梅のサジ加減 酸っぱさ甘さもいい加減 サジから零れた甘さや苦さ ちょっぴり舐めても 飢餓の髄まで計りかね 生きてくことは遥かなことか われは流浪の餓鬼なりや 朝は食ったし 昼も食ったり ここはトコトン 夜の底まで食ってやる 大羽イワシの頭と腸は 生活ごみへポイ捨てし 焼いたり煮たりほぐしたり さいごは骨まで愛して食べる

 

自作詩「しおざい」

 

 

 

 

 


夢の中の道をあるいている

2023年02月16日 | 「新エッセイ集2023」



なぜか分からないが 夢の中だけにある いつもの道がある しばしば夢の中では その道を歩いている 市場があり商店があり 人も歩いている なぜかパン屋が数軒あり 好みのパンがないか さがしたりするが見つからない 古い家があり 細い路地があり よく出てくる駅がある 見覚えのある道だが その先をたどっても わが家に帰る道がわからない 探しても迷うばかりで そのうちにどんどん 寂しい山奥に入っていく 切り立った崖があり 川が流れている 渡ろうとすると水かさが増して 必死で泳ぐときもあるし 魚を追いかけるときもある 遊んでいるときもあるし その場所から脱出しようと もがいている時もある あまり脈略はない しょせん夢だから 飛ぶことも泳ぐことも 自在なはずだが ただ歩き続ける道があり おなじみの夢の風景があり 夢の中なのに 思いのままに 飛ぶことも泳ぐことも 夢まかせ夢のままで 目覚めたあとは すべて夢の中に そのまま置き去りで あの夢の中の道を 歩いていたのは誰なのか 歩いたり泳いだり 攀じ登ったり駆け降りたり 探したり迷ったりしていた 夢の中だけにいる自分は いま夢から抜け出して 夢を回顧している この自分とは違うのか 夢の中の彼はたいがい若くて 夢の中に現れる知人らも みんな若い姿のままで さらには とっくに死んでるはずの 親や友人が元気でいたり そんな夢の中の自分は 一体全体いつの 何処の誰なのか 夢の中の自分と 現実の日常の自分 夢の中でも夢の外でも ふたりは出会うことはないから 確かめることも出来ない 


『漂って夢の淵へ』