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  <title>風の記憶</title>
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  <dc:creator>yo88yo</dc:creator>
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  <copyright>&#9400;NTT DOCOMO, INC. All Rights Reserved.</copyright>
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   <title>風の記憶</title>
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   <description>≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫</description>
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  <description>≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫</description>
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   <title>おどまかんじん</title>
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<![CDATA[
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/2c/a8123d94a261648d64769bdbd52a9daf.jpg" /><br /><br /></p>
<p>浮浪者のことを、九州では「かんじん」と呼んでいた。今ではもう聞かれないかもしれないが、私が子供の頃には、その言葉はまだ生きていた。<br />そして今も記憶に残る、ふたりのかんじんがいた。ひとりは女のかんじんで、おタマちゃんと呼ばれていた。おタマちゃんは、汚れたボロボロの着物を重ね着していた。当時は子供たちも貧しく汚い服装だったから、おタマちゃんが特別だったわけではない。ただいつも大きな風呂敷包みをぶらさげていて、まるで着物と風呂敷包みが歩いているようなのが異様だった。<br />子供たちがからかうと、おタマちゃんは真剣に怒って追いかけてくる。足はそんなに速くないので、追われて逃げ惑うのも、子供たちには遊戯のようなものだった。手をぶらぶらさせて踊るような仕草もしていたから、すこし気が触れていたのかもしれない。</p>
<p>おタマちゃんが何処から来て何処へ行くのか、だれも知らなかった。<br />もうひとりは男のかんじんで、水島将軍と呼ばれていた。彼はらい病に罹っているという噂があり、足を引きずるようにしてゆっくり歩いていた。子供たちがからかっても、そんな声など聞こえないように無視していた。およそ将軍らしい身なりでも風貌でもなかったけれど、大人たちがいうには、彼はかつては軍人だったらしい。彼もまた、何処から来て何処へ行くのか、だれも知らなかった。<br />いま考えてみると、ふたりのかんじんに親しげな名前がついていたのが不思議だ。彼らは物乞いをしていたわけではなかった。住まいがあるのかどうかも分らなかったが、ふたりとも周りの大人たちとは違っていた。だからやはり、そんな大人はかんじんなのだった。</p>
<p>かつて田舎の道路は、子供たちの遊び場だった。とつじょ遊び場に侵入してくるふたりのかんじんは、子供たちにとっては排除すべき邪魔な人間で、自分たちがテリトリーを争えるのは、かんじんしかいなかったのだ。<br />他にもかんじんはいたのに、ふたりだけに名前がついていたということは、やはり特別なかんじんだったのだろうか。名前があるということは、それを知る大人たちの近くで、かつては普通に生活していたのかもしれなかった。彼らはある時から、大人たちの世界からはみ出してしまった。おタマちゃんは気が触れたことで、水島将軍はらい病に罹ったことで、不思議な放浪生活が始まったのかもしれない。<br /> <br />『五木の子守唄』で歌われるかんじんは、乞食でもホームレスでもなく、ただ貧乏であるということだ。現代でも貧富の差というものはあるが、昔はかんじんとよかし、貧しい人と富める人とは、はっきり分かれていたのだろう。貧しいということはカネがなくモノもないという、ただそれだけのことだったのだ。<br />現代では貧乏でも、日常着るものや食べるものまで窮している人は少ないだろう。けれども自分は貧しいと自覚する人は少なくない。まわりの生活が眩しすぎて、まわりの人々が「よかし」ばかりにみえてしまう環境はある。もはや現代のかんじんは、かんじんだなどとは呼ばれないし、子供たちにからかわれることもないが、いつの世もかんじんはさみしく哀しい。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><a title="「風のファミリー」" href="https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/bdccf49523be3b71a8d13972102500aa" target="_blank" rel="noopener"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/13/ece8e1a0b88e9a385423bade8d0c8198_s.jpg" /></a></p>
<p>「2025 風のファミリー」</p>
<p><br /><br /><br /></p>
<p> </p>
]]></description>
   <category>「2025 風のファミリー」</category>
   <dc:date>2025-04-30T17:18:19+09:00</dc:date>
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   <title>記憶の花びらが</title>
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<![CDATA[
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/22/896611befbac2db1007762a043b9b666.jpg" /><br /><br /></p>
<p>このところの妻の言動や行動に惑わされていると、だいぶ以前に亡くなった母のことがしばしば思い返される。当時、母の近況が書かれた手紙を妹からもらったことがある。<br />新しい介護施設に移って２週間、環境が変わったけれど、母にはなんら変わった様子もみえないという。<br />妹は１日おきに施設を訪ねているが、そのたびに、初めて訪ねてくれたと言って淋しがるらしい。それでいて、ケアマネージャーには、娘が毎日来てくれることが唯一の楽しみだと言ったりするという。まばらになった記憶が、時と場所をこえて繋がったり切れたりするようだった。</p>
<p>手紙の中で妹は、<br />「わたしたちは、まばらではあっても記憶が１本の糸で繋がっているのだけれど、ばあちゃんにはもうその糸が無くなって、花びらが舞ってるみたいなのかもしれません。その花びらの１枚がひらひらと目の前に落ちてきたとき、その１枚の記憶がとつぜん蘇ってくるのかもしれません」と書いてあった。<br />介護施設の窓からは、以前に月参りをしていた稲荷神社の鳥居が見えるので、母は喜んで手を合わせているという。当時は駅前で商売をしていたことなども介護スタッフに話したという。その頃のことは、母の記憶からすっかり抜け落ちていると思っていた妹にとって、そんなことは驚きだったという。</p>
<p>また入所者の中に、顔が合うと手を上げてにっこりするおばあさんがいるらしく、その人のことを母は、アベのおばあちゃんだというのだが、アベのおばあちゃんというのは、妹が子供の頃に相当なおばあちゃんだったから、今でもおばあちゃんで健在かどうか、妹には信じがたいという。<br />先日は、不眠症ぎみの母が眠れないでいたら、誰かが一晩中そばで付き添っていてくれたという。そのような親切な人がいるのかどうか分からないが、それも記憶の花びらの１枚だったのかもしれないと、そのような手紙だった。</p>
<p>どこかで満開の山桜などが咲いていて、ときどき花びらが風に乗って舞い降りてくる。アベのおばあちゃんだったり、お稲荷様だったりして、花びらはとつぜん母の枕元に舞い散ってくる。そうやって母の記憶の中から、たくさんの花びらが降ってくれれば、それもすばらしいことかもしれないと、その時は思った。<br />いまは妻の周りで花びらが舞い散っている。記憶の花びらが窓から舞い込んできたり、雲の向こうに舞い上がったりする。１枚１枚の花びらは花の真実であろうが、その花びらがどこから舞ってくるのか判然としないことが多くて、私は日々花びらの風に翻弄される。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><a title="「風のファミリー」" href="https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/c47e165e54d69bea8d0d68c118a5ed38" target="_blank" rel="noopener"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/13/ece8e1a0b88e9a385423bade8d0c8198_s.jpg" /></a></p>
<p>「2025 風のファミリー」</p>
<p><br /><br /><br /></p>
<p> </p>
]]></description>
   <category>「2025 風のファミリー」</category>
   <dc:date>2025-04-22T20:08:57+09:00</dc:date>
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   <title>花は咲き 花は散り</title>
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   <description>
<![CDATA[
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/5d/bfcad4e74e110378a12e1a0c01cb826b.jpg" /><br /><br /></p>
<p>あっという間に、花から若葉の季節にかわった。<br />季節の足が速すぎるような気がする。私の脚がだいぶ重くなってきたせいもあるかもしれない。桜という言葉を失ってしまった妻は、もっぱらピンクピンクと言いながら花を追った。季節と駆けっこするつもりはないけれど、なんとなく周りのいろいろな動きに、置いてきぼりにされている思いがする。引きこもりがちの春だったから、仕方ないといえば仕方ないか。</p>
<p>季節の歩みが遅いと感じていた頃もあった。<br />その頃は若かったのだろう。先走っていたり慌てていたりすることが多かった。速いということがなにより優先と、習慣づけられていたのかもしれない。せっかちといえばせっかちだった。<br />それが生来のものだったのか、それとも躾けられたものだったのかよくは分からないが、背後にいつも父の声がしていたことも確かだ。</p>
<p>「はよせえ、はよせえ（速くしろ速くしろ）」という父の声が今でも聞こえてくる。<br />私がのろまだったのか父がせっかちだったのか、どちらかだったのかもしれない。何かをしようとすると、背後に父の声がしてくる。ぼんやりしていても聞こえてくる。ついつい何かをしなければと焦ってしまう。何かをやり始めると、早くしてしまえと尻を叩かれているような気分になる。</p>
<p>いつのまにか歩くのも速くなった。食べるのも喋るのも速くなった。<br />仕事をするのも速かったと思う。おかげで得をしたこともあるが損をしたことも多い。<br />会社で仕事をしていたときは、手早いぶん仕事量が増えて、いつも忙しくて疲れ気味だった。サラリーマンをやめ独立してからは、早くこなせた分は、それだけ収入が増えて良かった。大阪人はせっかちが多いから、速いということは仕事上は利点にも信用にもなるのだった。</p>
<p>大阪では「せえて、せきまへん」という言葉をよく使う。急ぐけれど急がない、といった矛盾した言葉だ。「せきまへん」の方を真に受けてゆっくり構えていると、まだかまだかと催促してくる。何事にしろ大阪では、せっかちになる環境は整っているのだ。<br />季節の移り変わりも、大阪では早足なのかもしれない。きっと地面の底でも、根っこの親父たちが「はよせえ、はよせえ」と急かしているのだ。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><a title="「風のファミリー」" href="https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/69b2b434f5e43cf08b35843e89661ddd" target="_blank" rel="noopener"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/13/ece8e1a0b88e9a385423bade8d0c8198_s.jpg" /></a></p>
<p>「2025 風のファミリー」</p>
<p><br /><br /><br /></p>
<p> </p>
]]></description>
   <category>「2025 風のファミリー」</category>
   <dc:date>2025-04-17T10:47:35+09:00</dc:date>
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   <title>ラブレター</title>
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   <description>
<![CDATA[
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/6e/207ba6b4afeefa4cb8b9ff5f1a9580d5.jpg" /><br /><br /></p>
<p>ラブレターにまつわる思い出は、どれもほろ苦くて、心に痛みを伴うものばかりだ。<br />最初の関わりは小学生の時だった。<br />クラスのある男子からある女子に架空のラブレターを渡す。そんな悪戯を考える悪ガキがいた。グループの中で、たまたま私が清掃委員だというだけで書き役にされてしまったのだ。好きだとかキスしたいとか、それぞれが好き勝手に言い出す内容を、作文の才もない私が手紙らしくまとめていく。内容は覚えていないが、とても稚拙なものだったと思う。<br />その手紙を、グループのひとりが紛失してしまった。</p>
<p>担任は若い男の先生だった。ひとりひとり詰問されて、気の弱い子が白状してしまった。その結果、書いた私が犯人ということにされてしまった。昼休みに教室にひとりだけ残された。いきなり先生のびんたが顔に飛んできた。私はそばの机で体を支えているのがやっとだった。<br />自分では悪いことをしたという認識はなかった。けれども、先生の怒りは尋常ではなかった。きっと私は悪い奴なんだ。もう誰も私と遊んではくれないかもしれないと思うと、頬を叩かれた痛さよりも悔しさが残った。</p>
<p>ひとり教室に残って弁当を食べていたら、先生が教室に戻ってきて、さっきは痛かったか、と慰めるように声をかけてきた。その声は優しくて、まるで別の先生のようだった。それまで必死に堪えていた悲しさが、一気に涙になって溢れ出てきた。<br />そのあと、しょんぼりして校庭に出ていくと、みんなは何事もなかったように遊びに入れてくれた。<br />結局、私は悪いことをしたのかどうか自分でも解らず、先生の怒りの意味もよく解らないままだった。</p>
<p>中学生になったばかりで、またもやラブレター事件に関わってしまった。<br />クラスのある女子が、誰かに宛てたラブレターを持っているという。友人がそのことに興味を持っていて、その女子からラブレターを奪うことに、私も加勢してしまった。<br />その手紙は、奪った友人当人へ宛てたものだった。彼はそのことに感づいていて、ただ確かめたかったのかもしれない。お前なんか嫌いだと言って、彼は彼女を殴ったり蹴ったりした。<br />私は彼女のことが嫌いではなかったので、この展開は残念なことだった。じっと耐えている彼女がかわいそうだったが、共犯者になってしまった私は、彼に味方することしかできなかった。</p>
<p>恋というものがすこし分かるようになって、私は初めて自分のラブレターを書いた。もやもやした思いを素直に表現できずに、藤村の『初恋』の詩を流用したりした。そして、どきどきしながら投函した。すぐに返事は来た。優しい言葉で拒絶されていた。<br />すっかり自信をなくしてしまったので、次にラブレターを書いたときは、恋や愛などという感情は押し隠して、ちょうど夏だったので蝉のことばかり書いた。蝉について知ってるかぎりのことを熱をこめて書いた。ラブレターのつもりだった。けれども、何気ない手紙には何気ない返信しか貰えなくて、その恋は進展しなかった。</p>
<p>そののち少しばかりは大人になって、ラブレターを書く機会は再びやってきた。書き方もだいぶ上達していたと思う。長い長い手紙を書いた。何通か出した。けれども一通も返事は来なかった。彼女は字も下手で、文章を書くのが苦手なのだと言った。だから手紙を書いたことがないらしかった。皮肉なことに、この恋は成就した。<br />いつのまにか、文章を書くことが私の習性になった。もしかしたら、私は今でもラブレターを書き続けているのかもしれない。詩を書くときも散文を書くときも、自分のハートの熱いところを探りながら、それを誰かに届けたいと思って書いている。その結果、いくらかの快い反応を得ることもあるし、冷たくそっぽを向かれては落胆することもある。<br />心がおどる思いを言葉で表現して、しっかり誰かの心に届けるというのは難しいものだ。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><a title="「風のファミリー」" href="https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/19f0a8fd63b11959dc042558168b262c" target="_blank" rel="noopener"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/13/ece8e1a0b88e9a385423bade8d0c8198_s.jpg" /></a></p>
<p>「2025 風のファミリー」</p>
<p><br /><br /><br /></p>
<p> </p>
]]></description>
   <category>「2025 風のファミリー」</category>
   <dc:date>2025-04-10T14:34:51+09:00</dc:date>
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  </item>
  <item>
   <title>夢の感触</title>
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   <description>
<![CDATA[
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/26/32195a580d53b8815a7013bc2e3cb6fe.jpg" /><br /><br /></p>
<p>夜中に目が覚めた。<br />みていた夢の残像でもあるかのように、手のひらに柔らかい感触が残っている。<br />その感触に懐かしさがある。小動物の柔らかさだった。子供の頃の、記憶の底深くに沈んでいたものが、突然なんの脈絡もなく、眠りの切れ目に浮かび上がってきたみたいだった。</p>
<p>ぼんやりと、記憶のさきに知らない人が現れた。<br />その人は大きな布袋をぶら下げていた。その袋のふくらみをそっと撫でた。温もりのあるものが動いた。とっさに胸に込み上げてくるものが大きくて、声もかけられなかった。<br />それが子犬との別れだった。</p>
<p>子犬は６ぴき生まれた。<br />茶色が２ひき、黒が１ぴき、白が１ぴき、そして茶色と白のブチが１ぴき。もう１ぴきは憶えていない。もしかしたら５ひきだけだったかもしれない。<br />茶色と白のブチだけが、他の子犬よりも食い気が勝っていて成長が早かった。いつも真っ先にじゃれついてくるので、いちばん可愛がった。育ちすぎていたからか、ほかの子犬が全部もらわれてしまった後に、１ぴきだけ手元に残っていた。</p>
<p>このままずっと残っていて欲しかった。ブウという名前もつけた。<br />いつも後ろにくっついてきた。私が細い疎水を跳びこえたとき、ブウは跳びそこなって流れに落ちたことがあった。すこしドジな子犬だったのかもしれない。そんなことまで思い出した。<br />だがそれは、子犬とのわずかな楽しい思い出にすぎない。</p>
<p>こんな真夜中にどうしたというのだ。手のひらに残った布袋の感触がぬぐいきれず、眠りの続きに入っていくことができなくなってしまった。<br />あの時どうして、布袋からすぐに手を引っ込めてしまったのか。別れの悲しさや悔しさをどうして黙って押し殺してしまったのか。その時こころの奥に押し込めてしまったものが、こんな真夜中の、いま頃になって浮かび上がってくるなんて。<br />小動物のこころも知らず、悲しさも悔しさも、ただ受け入れることしか知らなかった内気な少年が、眠りの淵でぼんやり突っ立っている。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><a title="「風のファミリー」" href="https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/3a435285a9d5cb2593ae40a214e4c230" target="_blank" rel="noopener"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/13/ece8e1a0b88e9a385423bade8d0c8198_s.jpg" /></a></p>
<p>「2025 風のファミリー」</p>
<p><br /><br /><br /></p>
<p> </p>
]]></description>
   <category>「2025 風のファミリー」</category>
   <dc:date>2025-04-03T14:25:52+09:00</dc:date>
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  </item>
  <item>
   <title>花は忘れない</title>
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   <description>
<![CDATA[
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/d6/a592a25aa68626ed8424c298aeeebadf.jpg" /><br /><br /></p>
<p>今朝はじめて、ハナニラの花が咲いているのを見つけた。<br />ハナニラは触れるとニラに似た強い匂いを放つが、それ自身も季節を嗅ぎつける鋭い嗅覚をもっているのか、冬の間ベランダで忘れられていた植木鉢に、いち早く春を運んでくるのもこの花だ。ささやかではあるけれど、忘れてはいなかったよと。</p>
<p>ベランダの植木鉢で、ハナニラが咲き始めたのはいつ頃からだろう。<br />最初はおそらく、小鳥か風が運んできたものではなかろうか。ある年の春、うす青色の小さな花が咲いているのが見つかった。その花はひとつかふたつ、ひっそりと咲いた。雑草にしては可憐だなと思った。そんな春があった。</p>
<p>また、ある年には、ベランダの植木鉢のすべてを侵食するほどの勢いになった。ハナニラは雑草のように繁殖力も旺盛だった。<br />その頃は家族も増えて、家の中もにぎやかだった。手狭になると幾度か住まいもかわった。やがて娘が結婚して、孫も生まれた。最後に息子が家を出ていくと、あとには夫婦だけが残った。<br />それからも変わらずに、ハナニラはわが家のベランダで咲きつづけた。</p>
<p>今年もまた、ハナニラの花が咲いたことを知らせると、妻はさっそくベランダに出て確かめている。可愛い花だと言いながら眺めていたので、その花の名前や花にまつわる思い出話をする。<br />いつものように妻は、私の言葉に頷きながらも、その花の名前を繰り返し聞き返してくる。妻にとって、花は確かにそこにある。しかし花の名前はすぐに消えてしまう。<br />いまやっと、一輪だけ咲いたハナニラの花、名前を忘れられても季節を忘れない花は、やがて賑やかに花の言葉を語り始めるだろう。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><a title="「風のファミリー」" href="https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/bec3c015b9830571228426fdfde9aec7" target="_blank" rel="noopener"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/13/ece8e1a0b88e9a385423bade8d0c8198_s.jpg" /></a></p>
<p>「2025 風のファミリー」</p>
<p><br /><br /><br /></p>
<p> </p>
]]></description>
   <category>「2025 風のファミリー」</category>
   <dc:date>2025-03-25T10:44:01+09:00</dc:date>
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  </item>
  <item>
   <title>父の帽子</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/bec3c015b9830571228426fdfde9aec7?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/40/c31e662dd4ee3e2e34535a7289f944ba.jpg" /><br /><br /></p>
<p>父の死後、３年ほどがたっていたと思う。その頃はまだ、玄関の帽子掛けに父の帽子が掛かったままになっていた。何気なくその帽子をとって被ってみた。小さくて頭が入らなかった。父の頭がこんなに小さかったのかと驚いた。離れて暮らしていた間に、父は老いて小さくなっていたのだろうか。</p>
<p>私も背丈は高い方だが、父は私よりも更に１センチ高かった。手も足も私よりもひと回り大きくて、がっしりとした体格をしていた。父の靴と私の靴が並んでいると、父の靴のほうが大きくて、私の靴は萎縮しているようにみえたものだ。<br />一緒に釣りに行くと、たいがい父の方が多く釣った。将棋も花札も父には敵わなかった。いつだったか、パチンコをしながら父が言ったものだ。勝とうと思ったら、まじめに真剣にやることだ、と。</p>
<p>私の記憶の、おそらくは最も古い部分に、大きくて温かい父の背中がある。幼い私は父に背負われて、どこかの川の瀬を渡っている。それだけの記憶であるが、その時の父の背中はそのままずっと、私の記憶の中にしっかり存在しつづけていた。<br />そして父が死んだとき、その背中がとつぜん無くなったような気がした。その時まで生きていた人がいなくなったというより、私の中にあった大きな背中が無くなった、そんな喪失感だった。</p>
<p>農家の家を飛び出した父は、一代きりの商人だったがよく稼いだ。そのお金で５人の子供を育て、のちには老いた母を立派な介護施設に入れることもできた。<br />私は25歳まで仕送りをしてもらったが、自立しても父ほどに金を稼ぐことは出来なかった。やはり、まじめさと真剣さが足りなかったのかもしれない。<br />ときどき、父の帽子のことを思い出す。あの帽子を被っている父の姿を想像すると、なんだか複雑な気分だ。この春、父の年齢に追いついた私は、あの帽子より少しだけ大きな帽子を被っている。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><a title="「風のファミリー」" href="https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/737029ee7d3c71dcb1effb95f0a20748" target="_blank" rel="noopener"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/13/ece8e1a0b88e9a385423bade8d0c8198_s.jpg" /></a></p>
<p>「2025 風のファミリー」</p>
<p><br /><br /><br /></p>
<p> </p>
]]></description>
   <category>「2025 風のファミリー」</category>
   <dc:date>2025-03-19T14:15:41+09:00</dc:date>
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   <title>だったん、春の足音が聞こえてくる</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/737029ee7d3c71dcb1effb95f0a20748?fm=rss</link>
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<![CDATA[
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/46/9f5e34f598fc840258b8f157ac4bd89e.jpg" /><br /><br /></p>
<p>季節は海のようだと思うことがある。秋は引き潮のように遠ざかってゆき、春は満ち潮のように寄せてくる。大きな季節の巡りのなかで、遠ざかっていたものが、ふたたび戻ってくる。春はそんな季節だろうか。<br />遠くから潮騒のような音を引き連れてやってくる。春は、海からの音が聞こえてくるような気がする。</p>
<p>お水取りが終わると春が来る、と近畿では言われている。奈良東大寺二月堂でのお水取り（修二会）の行事は、３月１日から14日までの２週間行われる。<br />火の粉を散らしながら外陣の廊下を駆け抜ける大松明（おおたいまつ）は、11人の練行衆を本堂へ導くための足元を照らす明かりだという。激しくて華々しい火の粉を、冷たく深い闇にまき散らしていく。冬の大気を焦がしながら、強引に春の扉を押し開いていくようだ。</p>
<p>かたや堂内では、千年以上も欠かさずに続けられてきた行法が、現代もひそかに行われている。司馬遼太郎の『街道をゆく』の中に、閉ざされた堂内の様子が次のように記述されている。<br />「どういう変動期にも、深夜、二月堂のせまい床の上を木沓で走り、また跳ね板の上に自分の体を投げて五体投地をやり、あるいは「達陀（だったん）」という語意不明のはげしい行法では、堂内で松明を旋回させてまわりに火の粉をふらせるのである」と。</p>
<p>せわしく駆けまわる木沓の音を、本堂をとりまく外陣の廊下に居て聞いたことがある。背後のぼんやりとした燈明のなかで動く影に、こもりの僧たちが行をする気配が漂っていた。奇妙にかん高い音のひびきと突然の静寂。冬から春へと移ろうとする季節の分かれめで、闇の窪みから生まれ出ようとする生き物がうごめいているようだった。そのような生き物のイメージが、「だったん」という言葉と音になって、しばらくは頭から離れなかった。<br />「だったん」という不思議な言葉は、あれから、私の中で春の音になったのだった。木を打つ音。土を踏みしめる音。扉を叩く音。今また、春の足音となって聞こえてくる。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><a title="「風のファミリー」" href="https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/19b4fc17278061d84af4338b38d6a2eb" target="_blank" rel="noopener"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/13/ece8e1a0b88e9a385423bade8d0c8198_s.jpg" /></a></p>
<p>「2025 風のファミリー」</p>
<p><br /><br /><br /></p>
<p> </p>
]]></description>
   <category>「2025 風のファミリー」</category>
   <dc:date>2025-03-11T14:52:42+09:00</dc:date>
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   <title>わたしを忘れないで</title>
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<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/fb/b62fcb56032e374519ec28c7780fda24.jpg" /><br /><br /></p>
<p>新しい朝は、どこからかやってくる。<br />明け方の、薄れかかった夢の中へ、ラジオの低い声が侵入してくる。<br />ニュースでもない、朗読でもない。アナウンサーの声に乗ってくるのは、誰かが放送局に送った「お便り」だった。<br />その年は、お雛様が飾れなかったという。とおい終戦の年のことらしい。だいじなお雛様が食料の米に代わってしまったのだ。ひと粒の米が、人の命をつないだ時代の話だった。</p>
<p>その人はお雛様を手放したことが忘れられない。生きることが辛かった時代を忘れられない。まさに、その年の３月10日には、東京大空襲があり、10万人が命を落としたという。そんな時代のかなしい話だった。<br />お便りの人は、この季節になると、その失われたお雛様のことや、戦禍で亡くなった親しい人たちのことを、しみじみと思い出すという。<br />お雛様が繋いでくれた貴重な命を生き延びて、その人は無事にこの春を迎え、今もそのお雛様の行方を偲んでいるのだった。</p>
<p>わたしを忘れないで……<br />という小さな声が聞こえてくるようで、この季節になると、わが家のお雛様とも１年ぶりの再会となる。<br />戦後に生まれた、わが家のお雛様はいまも無事である。米に代わることもなかった。贅沢な生活はできなかったが、米のご飯が食べられない日はなかった。なんとか平和な時代を生きてこれたといえる。</p>
<p>質素なお雛様だが、その年によって大きく見えたり小さく見えたりすることはあった。娘が生まれた６畳ひと間の生活だった頃は、お雛様もそれなりの存在感があった。わが家の貧しい生活には似つかわしくなかったものだ。もう少しで、米と代わってしまいそうな生活だったかもしれない。<br />その後も住むところや生活によって、お雛様の表情も明るいときや暗いときがあったりした。</p>
<p>わたしを忘れないで……<br />という声は小さい。だが、その小さな声は語りつづける。楽しかったことや辛かったことなど、あんなことやこんなことや、雛の人形とともにあった日々のことなど、いつも同じ話ばかりだったりするけれど、変わらない顔の人形が語る小さな声には、しみじみ耳を傾けてしまう。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><a title="「風のファミリー」" href="https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/f666c9e6b144d76bd281154324dc8caf" target="_blank" rel="noopener"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/13/ece8e1a0b88e9a385423bade8d0c8198_s.jpg" /></a></p>
<p>「2025 風のファミリー」</p>
<p><br /><br /><br /></p>
<p> </p>
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   <category>「2025 風のファミリー」</category>
   <dc:date>2025-03-07T09:46:32+09:00</dc:date>
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   <title>人形のとき</title>
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<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/94/9779e284b258b0f3f1d832d2ae3ad10f.jpg" /><br /><br />まだ雪が舞う日もあるような春だった。九州の田舎の、すり鉢のような小さな街を、雛の節句を祝う静かな華やぎの風が漂っていた。<br />さまざまな雛人形が、古い時代の装いや表情をして、家々の玄関や店先に飾られていた。人形のあるところには、いつもとはちがう少しだけ華やいだ風景があった。<br />住む人も減り、人の影もめっきり少なくなったのに、着飾った人形ばかりが勢ぞろいして、かつて賑わった街の記憶を無言で語りかけてくるようだった。<br /><br />そんな季節に、父は逝った。<br />父は翌日出かける予定があったのか、ていねいに髭を剃り顔も洗って寝た。そして、夢のなかで出かける場所を間違えたのか、そのまま戻ってくることがなかった。<br />その夜、家族は眠り続けている故人を取り囲んで、記憶の中の父と語り合った。冬でもないが春でもない、夜が更けるにつれて外の冷気に包まれてくる。すこしでも暖を取ろうと、寝かされた人の夜具に手や足を入れてみるが、死んだ人の氷のような冷たさが、夜具にまで重たく沁み込んでいた。<br /><br />父を送る慌ただしい数日間が過ぎて、気持ちの整理もできないまま、雛祭りをする街の中を歩いてみた。<br />人形の顔は何百年も変わることがない。古い時代の人形は、いまも古い時代を生きているようにみえた。人形の記憶は、失われることも蘇ることもないのだろう。変わらないということは、人形の不気味さでもあり、変わらない表情のままで、人の記憶の脆さをじっと見つめ返してくるようだった。<br /><br />人はさまざまな記憶を失ったり蘇らせたりしながら、記憶と現実の流れのなかで、とても危うく生きているのかもしれない。<br />最近、妻の記憶が曖昧になった。娘が置いていった小さなお雛様を、毎年この時期になると出すのだが、妻は初めて見るような顔をして眺めている。娘が生まれた最初のひな祭りに、娘を抱いて池袋の東武デパートにお雛様を買いに行ったが、妻はその時の記憶も失くしている。ときには娘の名前さえ忘れてしまう。変わらない表情で、様々なことを語ってくれる人形と、妻はただ可愛いと言いながら対面している。かたわらで今は、人形の時だけが静かに流れている。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><a title="「風のファミリー」" href="https://blog.goo.ne.jp/yo88yo/e/b69fe367df82ee9af72a0b7e08d52629" target="_blank" rel="noopener"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/13/ece8e1a0b88e9a385423bade8d0c8198_s.jpg" /></a></p>
<p>「2025 風のファミリー」</p>
<p><br /><br /><br /></p>
<p> </p>
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   <category>「2025 風のファミリー」</category>
   <dc:date>2025-03-02T09:17:04+09:00</dc:date>
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