作文教室
あさおきて、かおをあらって、ごはんをたべて、それからがっこうへいきました……
そこでもう、ただ鉛筆を舐めている。その先へは進めない。
楽しかったことや、辛かったことも書いたらいい、と先生。
やすみじかんに、こうていで、やきゅうをしました……
それは楽しかったことだ。しかし文章にしてみると、すこしも楽しくなかった。
一日のあったことを、ありのままに書いたらいい、と先生。
ありのままに書くとは、どう書くことなんだろう。楽しかったことを、楽しかったこととして書くとは、どう書くことなんだろう。
そもそも、なぜ文章など書かなければならないのだろうか。
ぼくは書くことが苦手だった。というか、文章というものが書けなかった。
ありのままを言葉にする。あると思えるものを言葉にする。
でも言葉は、ありのままやあると思えるものに寄りそってはくれない。
あの小学生のときの疑問は、いまも解決されないままで、悔しい思いはつづく。
かくてこの夏も、言葉はセミのように迷走する。クソ暑いので寝っ転がって、読み古した新潮文庫を読む。
『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』。
作文の秘訣を一言でいえば、
「自分にしか書けないことを、だれにでもわかる文章で書くということだけなんですね」
吉里吉里小学校の井上先生は、やさしい言葉で難しいことを教えてくれる。
だが夏休みの宿題は、いつまでも終わらない。
*
オカメインコのパタパタ
こないだ雪がふった日に
オカメインコのパタパタが死んだ
ぼくの手のひらで
羽をいっぱいにひろげて
それっきり
飛びたかったのかな
もういちど
それともポーズだったのかな
グッバイって
キューチャン キューキューシャ パタパタ
あの声ももう聞けない
大きなケヤキの樹の下に
小さなパタパタを小さく埋めた
いつか土になって水になるんだって
木になって枝になって葉っぱになって
冬がくるまえに
いっぱい飛びたつ
*
運動会
ヨーイ ドン
校長先生のピストルで
ランナーはみんな死んでしまった
スタートしたのはぼくだけ
急にグラウンドが広くなったみたい
走っても走っても
ゴールのテープが見えない
しかたがないので
母のお使いの
油揚げを買いに行くことにした
おいしい匂いがする
台所で母が
いなり寿司をつくっている
そうか
運動会は明日だったんだ
イメージトレーニングする
スタートばかり繰り返してしまう
校長先生はきらいだ
ピストルが似合いすぎる
ヨーイ ドン
みんな元気に走っているのに
ぼくだけ倒れてる
*
メダカ
サチ子先生は
理科室でメダカを飼っている
先生の白くて細い指が水槽に触れると
メダカはパッと散って泳ぐ
メダカはなんびきいるのだろう
いっぴきずつに名前をつけたいの
クラスのみんなの
と先生は言う
サチ子先生には
メダカの顔がわかるのだろうか
ぼくはあまり手をあげないし声も小さい
きっとメダカよりも目立たない
メダカの川で
メダカと泳いでる夢をみた
みんなぼくよりも体がでかい
胸に名札をつけている
ぼくだけ名札がない
先生がいないとき
そっとメダカの水槽をのぞく
メダカは水を引っかくように泳いでいる
小さいくせに目ばかり大きい
どれもこれも
サチ子先生に似ている
あさおきて、かおをあらって、ごはんをたべて、それからがっこうへいきました……
そこでもう、ただ鉛筆を舐めている。その先へは進めない。
楽しかったことや、辛かったことも書いたらいい、と先生。
やすみじかんに、こうていで、やきゅうをしました……
それは楽しかったことだ。しかし文章にしてみると、すこしも楽しくなかった。
一日のあったことを、ありのままに書いたらいい、と先生。
ありのままに書くとは、どう書くことなんだろう。楽しかったことを、楽しかったこととして書くとは、どう書くことなんだろう。
そもそも、なぜ文章など書かなければならないのだろうか。
ぼくは書くことが苦手だった。というか、文章というものが書けなかった。
ありのままを言葉にする。あると思えるものを言葉にする。
でも言葉は、ありのままやあると思えるものに寄りそってはくれない。
あの小学生のときの疑問は、いまも解決されないままで、悔しい思いはつづく。
かくてこの夏も、言葉はセミのように迷走する。クソ暑いので寝っ転がって、読み古した新潮文庫を読む。
『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』。
作文の秘訣を一言でいえば、
「自分にしか書けないことを、だれにでもわかる文章で書くということだけなんですね」
吉里吉里小学校の井上先生は、やさしい言葉で難しいことを教えてくれる。
だが夏休みの宿題は、いつまでも終わらない。
*
オカメインコのパタパタ
こないだ雪がふった日に
オカメインコのパタパタが死んだ
ぼくの手のひらで
羽をいっぱいにひろげて
それっきり
飛びたかったのかな
もういちど
それともポーズだったのかな
グッバイって
キューチャン キューキューシャ パタパタ
あの声ももう聞けない
大きなケヤキの樹の下に
小さなパタパタを小さく埋めた
いつか土になって水になるんだって
木になって枝になって葉っぱになって
冬がくるまえに
いっぱい飛びたつ
*
運動会
ヨーイ ドン
校長先生のピストルで
ランナーはみんな死んでしまった
スタートしたのはぼくだけ
急にグラウンドが広くなったみたい
走っても走っても
ゴールのテープが見えない
しかたがないので
母のお使いの
油揚げを買いに行くことにした
おいしい匂いがする
台所で母が
いなり寿司をつくっている
そうか
運動会は明日だったんだ
イメージトレーニングする
スタートばかり繰り返してしまう
校長先生はきらいだ
ピストルが似合いすぎる
ヨーイ ドン
みんな元気に走っているのに
ぼくだけ倒れてる
*
メダカ
サチ子先生は
理科室でメダカを飼っている
先生の白くて細い指が水槽に触れると
メダカはパッと散って泳ぐ
メダカはなんびきいるのだろう
いっぴきずつに名前をつけたいの
クラスのみんなの
と先生は言う
サチ子先生には
メダカの顔がわかるのだろうか
ぼくはあまり手をあげないし声も小さい
きっとメダカよりも目立たない
メダカの川で
メダカと泳いでる夢をみた
みんなぼくよりも体がでかい
胸に名札をつけている
ぼくだけ名札がない
先生がいないとき
そっとメダカの水槽をのぞく
メダカは水を引っかくように泳いでいる
小さいくせに目ばかり大きい
どれもこれも
サチ子先生に似ている