風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

記憶する家

2016年07月26日 | 「新詩集2016」


  階段

階段の上に子供がいる
それはぼくだ
ぼくは階段をのぼる
すると
子供はもういない

階段の下にも子供がいる
それもぼくだ
ぼくは階段をおりる
するとふたたび
子供はいない

かつて誰かを
階段の途中で待っていた
ぼくと誰か
そのときは
ふたりとも子供だった
その日
父が生まれ
母が生まれた

*

  でんわばんごう

住むところを
いくども変わったので
電話番号も
いくども変わった

電話番号をたずねられると
一瞬のとまどいがある
3でもないし9でもない

古い番号と新しい番号
ふたつの番号を
そのように生きてきた自分を
そのように探している自分がいる

どこかでベルがなっている
もしもし
もしもし
もういちど
おかけなおしください

*

  鞦韆(ぶらんこ)

古い家の梁に
ロープを掛けただけの
特製ぶらんこ
ゆらゆら揺れているのが好きだった

目をつむると
ぶらんこの旅がはじまる
ゆらゆら揺れて
家ごと遠いところまで運ばれていく

ときどき背中から
静止しようとする母の声がきこえる
そんなにゆらゆらしたら
家が潰れてしまうと

いまも庭の椿は揺れているだろうか
古いぶらんこは揺れているだろうか

いまは母がひとり
その家に住んでいる
おまえのせいで
家がゆらゆら揺れているよ
わたしはもう
畳の上を歩くこともおぼつかないと

*

  彼岸

まいにち
足ぶみの臼で玄米をつき
大きな木のへらで茶がゆをかき混ぜる
ときには鯰をさばき
誰かのために卵やきを残して
それからまたゆっくりと
山の裾を両手でならしていった
小さな山が
ひとつずつ増えていく

新しい山はひとの形をしている
お腹のようにやわらかい
そこ踏んだらあかん
おばあさんにしかられた
そこにはおじいさんが眠っとるんやさかい

土の中で骨だけになっていく
やがて骨は骨でなくなって
石の標だけが残るころ
いつものように裾をからげ
おばあさんもまた
最後の骨のひととなるため
小さな山を越えていった




コメント (2)

星の詩を書くのは難しい

2016年07月19日 | 「新詩集2016」


  流星群

草の舟にのって
夜の川をどこまでも下っていきたい
銀河のかなた
降りしきる流星群を浴びたら
星くずの鉛筆で
長い長い手紙を書く
それからポストをさがして
千年の旅をするだろう

*

  星の時間

星が降る
そんな時代がありました
光の川を泳ぎ
光の国を彷徨った
光の国のひとを訪ねたが
光の国は遠かった

光りの約束ばかりで
幾億光年という
ときは流れ去っていくのでした
ですからまだ
そのひとには会えません

*

  ガラスの星

ガラス玉のような星を
ひとつもらった
そらの銀河がすこし暗くなって
ぼくの川がすこし明るくなった
星が冷たい夜は詩を書く
いくども書き直したので朝になった
星のことは書けない

ぼくの星をだれも知らない
夜明けに夢の中へ
そっとかえす

*


  もうひとつの星があった

いままでに見た一番きれいな星は、標高1800メートルの山頂で見た星空だった。
きれいというよりも、すごいと言った方がいいかもしれない。星が幾重にも重なっていた。その澄みきった輝きは、目に突き刺さってくるようだった。
星ではない何か、空を覆いつくしているもの、空そのもの。昼でもない夜でもない、もうひとつの、はじめて見る空だった。

夜に向かって山に登るな、という登山の鉄則は知っていた。
だが、当てにしていた麓の山小屋が雪崩で潰されていた。引き返すこともできない。そのまま山を越えることにしたのだった。
すでに陽も沈み、登るほどに麓から夕闇がせり上がってくる。
山頂に着いたときは、すっかり夜になっていた。冷たい風が吹き抜けていた。辺りを澄んだ鈴の音が鳴りわたっている。小さな笹群れの凍った葉先が触れ合って、無数の鈴が鳴っているような音を発しているのだった。むしろ全天の星々が瞬き鳴り響いているようにみえた。まさに天上の音楽だった。

体が急激に冷えてきたので、コンクリートでできた無人の非難小屋に入って風を避けた。中は何もなく暗闇だ。四角いがらんどうの窓に、ぎっしり詰め込まれたように光っている星。充満しているのに空洞のような、異界の景色を見ているようだった。
懐中電灯で五万分の一の地図を照らし、目指す谷あいの山小屋の位置を確かめた。一面の雪だから、道があるかどうかもわからない。
自家発電が止まってしまわないうちに、山小屋にたどり着かなければならなかった。

斜面を下りはじめたら風もなくなった。明るすぎるほどの星空に比べて、足元は闇。懐中電灯で照らされた所だけ白い雪が浮き上がる。わずかに平らな部分を道だと推測しながら足を下ろす。浮き立ったような心もとない歩行だった。
積雪の表面に張った薄氷が、靴の下で細かく砕ける。その感触だけが、歩いているという実感だった。立ち止まると、砕けた雪氷の欠片が、せせらぎのような音をたてて闇の斜面を落ちていく。その響きはいつまでも鳴り止まない。目には見えない深い谷があるようだった。足を滑らせたら、どこまで落ちていくかわからなかった。

闇と星空しかない。いや星空しかないのだった。その星空が明るすぎて恐かった。山の鉄則を犯した自分は、すでに異界の宇宙を歩いているのかもしれないと思った。
無数の星が饒舌に瞬いている。しかし言葉を発するものはひとつもない。豊穣なのに寂しい。ひしめき合っているのに孤独だった。
星々の異常な輝きと地上の静寂。それは、ぼくがそれまで生きてきた世界ではなかった。生の世界から死の世界へ入っていくのは、容易なことかもしれなかった。気付かないうちに、その一歩を踏み出しているかもしれない。ふと居眠りをする。その程度のことなのだ。

妄想の中を歩いていたら、暗闇の中に星をひとつだけ発見した。視界の底のほうに、空から落ちた星がひとつだけ光っていた。
あるいは自分は空を歩いていたのか。感覚がすこし狂っていた。人も光を発するということを認識するのに間があった。それは温かい色を発していた。人が生きている色だった。
その星を目指して、暗闇の積雪に足をとられながら、ぼくはまっすぐに歩いていった。





あの夏を思い出せない

2016年07月11日 | 「新詩集2016」

  一滴の夏

水が魚になり
魚が水になる
水の記憶がしたたる夏
青い手のひらを泳ぎわたる
いっぴきの魚
きらきらと水を染めて
一滴の雫となった
あの夏

*

  少年の夏はどこへ

大きな捕虫網で
いっぴきの夏を追いかけた
少年の夢はなかなか覚めない

布きれで細長い袋をつくり
針金の輪をとおして
長い竹竿の先に括りつけていく
父の作業を見ていた
それでセミをとるのだと言う
父について林に入る
アブラゼミ
クマゼミ
ミンミンゼミ
ヒグラシ
まさにセミだらけの夏を
一網打尽にした
父とセミとりをしたのは
それいちどだけ
あれからあのいっぱいの夏を
どこへどうしたのだったか

窓を開けると
いっせいにセミの襲来
あの捕虫網はどこへやったか
青い風
白い雲
ドキドキしながら手をのばす
その先にセミの
透明な翅

*

  虫の夏

帽子と靴だけになって
おとうさんの夏はかなしいですね
おかあさん

虫もかなしいよ
と母はいう
虫は人になれないけれど
人は虫になれるという
両手と両足で地べたを踏んばる
体は緑色にふくらんでいるが
翅はまだ濡れている

胡瓜の種に嘔吐したり
ときには西瓜の夢にうなされても
青いままで生きつづける
幾度かの夕立のあとに虫たちは
黙って土に還ってしまうが
地べたを踏んばったままの母は
ことしも夏にとり残される

これが虫の夏さ
帽子も靴もありゃしない
すっからかん

おかあさん
いま帽子が何かしゃべりましたよ

*

  原始人の夏

耳を立てて
虹の匂いを嗅いでいる
そのとき
白い雲を背負って
ぼくらの原始人が現われる

原始人は血の匂いがする
ひそかに獣を食ったのかもしれない
あるいは体の中に獣がいるのかもしれない
おれは退化しつつある人間だ
と彼はいう
エクセルの操作も忘れた
もう敬語も使えない
ひげも剃らない

川岸にならんで小便をする
ひとりだけ毛が生えている
首がみじかくて猫背
歩くのも泳ぐのもにがて
だが古い時代を知っている

原始人はいう
水よりも青い夏の空は
トンボの世界だと
水から生まれて水に帰る
トンボの翅には大空の地図があると
だからトンボが川面に落ちると
ぼくらも空を見うしなう

川で生きる
石を投げて胡桃の実を落とし
殻を砕いて食べる
すべて石の作業だから石器時代だ
夏の原始人は
夏だけを生き延びる

夏の終わり
川は精霊の道となり
死者たちを送る
河童になった少年は帰ってこない
でも泣くな
きみらには秋がある
と原始人はいう
おれは夏が終ればいきなり冬だ
冬は裸では暮らせない

背中をたたく雨はやがて
美しい光の粒となって空に散る
川から生まれた虹は苔の匂いがする
空の橋をわたってゆく
日焼けした夏の背中が見える
うつむいて
横断歩道を渡るひとも見えた
猫背のままで
泳ぐような手つきで
公園の林へ消えてしまう
あれから
彼に会っていない




ヨーヨーおじさんの夏

2016年07月02日 | 「新詩集2016」


  おじさんの花火

ヒューヒューヒューと
おじさんは唇を鳴らしながら現れる
ドーンと叫んで両手を高くあげ
おもいっきり地面を蹴ると
おじさんの体は夜空へ舞い上がってゆく

闇に大きな花火がひらく
ぼくたちは
おじさんの花火が楽しみだった

おじさんは夜しか現れない
ビョーキだから痩せこけている
仕事がないから髭も剃らない
子どもも奥さんもいないようだ
そら豆のような唇を
ヒューヒューヒューと鳴らすのが癖だ

おじさんの花火はひと晩に一発だけ
空にあがったおじさんは
それきり戻ってこないからだ

おじさんは毎夜
ぼくたちのリクエストをきく
スターマインだ 牡丹だ 菊花だ
ロケットファイヤーだ ドラゴンマークだ
ゴールドショックだ 孔雀スパークだ
あれだ これだ
おじさんはかならずVサインするけど
おじさんの花火はいつも同じだった

もう花火は無理かもしれない
夏休みも終わる頃に
おじさんはさびしそうに言った
でもやってみよう
一発ナイヤガラに挑戦してみよう
おじさんはいつものように
地面を蹴った

ぼくたちはいっせいに夜空を見あげる
ナイヤガラはどんなだろう
けれども何も始まらない
ただ天の川がしずかに流れている

そのとき足元で
ヒューヒューヒューとかぼそい音がした
線香花火が弱い光を放射している
小さな小さな火の玉が
うるうるとしばらく浮いたあとに
ぽとりと地面に落ちて
消えた

そうして
ぼくたちの夏も終ったのだった

*


  つくつくぼうし

シュクダイ シュクダイ
セミが急きたてるので焦っている
ぼくの夏休み日記
河原のオリンピックが忙しかった
競泳に石の砲丸投げ
棒高跳びに三段跳び
飛び込みで頭を切った
血と汗の赤いメダルはそれだけ
ノートは真っ白
オシマイ オシマイ

シュク シュクと
その言葉の意味は知らない
ヨーヨーおじさんは
シュクシュクと草むしりをする
爪も指もみどり色
ときどき草の匂いを嗅いでいる
それがおじさんの癖
セミの死骸をいっぱい空に放ったが
おじさんの夏は終わらない

ツヅク ツヅク
セミは死んでも鳴いている
それが
ヨーヨーおじさんの詩の世界
昨日と今日と明日
続いているが続かない
続かないものを続けようとする
指についた草の匂いが
今日もおじさんを悩ませている
草はやっぱり生き続けてるんだと

ツクヅク イッショウ
ヨーヨーおじさんと墓参りした
ドードーおじいさんの一生
チワチワおばさんの一生
おじさんの愛犬ムクムクの石ころも一生
蚊に食われて草むしりする
水をかけて墓石を洗う
どれも四角い
一生はみんな同じ
一行だけ日記の文句が浮かんだ

ヨーヨーおじさんは片想い
セミにもアイアイ姉さんにも
透きとおった翅がある
姉さんはぼくの天使だから
ぼくにだけ見えるものがある
ときどき彼女は空に舞いあがる
おじさんは手を伸ばす
届かない
ツクヅク オシイ