汽車がシュッシュッポッポと 石炭で走っていた頃 窮屈な4人がけの 木製の座席にすわり 野をこえ山こえ谷こえて 一昼夜をかけて東京を目指す 昔も今も線路は 東京まで続いていたのだ そしてそのとき 僕の線路はそこが終着だった かつて線路に耳を当て 近づいてくる汽車の鼓動を探ったり 夜中の貨物列車の 長い連なりを夢の中で追ったり まだまだ玩具の線路の 先の先にすぎなかった 小学校の高学年の頃 クラスで最寄り駅の見学に行く タブレットという言葉を はじめて知り 手の平に載るほどの 金属の小さな円盤を見せられて それがないと 汽車は走れないのだと 駅長さんが自慢気に言った タブレットは汽車よりも先に 駅に送られてきて 到着する汽車の車掌に手渡される 古いタブレットを受け取り 新しいタブレットを渡して発車 線路が単線であっても 汽車同士が衝突することはない タブレットは それほど大事なもののようだった その時の駅長さんの説明には 鉄道の仕組みを面白くするため いくぶんかの誇張があったかも 駅長さんの話しぶりや身ぶりは 手品師のようで 巧みにトリックが隠されたまま 小さな金属の円盤は ぼくの小さな頭の中の線路を シュッシュッポッポと ぐるぐる走りつづけた 駅から駅へどうやって 汽車よりも早く送られるのか いくら考えても解らなかった たぶん駅長さんの説明の 大事な部分を聞き逃したのだろう 見学の帰途 駅長さんが大声で叫びながら みんなを追いかけてきた 筆箱の忘れ物があったという よく見るとそれは 僕のセルロイドの筆箱だった タブレットを忘れて 発車しては駄目じゃないか と駅長さんにからかわれた あれから幾度も 僕はタブレットを忘れて発車した 大事なところで 大事な何かを置き忘れて いくども脱線してしまう どこの駅からどこの駅へ向かうのか それすらも分らなくなる 誰でもそうかもしれないが 鉄道線路の上を ただ走るようにはいかなかったのだ そして歳月は 新幹線のように超特急で 長いあいだ忘れていて 久しぶりに訪ねた郷里の駅は 無人駅になっていた 誰もいない改札口を抜けて がらんとしたホームのベンチで しばらくぼんやりしていたら とつぜん線路がカタカタ鳴って オレンジ色の列車が通過していった 体の中が空っぽになって 風が吹き抜けていったようだった 線路はいまもそのままで 錆色のまま続いているが あの小さな金属のタブレットは 何処へ消えてしまったか いまでは確かめる駅長さんも居ない
自作詩「電車」